相模川西岸の寂峰・小倉山 

(神奈川県津久井郡城山町、2003年10月12日)


(登山口の茶畑から小倉山展望。
こんもりとした薮が想像できた。)

2.5万分の1図を眺めるのは楽しい。絡み合った等高線から山の肌を想像し、入り組む谷の複雑さに思いをはせる。稜線の姿態が想像が出来る。そこを歩く自分の姿すら見れる。まさに居ながらにして仮想の旅が出来る。たった一枚の地形図で・・。

そんな地形図も必要に応じて、あるいは思うままに買い集めてきた結果、気づけば靴箱に二箱分くらいは溜まっている。気になる図を取り出して行きかえりの通勤電車で見るのも悪くない。例によって箱から適当に取り出した地形図「上溝」が今日のお供だ。相模川がゆったりとながれる様が見て取れる、自分の大好きな神奈川県中部の地形。

地図を仔細に眺めているとこの図幅中のあるピークに目が行った。小倉山。この山にはにはまだ登ったことが無い・・。もっとも前からこの地形図上の小倉山の存在は気づいており機会があれば登りたいと思っていたのだ。そんな記憶の片隅に眠っていた山・・。これほど里に近いのに殆ど無名に近い。アマチュア無線の移動運用地としても聞かない。一体どんな山なのだろう・・。

10月の三連休も初日は雨。気勢をそがれるが明日は天気が好転するという。ここのところお互いに山にご無沙汰気味の河野さん(JK1RGA)と無線で交信し、明日天気がよければ小倉山へ行きましょう、と話がまとまった。何と言ってもお互いの家から近いので当日遅く出発しても問題ない。それに山から離れ気味の我が身にとって、リハビリとするには格好のサイズの山だろう。それにここは何と20万分の1図にもその名を記す山で、河野さんの狙っているアマチュア無線移動運用アワードにも有効なのだ。河野さんも前から目をつけていたらしい。

小倉山の登山コースについては少なくともガイドブックの類はなく、ネットでの検索が最大の情報入手源だ。数種類の山行記をダウンロードする。小倉山林道からのアプローチもありえそうだが手堅いのは山頂の北東部の西村集落から台地状なす農地を経て山に入るというものだ。それは一応地形図にも登山道として記されているコースでもある。

翌朝はまだ小雨がぱらついていたが7時過ぎにはそれも止んだ。遅くなったが河野さんの自宅を経由して雨上がりの相模川西岸の土手道を北上する。

小倉橋を近くに望み、土手道が串川を渡るその手前の地蔵堂の横から側道に入った。道なりに集落を抜けるとそのまま道はぐんと高度を稼いでひとしきり登るとぱっと展望が広がった。山の上に広がる嘘のように小広い地形は、地形図上の台地の部分だ。のどかな開墾農地で、ちょうどそこで農作業をしていた人に尋ねると路肩に駐車しても問題なかろうとのこと、遠慮がちに車を停める。

前方にこんもりと茂っているのが小倉山だ。さすがに低いが雨上がりで煙っているその様はひとかどの藪山の態をなしている。さてどんなものか・・。準備をして出発だ。

茶畑の中を進む。左手には栗の木が並びその下に幾つも落ちた栗が転がっている。すぐに大きな陸橋がありそれをそのまま渡る。下には立派な砂利道が通っており大型のダンプカーが通行できるようになっている。この先に石灰岩でもとれるのだろうか、採石場と工場を結ぶ鉱業会社の私道というわけだ。陸橋には発破の際の警報についての注意書きも書かれている。

それを渡るとじめっとした雨上がりの山の中に迎えられた。思ったほど藪っぽくはないが苔蒸した登山道は明らかに往来の少ないことを物語っている。ゆっくりと高度を上げていく。蜘蛛の糸がしきりに絡んで不愉快このうえない。以前、やはり小雨の中を藪の低山を歩き蜘蛛の巣と濡れた草いきれなどで後日顔や手に発疹が現れ酷い目にあったことがある。あまりに煙たがっている自分を見て河野さんが先行を代わってくれた。無線運用用のポールを手にしているのでこれで露払いが出来る、と言われる。ありがたくお言葉に甘える。

(茶畑からすぐに鉱業会社の
作業道を渡る鉄橋となる。)
(これが山頂か・・) (山頂三角点が半ば埋もれ
かけていた)
(展望台とは送電線台地だった)

右手に錆びた有刺鉄線が続くが藪の中に埋もれかけていた。その奥はくだんの採石場となっているのだろうか、時折重機の音がガスの中から流れてくる。道自体は思ったよりも明瞭だ。ゆっくりと登り切るとあとは尾根歩きの様相となった。やはり所詮300m級の標高である、身も心も踊るとは言えない。普段は陽気な河野さんも今日は淡々と濡れた山道を踏むのみだ。ふと足元を見ると一本の足だけで長さ5cmはあろうかという蜘蛛がゆっくりと歩いている。雨後の山には普段見掛けない虫もいる。

いくつかの緩いアップダウンをこなすとやや開けた場所に出た。地形図を見るがどうやらここが小倉山の山頂・327m地点のようだ。念のためザックに放り込んでおいたハンディGPSで確認する。予め小倉山山頂の座標軸をインプットしておいたその画面はここが山頂であることを示していた。

冴えない山頂だ・・。山名標識も何もない。ただ雨に濡れる草木の伸びるにまかせた藪のさなかだ。これでは誰も訪れないだろう・・。無造作に下ろしたザックのそばを何気なく見ると朽ちかけた指導標とその下には三角点が濡れた地面の中に半ば埋もれていた。

こんな所で長居して無線をする気にもならない。それでも一応山頂なので河野さんと手短に1200MHzで交信を行うともう何もすることもない。じっとしていると季節はずれの蚊が久々の獲物だとばかり近寄ってきた。ザックを背負い直し濡れて薄暗い藪道の奥へと足をすすめる。この先20,30分先には見晴らしのよい展望台と呼ばれる個所があることは予め検索した山行記事で分かっていた。山頂もぱっとしないがなんといっても全く歩いた気がしない。いくら山からご無沙汰気味とはいえこれでは山に行った気もしない、といのが二人の共通の思いだった。

代わり映えのしないアップダウンが続く。道は相変わらず藪がちではあるが明瞭で、さらに時折指導標もあるのは意外だった。あまりに似たような特徴のない尾根道で、周りには湿って重たい木々が襲いかかるように伸び続いているだけだ。さすがにもう地形図と現在地を照合する気もわかなくなってきた。それでも一旦降りて急な登りに転じるその個所はそれが地形図上の313mピークをまさに目指す個所であることを教えてくれた。黄色と黒のナイロンロープの掛かった急な登りでもある。濡れて踏み跡のない登山道は滑りやすい。登りつくと相変わらずの藪道だ。東京電力の送電線巡視路がこの冴えない山道から分岐している。もしかしたらこの尾根道も送電線メンテのためなのかも知れない、などとも考える。濡れた樹林の中は日もあまりささず暗い気分だ。

ぽっかりと頭上に暗い闇の中から明かりが差し込めるように頭上に白い空が広がっていた。「展望台だ!」と声も明るく河野さんと駆けあがるとまるでエアポケットからぬけたように明るい広地にポンと飛び出した。そこは送電線鉄塔の立つ台地だった。特に指導標もないがこれがくだんの展望台(第一展望台)であることは間違えないだろう。なによりも今までじめっとした暗い藪の中ばかりだったのでさすがに開放的な気分になる。

送電線の鉄塔を利用して河野さんが手短に430MHZと50MHzのアンテナを設営していく。今日は全市全郡コンテストが行われているので河野さんは430MHzで25局との交信を目論んでいるのだった。コンテストであればこのバンド特有の必要以上のだらだらとした交信とも縁がなく手短に局数が稼げる。なるほど、430MHzの「使える」利用法だろう。

(ハンディGPS+カシミールで取得した今回の行程。)

こちらは50MHzを運用をする。が声も掛からない。計3局とのんびり交信する。遠く茨城などと強力に交信できるのだからロケ的には悪くないはずだ。単に運用局数が減ったのだろう。50メガもここ数年めっきりと寂しくなった感を拭えない。

声もかからないので無線をやめて河野さんからやや離れた草むらにごろんと横になる。河野さんは手際よく声をかけていきあっというまに交信局数を伸ばしているようだ。低いガスが漂っては流れていく。時折現れる薄青い空に心を晴らすともう次にガスがやってきた。晴れるとも曇るともわからない中途半端な天気だ。ここしばらく仕事も大変で精神的にもかなりキュウキュウと締め付けられている気がする。この数年で急速に変わっていく社会環境、片や何十年もかけて形成してきた自分自身はそれに対応したくともそんなドラスティックな変化にそう都合よくも追随できていない。好きな山に来ても、まるで今日の天気同様に心の中のもやが取り払われることはなかった。

「イヤー終わりましたよ」と河野さん。目標交信数を達成したようだ。湯を沸かしコーヒーなどを入れる。

再び湿った山の中に迎え入れられる。往路をそのまま戻る。こんな薮がちの山は晩秋から早春にかけてがベストシーズンなのだろう。ぱっとしない小倉山の山頂も気づけば通り過ぎてしまった。前方が明るく開け湿気の多い薄暗い薮から開放されるともうそこは鉱業会社の鉄橋の上だった。

車に戻り乾いた服に着替える。里から近いというのにやはり好事家向きの寂峰といえるかもしれない。とはいえ気になっていたピークにひとつ登ることができたのは素直に嬉しい。河野さんと山をご一緒したのも5ヶ月ぶりでもあった。どんな山とはいえ仲間と歩けるのも心躍る。いつの日かまた心の中のもやをすっかり取り払い今よりももっと山を楽しめる日を迎えたいものだ・・・そう思いながら再び小雨に濡れだした相模川の土手道を南下した。

(コースタイム:登山口11:10-小倉山11:30−第一展望台12:00/13:45−登山口14:30)


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