軽やかに、満ち足りて、雪の赤城へ  (2003/2/1、群馬県勢多郡)

(広闊な稜線には雪が深かった。それは白いというより
も青く、その奥には荒山が高くそびえていた。冬の赤城
は自分の手には負えかねたが、頑張って濃密な満足を
味わった・・・。  Picture by 7M3LKF Y.Zushi)

「東京から見える山を歩く」(横山厚男著・山と渓谷社刊)に載っていた赤城・黒檜山から駒ケ岳にかけての白銀の稜線の写真が深く心の中に残っていた。雪を踏んで歩く著者パーティのその写真はいかにもスノーハイクの雰囲気が漂い楽しそうで、自分も雪の季節にこんな風に楽しみたい、と漠然と思っていたのだった。

赤城山は冬の季節は山頂湖の大沼まで行くバス便のダイヤが極端に悪く、黒檜山から駒ケ岳まで稜線を歩いて下山した場合は無雪期タイムでも山頂での無線運用などを考えるとちょっとタイトなダイヤとなっていた。しかし自家用車で横浜から赤城も遠い。そこで新前橋まではJRで行き、そこからレンタカーを借りようと考えた。これなら楽であろう。又、黒檜は1800mを超えるピークでもあり、やはりレンタカーの費用の事もあるが、同行の方がいれば随分と心強い。そこで山の師と密かに仰いでいる須埼さん(JI1TLL)と河野さん(JK1RGA)に同行をお願いすると快諾を頂いた。やった・・・これで雪の黒檜を満喫できる!!待ち遠しい2週間が過ぎ、期待と興奮を胸に秘め早朝の京浜東北線でお二人と合流して上野駅へむかったのだった。

クロスシートを3人で占領して北上する。籠原あたりから雪化粧した御荷鉾山や赤久縄山が左手に随分と立派に遠望できる。晩秋のあのピークを踏んだのはもう1年以上前のことでもある。あの山頂へ供に登ったある年上の友人は先日鬼籍に入ってしまった。霧に包まれた雑木を縫って元気に登って行ったあの勇姿が懐かしくも思い出される・・。

高崎で接続する電車に乗り換えて新前橋に8:08。ここまで予定どおりだ。駅前のレンタカーで予約しておいた小さな車をピックアップして須埼さんのナビの下赤城へ向けてハンドルを向けた。河野さんは後ろで気持ち良さそうに眠っている。道は大きな鳥居をくぐると本格的に登り始めた。左手の榛名山は青空の下だが肝心の目指す赤城連山は暗い雲の中だ。唯一連山中の一ピークである鍋割山が冬の陽光を浴びて丸まっているがその奥は見通しが利かない。森林公園を過ぎると積雪路となった。荒山・鍋割山への登山口を通りすぎるが駐車場には車もなくトレースもないだろう。目指す黒檜に向けぐいぐい高度を上げて行く。このあたりから雪がちらついてきた。曇り空の中に突入したようだ。

道は一応除雪されている様だが積雪が本格的になってきた。このあたりから完全な別世界となった。風が猛烈で木々の雪が風に吹かれて車のグラスに当る。鮮やかな霧氷がついた木立の中を雪とも風ともつかぬものが渦巻く。山上湖の大沼は当然氷結して広大な雪原であるがとても安穏と眺めるわけには行かない。これは大きな勘違いをしていたか・・・うすうす気づき始めた。バスの終点でもある大洞は完全にゴーストタウンとなっており国民宿舎も板が入り口に打ちつけられている。冬季休業なのか廃業なのかは判然としないが寒々しい。土産物屋も営業していないのだろう。入山口である猫岩登山口は指導標が半分ほど雪に埋没しており、トレースも全くなくわずかに吹き溜まりのようにくぼんだ道型らしきものが樹林を縫って暗いガスの中に消えている・・。そのガスはゴウゴウと吹き付ける風に不気味にとぐろを巻いているではないか・・。

なにが雪上漫歩だろう・・読みが甘かった!山をなめていた!

踏んでみると思いの他積雪は深くない・・。なんとか行けないかとも思うが、河野さんも須埼さんも首を横に振っている。そうか、やっぱりこれじゃ駄目かな・・。なんとか行けないかな・・くやしい。

「これじゃぁ駄目ですね。」
「こんな事も山に来てればあるよ・・。」

くやしくて納得も出来ないが、冷静になればそれが正しい様にも思える。なに、山頂まで標高差500mだよ、頑張れないかな・・いや、ラッセルの上に悪天候だぜ・・。心の中の自分を納得させるのにひどく時間がかかってしまう。山の経験が浅い分だけ、”引き際”がわからない。くやしいけど、転進だ。急に気落ちがしてしまい、もうどこでも良いやとも思える。代替で長七郎岳・地蔵岳方面にハンドルを向けるが鳥居峠から上は道がスケートリンクと化しておりスタッドレスのFFでは無理だろう。車のドアが強風のために開けられないほどで、これも駄目だ。アイゼンをはいてここから登ろうと準備をしかけたがそんな想いを消し去るほどの天候だった。

「これは止めましょう・・・。苦行になるだけですよ。」

もはやどうでも良かった。黒檜でなければどこでも良い。ただこのまま返るのだけはくやしいので何とか「山」の名のつくピークにだけは登りたい。車の中で鳩首会談。榛名山か月夜野の戸神山あたりなら天候も積雪も良かろう、とにかく赤城を降りるということで往路を下り始めた。

すぐにガスを抜け出すと陽光がまぶしい。どうやら海抜1500mあたりが天候の分かれ目の様だ。荒山・鍋割山への駐車場まで戻ると登山者の姿が目に入った。先ほどはなかった車も20台近く停まっている。そうか、この辺りなら登れるのだろう。トレースも十分だろう。

* * * *

(雪庇の発達した尾根を行く。自分には縁のない
ものと思っていたので、興奮だった・・。)
(鍋割山山頂にて。左からJK1RGA,7M3LKF
JI1TLL)

急遽駐車して待ちかねたように登り始めた。荒山は無理としても低い鍋割山なら問題ないだろう。硬くしまった雪でアイゼンが小気味よく効いてくれる。緩やかに植林帯の中を登っていく。尾根を回りこんで狭くなった谷を登っていく。河野さんが手にした無線運用用のポールを雪面に突き刺す。積雪70cmといったところだろう。

すぐに傾斜が緩んで潅木の茂る広闊な雪原に出た。荒山と鍋割山の鞍部、荒山高原だ。見上げる荒山がずいぶんと高いが鍋割はここからの標高差はもうあまりない。潅木を縫って南西に進み始めた。日当たりの良い南斜面に出て一瞬春山気分となったが稜線上でて驚いた。

すばらしい眺めだった。
ゆったりとした鯨の背のような尾根道は一面の雪に覆われ潅木が思い出したように雪から顔を出している。
風で雪が飛ばされてそのまま凍ったのだろう、風紋のついた雪原。
「ウィンドクラストですね・・」、須崎さんが短くつぶやく。
スゴイ、こんなもの、初めて見た・・・。奥秩父や奥多摩、丹沢、道志といった樹林帯の中の雪山ではまずは見ることもないだろう・・。まるで自分が北アルプスの高峰を歩いているような気がしてしまった・・・。

やったやった、なんて事だろう、こんな場所に自分がいられるなんて信じられない・・。
河野さんも「いいねぇ・・・」と唸っている。

もはや気分は完璧に軽やかになり先へ進む。風が強いのだろう、積雪も尾根の上にうねるように続いておりトレースが長く伸びている。更に嬉しいことに小さな雪庇が現れた。 雪庇など、初めて見た! 面白半分に先端をストックで突くとすぐに突き抜けてしまった。成るほどトレースは先端から2メートル辺りを忠実に踏んでいる。「基本に忠実なコースだ」と須崎さん。

雪庇帯を抜けると鍋割山1332mの山頂だった。うまい具合に風が吹いてくる北面には風で出来たであろう雪の壁があり風が吹き込まない。

(風の強い稜線には雪の風紋(シュカブラ)が見られた。自分のホームゲレンデである
山梨・神奈川の低山では見ることがなかった。その造形の美に足が止まった)
(西日に長く三人の影が伸びた。
雪の赤城、歩けて嬉しかった・・。)

撮影 Nikon FM2/T Nikkor 28mm F2.8 Fuji SensiaII ASA100

須崎さんが50メガの運用をはじめた。河野さんは430MHz。二人を見ながら下界の眺めを味わう。絶壁になっているわけではないので高度感は差ほどでもないがそれにしても眼下がストンと落ちてその下に雄大な関東平野が広がるさまは素晴らしいの一言に尽きた。お二人の無線でのパイルアップ度合いもそれを物語っている。熱い湯を沸かしカップラーメンを食べる。

黒檜を諦めた時点で今日の山に対する興味はほぼ失われていた。続く地蔵・長七郎岳も登れる状況ではなかった。読みが甘かったと言えばそれまでだ。が、横浜から遠路はるばる、何しにきたのだろうという自己嫌悪すらわき掛けていた。しかし、そんな思いを払拭して余りある山がここにあった。「登れなければ他をあたればよい、何処の山でも山は素晴らしく、楽しめるものだ」、そんな心の余裕が両氏にはあり、彼らの行動の原動力であるように思えた。山と自分との間にきちんと距離を持っていた。それを知ることが出来たのは勉強でもあり嬉しくもあった。雪紋にも雪庇にも会えた。余裕の産物とも言えた。

(今回のコース。GPSデータをカシミール3Dで取得)

軽やかな思い、満ち足りた満足で往路を戻る。西日を浴びた雪原に伸びる三人の影が長く、その先端が荒山に届きそうでもあった。

* * * *

途中にある富士見温泉に立ち寄り山の汗を流す。芯まで冷えた体がゆっくりと温まる。新前橋駅前でビールと美味い手打ちうどんを食べる。素晴らしかった鍋割山。山の帰りは名残惜しい。素晴らしい世界から現実の世界に戻るのだから・・。高崎線の車中でこくりこくりと眠りながらも、二人に感謝の思いが絶えなかった。


(終わり)


(コースタイム:駐車場11:25-荒山高原12:03-鍋割山・アマチュア無線運用12:56/15:00-荒山高原15:38-駐車場16:00)


アマチュア無線運用の記録

鍋割山(1332m)群馬県勢多郡富士見村 50MHzSSB運用 YAESU FT690(2.5W) + ダイポール、10局交信


(戻る) (ホーム)