山頂から日本海を見た、飯縄山スキー行 

(2005/3/20、長野県上水内郡戸隠村)


(長野ICから見る飯縄山は惚れ惚れ
する。左には高妻山が覗いていた。)
(瑪瑙山から飯縄山を展望。
ここから鞍部へ下りて登り返す)
(怪無山から高妻山展望。
人を寄せ付けぬ尖塔だ。)

最低鞍部まで滑り降りると目指す山頂までは思ったよりも高かった。ここから山頂までの標高差は300m弱。しかし尾根は思っていたよりもずっと細く、しかも急だった。そこに居合わせた山スキーヤー二人はザックに板をくくりつけ12本爪アイゼンのツボ足でまさに歩き始めるところだった。もう一人の単独行は慣れた手つきで山スキーにシールを貼っている。ここから見ると山頂の手前に衛兵のように前衛峰が立っている。地形図上の1720mにある盛り上がりだろう。その斜面がとんでもなく急に見える。迷っても仕方ない。まぁ、ともかくシールで登ってみよう。

* * * *

白山書房から出版されている「日帰り山スキー特選ガイド」は豊富な写真と詳細な行程図が記されており、それを見ているだけで楽しい。通勤の途上、就寝前の床の中、この本を広げるとたちどころに心は未知の銀世界へ浮遊していく。そんな愛読書の中、戸隠スキー場から飯縄山(飯綱山)へのコースガイドに惹かれていた。しっかりとしたピークを踏む事が出来て、しかもツアー的要素が高く難易度は低い。自分には申し分なかった。北信五岳に名を載せる飯縄山は長野市の裏山的存在で横浜からはいささか遠いという気がする。が、相変わらず遊びに関してのみは行動力のある自分には呆れるだけだった。

前夜出発。いつものように上信道・甘楽PAで仮眠後長野へ向けて走る。数多のトンネルを抜けて長野県に入る。佐久平が広い。この道はつい一ヶ月前に菅平まで根子岳スキーのために来たばかり。風景ももはや目に慣れている。山へ通勤しているのか、そんな苦笑も浮かんでくる。長野ICで下りるが目の前に目指す飯縄山が豊富なボリュームで立っている。ピークが、気高く、遠い。あそこにこれから登るのか、と思わず身を正さずにはいられない。

長野市街を抜けて戸隠まで車でぐいぐい登っていく。戸隠は学生の頃バイクツーリングで来たことがある。戸隠山、高妻山、そして飯縄山。名山の並ぶこの戸隠だが、山に興味のなかったあの頃、自分は何を見にここまで走ってきたのだろう。

戸隠中社でスキー場中社ゲレンデへ向けて集落の中を入る。どんずまりに日帰り温泉設備(戸隠神告げ温泉)がありその前が駐車場だった。一般スキーヤーに並んでバックカントリースキーヤーの車も多い。リフト運転開始時間を待ってリフト券3枚購入、ペアリフト、そして昔懐かしいシングルリフトに揺られ怪無山、そこからゲレンデをすべりクワッドリフトでスキー場のトップの瑪瑙山へ。ここで目指す飯縄山と対面した。さぁツアー開始だ。まずは最低鞍部まで滑り降りてそこから飯縄山への直登だ・・。

* * * *

飯縄山への登りはやはりきつかった。シールの直登はすぐに効かなくなった。斜登高で登っていくが尾根が細くしかもクラストした雪質でなかなか上手く高度を稼げない。スキーがずれて転ぶ。斜登高が下手糞だと山スキーでは致命的だろう。情けない。固い斜面にエッジが上手く食い込まない。キックターンで向きを変えるが冷や冷やものだ。潅木が煩く階段登高に切り替える。これはこれで疲れる。このまま山頂に登れることはないのではないだろうか、と早くもいやな予感がしてきた。足がもつれて板が片方の板のトップにひっかかりシールのフィックスリングが外れてしまった。青空を仰いで息を整える。ただ頑張るのみ。なんとか登り切る。が、まだ1720mの尾根の高まりに過ぎない。この先に更に急な一本調子の尾根が前に立ちはだかっているだけだった。シールで先行していった単独行がゆっくりと確実に登っていくのが見える。自分も続こう。一旦緩く滑り次の登りに取り掛かる。変わらず、登りずらい。

(黒姫・妙高が重なりあうその右手には遥かなる日本海が広がっていた。)

次の小ピークを超えるが山頂直下の急斜面はもう自信がなかった。板を外しザックにくくりつけた。幸いに先行者のツボ足のトレースがありアイゼンなしでもなんとか歩ける。ザックが重く潅木の枝にひっかかる。これはこれで大変だ。全くいったい何が楽しくて登っているのだろう。スキーだろうと歩きだろうが、登りは一体何故山に辛い思いをしてくるのかと自問自答するためにあるのかもしれない。

雪面はやや柔らかくなってきた。テレマークブーツのキックステップでも足がかりを得やすい。山頂はすぐそこに近づいたがこの最後の詰めが遠い。じりじりと焦る。空を仰ぐのはこれで最後、と決めてあとはひたすら登る。一踏ん張りで傾斜が終わった。

海が、見えた。重なり合う黒姫と妙高、その裾野の左手に青く広がる空間は、全く、海だった。海に間違えがなかった。白い山々の向こうにただ青く、ただ黒く横たわっている。山頂から、日本海が見える。ここへ来て遠くまで来たという想いが大きかった。想像も期待もしていなかった、それは不意打ちに近かった。良く考えれば長野県もここまでくれば新潟県境近くであり日本海が近い、当たり前の事ながら山から日本海が見えるという事実が自分にひどく大きな満足を与えてくれた。ザックをおろし、気の抜けた人形のようにただ立ち尽くして展望を貪った。

目の前の高妻山が素晴らしい尖塔を示していた。いつか登ってみたい。しかし軟弱な自分をまるで拒絶するような、突き放したような尖り方だ。黒姫山の左手にある低いピークはバックカントリースキーの盛んな佐渡山だろう。ブナ林の中の快適な滑走が出来るのか・・。戸隠山は乱杭歯のようにギザギザの峻険さだ。北アルプスも勢ぞろいだが全く行った事がないのでピークの特定が出来ない。これが南アルプスであったなら一峰一峰が判るはずだと思うといつかは北アルプスにも登ってみようとも思う。目を東に転ずればゆったりと根子岳と四阿山が見えた。 山頂にはざっと20人位か。スキーありツボ足ありスノーシューあり。笑顔が満ち足りていた1917mのピークだった。

430MHzでCQを出すと長野市内のモービル局から応答があった。関東平野から遠く離れた山での運用では50MHzに拘っても意味があるまい。満足して閉局する。寒風でわずかの時間でも手袋を外していただけで指先の感覚がなくなっていた。稜線の空気はまだ厳しい冬の様相だ。

先へ、進もう。稜線を南下して飯縄神社のある1909m峰へ向かう。稜線は緩く下りまた登る、ちょっとした吊尾根のようで、シールをつけたまま滑り登り返す。西側にはシュカブラも見られる。登りついたピーク、ここに神社の社があるようだが雪に埋まっているのか良くわからなかった。ここからは長野市街の広がる南東に向かって、ダイナミックな眺めが広がっていた。さぁ、滑降だ。下手糞なスキーなりにもやはり胸は躍る。今日はその有難味をあまり感じる事の出来なかったシールを剥がす。ビンディングのスプリングをややきつめにセットしてブーツの踵のレバーを滑降モードにする。地形図を広げ進行方向に向けてコンパスを乗せて回転リングを磁北線にあわせる。高度計の針を1909mにあわせるとさぁ準備完了だ。

もう一度地形図を広げる。このままほぼ西から西南西に向けて滑っていくが標高1750m付近で主尾根を外し北西の尾根に乗る。ガイドブックにも載っていたがここがチェックポイントだ。まずはそこまで。

心地よい広いバーンだった。スノーシューのつけたトレースが大きな穴ぼことなっているが滑りの支障になるほどでもない。数回のターンでぐんと下がれる。気持ちよい。もちろんテレマークターンなぞ出来ない。どうやら自分にとってのテレマークターンはゲレンデでしか出来ないのかと思うと寂しいものだが、それは今後の課題だ。とにかく転ばずに行けば良いのだ。と思うまもなく転倒、そのまま斜面を滑り雪面から顔を出していたカンバの枝に激突、それをなぎ倒して停止する。わずか数メートルだが思ったよりスピードが出ていたのか。そばを登っていた登山者が唖然と自分を見ている。そんなに派手に転んだのか。気をつけなくては。

広い斜面が南西に向けて落ちていくがここは直進する。雪庇の発達した尾根を少し進む。波打っており滑る事も出来ず横歩きでかわすと再び滑りやすい斜面となった。ギクシャクではあるがそれなりに滑れる事が嬉しい。白いオープンバーンはこの先まるで手招きしているようにまっすぐに伸びている。首からぶら下げた高度計を見るともう海抜1800mを割っていた。直進するのは間違いだろう。コンパスを取り出す。先ほど磁北線にセットした回転盤に赤い針を重ね合わせるとやはり進行方向は右手の方向だ。調子に乗って直進してはいけない。しかしここから乗るべき北西尾根は何処にあるのだろう。ちょうどそこへ二人ずれの夫婦が下山してきた。「向こうだよ」と指差して林の中に消えていく彼らを追って自分もスキーを進めた。

(1909mピークでシールを剥がした。さぁ滑降だ。
下手糞なりにも、胸は躍る。)
(標高1850m付近。1909mピークを振り返る。) (標高1700m付近は雪庇の
痩せ尾根だった。)

密生した林の中は滑りづらい。木々を避けながらそろそろと滑っていく。山スキーの上手い人はこのような斜面をどう滑っていくのだろう。この斜面は明瞭な尾根の態を成していないがそれも最初のみで、林をすぐに抜けると目の前には尾根の下りが延びていた。上手く北西尾根に乗れた。が幅が狭い尾根で南側には小さな雪庇もある。先ほどの二人が休憩していたので写真撮影をお願いする。地元の方でここは頻繁に登っているとのことだった。尾根が狭く横滑りしか自分には出来ない。プルークを交える。下りきると傾斜がやや緩み尾根らしい明瞭さが失われてきたようだ。このあたりから再び樹林が濃くなり滑りづらい。スノーシューの二人を抜いて適度に林を縫ってすべる。樹林の中は雪が柔らかく回転が軽い。思わず声が出た。

このまま軽そうな雪につられて直進したいところだがもう1550mが近い。コンパスを見て方向修正する。ここがガイドにも第2のチェックポイントとあった標高1540m地点だろう。ここで再び北西尾根に乗るのだ。このあたりは針葉樹の林の中でなんとなく雪も湿っぽい。高山らしい感じはもはや失われ里山滑降、といった感じだ。右手にはツアー開始点となった瑪瑙山が高い。あそこからぐるりと馬蹄型に滑ってきたのだ。

気持ちよく下りていくと前方に雪に埋もれた鳥居が現れた。小さな社もある。ここがガイドにも載っていた標高1480m地点の萱の宮だ。順調にコースをたどれている事が嬉しい。余裕を持って滑りたかったのだがここまで不安からたいした休みもなく滑ってきた。もう安心だろう、と板を外し一本立てる。冷たいウーロン茶のペットボトルが美味くてたまらない。ゴクゴクと飲む。こんなものがひどく美味しく感じらるとは山とはなんと素晴らしいのだろう。

上から音がして三人滑ってきた。顔を見合わせて自然と笑みがこぼれる。一人は登りで先行していた例の50歳代の単独行だった。「登りでシール諦めちゃったんだねぇ」と笑いながら話しかけてくる。後の二人も年齢は似たり寄ったりで夫婦連れのようだ。単独行氏は数週間前もここへツボ足で偵察山行に来たという。夫婦連れは先週は湯の丸山へ山スキーだったという。奥さんは「今日はこんな所まで連れて来られて・・」と文句を言っているが顔は笑っている。みんな、山が、自然が、バックカントリースキーが好きでたまらないのだ。好きモノどうししばらく山スキーの歓談をする。そんな輪に加わる事が出来て嬉しい。

ここからはゆっくりとした林の中を自由に滑るようになった。標高1380m地点の林道を横切る。斜度が緩くここでならテレマークもどきも出来る。カラマツの疎林をきもちよく下り続ける。林の中の、どこを進んでも良い。放っておいても板が進んでいく。

三人は先に滑っていってしまった。板を止めるとシーンとして誰も居ない。再び滑るとシュルシュルと板の音が静寂を破る。どこまでもこの下りが続いて欲しい、そんな事を考えながら下りていくと終りは不意にやってきた。突然目の前に林道のカーブミラーが現れた。標高は1270m。あとはこの林道を西に進んで中社ゲレンデに戻るのみだ。「あぁもうお終いか、あっという間だったなぁ・・・」誰も居ない雪の林の中で一人思わず大きな声が出る。沢を渡る箇所ではもう水流も現れている。その周りの雪は融けかかっていた。

* * * *

本当にあっという間だった。飯縄山へのあの苦しい登り。そして日本海を望んだダイナミックな山頂からの展望。広いオープンバーンから薮くぐりの後は痩せ尾根の滑降が待っていた。そして密な林からカラマツの疎林まで。覚えられないほどの風景が目の前に展開してきた。雪庇の発達した頂上、寒風に吹かれクラストした稜線、シュカブラ。そしてずっと滑り降りてきたここは雪も柔らかくシャーベットのようだ。このあたたかな日差し。固く閉ざされていた稜線の空気も、もうここ山麓ではここでは柔らかい。しゃびしゃびの雪を踏みながらゆっくりと歩く。暑くなりジャケットも脱ぐ。

山頂から山麓まで。無雪帯からカンバの林、そして植林帯へ。日本海の展望から柔らかな雪解け水の流れる沢まで。冬から春まで。すべてが目の前を通り過ぎた。すべてをスキーで通り過ぎてきた。わずか半日の出来事。なんという忙しい半日だったのだろう。なんという濃密な半日だったのだろう。

車に戻ってきた。「ご苦労様」と大きく独り言を口にすると数台隣から「ご苦労様」と返事が飛んできた。見ると例の夫婦連れの旦那の方だった。笑顔だけで十分だった。山を下りた満足に満ち足りる時。喉が渇いてたまらない。腹が減ってたまらない。残っていたウーロン茶をゴクゴクと飲み干す。これを充実というのだろう、空腹すらも嬉しかった。下界ではまず得られる事のない経験を味わった後は、まるで抜け殻同然だ。ゆっくりと温泉につかり名物の戸隠そばを味わってから帰ろうか。

雪を踏んで山に登る。山頂から下手糞ながらスキーで滑る。そんな事がひどく楽しくて仕方がない。このシーズンあと何回行けるのだろう。そんな暇は余りないだろうが、少なくともその事を考えているだけでまた平凡の続く毎日を乗り切っていく事が出来るのだろう。次回の山はいつ何処へ行くのだろう。そんな楽しい妄想に身を委ねての現実の日々へ戻るのだった。

(終わり)

(萱の宮の鳥居は雪に埋まっていた) (カラマツ林の中を) (林道を横切る沢にはもう春が見えていた)

コースタイム: 
瑪瑙山9:45-飯縄山山頂11:15/11:25-1909mピーク(飯縄神社)11:37/11:48-1750m地点12:06-1540m地点12:30-萱の宮12:35/12:47-林道出合13:27-中社ゲレンデ駐車場(戸隠神告げ温泉)13:45

GPSデータ:
オドメータ 6.5Km、移動時間:2時間11分、停止時間1時間59分、MaxSpeed 33.1Km/h、 Moving Average 3.0Km/h

スキー装備 : 
Dynastar Agyl6 162cm + ロッテフェラー 赤チリ(20mmカーブ)、SCARPA T3

(今回のルート図。ハンディGPSのログをカシミール3Dに転送、同ソフト付属地図上に展開したもの)

アマチュア無線運用の記録:
飯縄山 1917m 長野県上水内郡戸隠村 430MHzFM運用 1局交信 STANDARD FT60 + ホイップ


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