屏風岩山・西丹沢の寂峰へ

(2002/1/26、神奈川県足柄上郡松田町) 

最近山登りに凝っているという無線仲間の7K3TWQ・高橋さんとひょんなことから「山に行こう」ということになった。3,4年前に何度かアマチュア無線仲間の飲み会で会ったことのある同氏だが、山歩きを一緒にするのはもちろん初めてである。高橋さんはここ数年でかなりの頻度で丹沢一帯をはじめ、まめに歩いているという。行き先に西丹沢の屏風岩山を打診すると、即座にOKとの連絡をいただいた。尾根歩きではあるが丹沢の名のあるピークはかなりを一通り歩いたように思える自分にとって、西丹沢の屏風岩山はまだ登ったことが無くいつか行こうと思っていた。ガイドブックなどによるとやや藪がちとの事であり、であれば登るのは晩秋から早春にかけてがよいのだろう。
(一軒屋避難小屋) (支尾根に登りつくと南西に屏風岩山を望んだ。)
(Nikon nFM2/T Zoom Nikkor 35-70mm F3.5-4.5)

保土ヶ谷バイパスの近くで高橋さんと合流。最近よく自分で思うのだが、年齢を経るにつれて数年間で急速に人相が変わっていくように感じる。朝鏡を見て「あれっ、自分はこんな顔だったっけ」なんて思うこともある。「前はもっと若々しかったよな」など。それに今やまさに中年の王道たる年齢層であり、放っておくとどうしても増えがちになる体重も気になる。そんなので数年間ご無沙汰していた人と会うのはどうも気恥ずかしい。だいぶ人相が変わってしまったのではないか、と心配になる。「自分の顔には自信をもとう」などと何かの人生訓の本で読んだようにも思うが、そうもいかないものだ。さて、そんな一方的に恥ずかしく思っていた対面も無事にすみ、まだ空いている東名高速を好調に飛ばす。久々に会う高橋さんは山を快適に歩くという目的もありかなり運動をしているとの事で、ずいぶんと体を絞られたようだ。そんな同氏が眩しく見え、なかなか直視が出来ない。久々ということもあり、緊張する。

空は雲が低く、あまりいい気分はしない。天気予報では今夜から雪との事で、さもありなんだ。大井松田ICから国道246に出て、丹沢湖方面に進む。西丹沢の山に登るのにはこのまま進んだ西丹沢自然教室のあたりがベースとなる。この道を進むのも久しぶりで、ずいぶんとご無沙汰していた気がする。中川温泉を過ぎてしばらく走ると右下に大滝キャンプ場を見て左手に細い林道が派生していた。駐車スペースをトンネルの先の路肩に求めて、ザックを整えた。積雪は無さそうで軽アイゼンもスパッツも置いていこう。

7:55、細い林道に踏み込んで車止めゲートを越える。10分近く歩くと道が部分舗装となり大きく右手に回りこむ箇所に指導標がありそもまま直進するように登山道が始まっていた。

沢音が耳に心地よい。最初の渡り返し地点では橋が流出しており、浅瀬を縫って対岸に渡る。何度が渡り返しが出てくるが、全般にやや荒れ気味のコースだ。このコースは東海自然歩道ということもあり充分整備がされているだろうと安心していたのだが、意に反してそうでもない。東海自然歩道は、あまり人気が無いのだろうか。

2人でいろいろと話しながら歩いているせいか、随分とコースが早く感じられる。自分の足が遅いことを危惧して何度か高橋さんに先行するように聞いてみるがこのままで良いと言われる。気を遣っていられるのか、恐縮だ。やや気にしていた沢の凍結もなくありがたい。時折立ち止まって高橋さんは野鳥に視線を向けている。もともと鳥の観察が好きで山の世界に足を踏み入れられたそうだ。もちろん山頂での無線運用も楽しみではあるが、なによりも山に魅入られてしまったとの事で、その気持ち、自分にも良くわかる。色々山を歩かれている高橋さんだが、もっとも感動したのは苗場山で迎えた朝の雲海との由。また白馬から下山して飲んだビールも最高だったらしい。苗場も白馬も、登ったことが無い。知らない山には憧れと興味がわいてくる。

本流の大滝沢から気づかぬうちに右手に分岐したマスキ嵐沢にそってわずかに進むと渡り返し、対岸の小尾根に登り始めた。上りつめると小さなベンチがあり、それなりの高度を稼いだのだろう、来し方になかなか雰囲気の良い眺めが広がっていた。ここで真北に方向転換して7,80mも高度を稼ぐと再び西へ山腹を巻く道となる。沢音が近づくとあっけなく視界が開け前方に避難小屋が建っていた。一軒屋避難小屋。8:59。加入道山や犬越路峠の避難小屋と同じ造りだが、頑丈でいい小屋だ。丹沢の避難小屋で一夜を過ごしたことはないが、一度泊まってみたい。一服して出発する。

避難小屋の脇から直進する踏跡も見えたが、コースはこのままステタロー沢に沿って北西に進まなくてはいけない。危なっかしい丸太橋を渡り終えすぐに沢に沿って歩き始めた。
(鹿の糞が豊富で、獣の雰囲気が濃い)

相変わらず整備されているとは言い難いコースが続く。しばらく行くとナメ状の沢筋となり、コースが読めない。左岸が正しいようだが悪いことにここで凍結している。右岸に渡ってみる。足が滑ってバランスを崩してしまう。冷や冷や、凍結は嫌だ。何度か渡り返すとやがて沢を離れて高度を稼ぎ始めた。もう稜線が見える。ワンピッチで小さなコルに登りついた。谷ひとつ挟んだ向かい側に長い尾根が見える。畦ケ丸から南下する主尾根だ。それを南に辿ってみると奥にこんもりと盛り上がっているピークが見えた。あれが、目的地・屏風岩山だろう。

このままこの支尾根を北東にやや上っていくと、先ほど谷を挟んで見えていた主尾根と合流した。9:45、ベンチが置かれていて海抜1000m、ここが大滝峠上である。北上して畦ケ丸、南下して目指す屏風岩山。

南に向け40,50m程度高度を下げてやや進むと西の方向に旧東海自然歩道が分岐していた。沢の源頭をいくつも渡るこのコースは崩壊が激しく東海自然歩道には不適格ということで道は畦ケ丸経由につけかわり、こちらは今や廃道である。やや荒れた道を見送ってさらに南下する。ピーッと鋭い鳴声が間近に寒気を裂く。鹿だ。姿は見えない。さすがにこのあたりまで来ると完全に山深い。さらに行くと腐敗しかけたベンチが二つ。ここが大滝峠であろうか、完全に廃道化している峠道が横切っている。気にしなければ見落としそうだ。

一転して高度を上げ始めた。高橋さんが倒木の隅に5,6cm長の糞をみつけた。形状は人間のものと大して変わらない。が、ひどく獣の毛が練りこまれている糞で、肉食動物のものだろうか。であれば大型の動物だろう・・・。鹿の糞も豊富で、にわかに獣の雰囲気が強い。西丹沢にいる気持ちが高まる。この昂揚感は、ゾクゾクするような喜びでもある。いつもなら独りで、喜びと不安が表裏一体をなすのだが今日は相棒がいる。この違いは、大きい。

989m峰をこなして前方に双耳峰を見る。あの向かって右の峰が屏風岩山だ。藪が深いとガイドブックには紹介されているがここまでまったく問題ない。スズタケもわずかに登山道にかかる程度で通行を妨げない。季節のせいばかりではなく刈り払いが時々行われているのかもしれない。

振り返るとまったく素晴らしい展望だ。まずは真正面の畦ケ丸に目を奪われた。わずか1292mの山ながら立派な姿である。残雪を踏んであの山頂を歩いたのはもう7,8年前の事になってしまった。加入道山か大室山かと思しき峰が雪をまさに降らそうとする重たいガスの中に浮沈している。僅かに山肌を白く染めた檜洞丸はまさに重厚そのものの姿で西丹沢の盟主たる貫禄を示している。やはり西丹沢は素晴らしい。ひと気の無いのも良いし、なにしろ幽玄たる静寂さが何事にもかえがたい。

ガスの合間から僅かに射す日が葉を落とした雑木を透過して物静かなコントラストを作り上げる。その陰影の中にまっすぐ伸びる最後の斜面を登って、そこが屏風岩山1052mの山頂だった。10:25、憧れていた寂峰の山頂。錆びて古びた山名標識に冬枯れの木立、比較的立派な三角点、そして静けさ・・・・。

50MHzの運用準備をしてCQを出すとすぐにJK1RGA・河野さんが呼んできた。その声に二週間前にとも登った素晴らしかった鳴神山の山行を思い出す。二週間前の群馬より今日の丹沢のほうがはるかに寒い。その後が続かないが、もともとアマチュア無線的にロケの良い山とは言えぬこの山頂での無線成果は全く期待していない。満足して閉局する。高橋さんも1局だけ交信して、今日はおしまいだ。湯を沸かしカップラーメンを食べる。こんな寂峰だがひと気が少ない分だけ満足が高い。高橋さんとともに何度も何度も「好い山だねぇ」と口にする。
(鹿以外に誰も会わなかった・・屏風岩山は
まさに寂峰の名がふさわしかった。
7K3TWQ高橋氏・左と)

さてここまで道も良かったので、このまままっすぐ二本杉峠まで縦走しよう。意見は即座に一致した。ここまでの静けさと山深さに二人ともすっかり魅入られているのは明らかで、そのまま赤テープの時折混じる尾根を南下し始めた。

100m近く標高を下げると小広くなるが踏跡は明瞭だ。二頭の鹿が悠然と跳ねながら前方を去っていく。地形図を丹念に追っかけていく。が、このあたりから歩く地形と手にした地形図との照合がピンとこなくなってしまった。悔しいがそのまま踏跡を辿っていく。黄色と黒のテープも時折樹の幹に巻かれており迷わない。僅かに高まると左右に尾根が派生しているピークで、これは分かりやすい地形だ。地形図上の951m峰と判断した。ここからは地形図通りの地形が待っていた。しばらく下るとやや平坦となる。ここには名前のわからぬ白い花のついた低木があたかも梅林のように続いている。いい匂いでこんな場所に仙人郷のような場所にも思える。さらに進むとすぐに急な逆落としが待っており緊張する。降りた箇所に小さな看板がある。ここが二本杉峠か。「丹沢を愛する老人より」、と書かれたその標識によると二本杉峠はまだ先のようだ。確かに地形図通りで、この先の小ピークを西に巻かなくてはいけない。ぐるっと歩いて二本杉峠だった。

もう今日の核心部分はこれで終えた。高橋さんと顔を見合わせて思わず笑顔となる。安堵感が大きい。

雪がかなり激しく降ってきたが杉林の中に伸びる上ノ原へ続く道はカッパを羽織る心配も無い。一箇所崩れた急な沢をトラバースする箇所で道が流れて用心したがあとは淡々と降りる。細川沢におりつき堰堤から杉林の中にかけて今度は踏跡を見失った。構わず杉林の中を適当に沢から離れぬようにぐんぐんすすむと再び踏跡に合流する。鹿柵を越えて、民家が目の前だった。13:35。やや不安だった屏風岩山も、そして二本杉峠までの縦走も無事にこなした。独りだと不安に思う箇所が無かったとはいえない。やはり二人は心強い。赤いザックを背負う精悍な高橋さんをみながら、感謝の思いが強かった。

駐車した大滝キャンプ場の先まで、車道歩きは一時間はかかろう。よもやま話をしながら歩く。今は会社やそれをとりまく社会は不景気のきわみで二人とも考えることは多い。お互いそんな話をしだすと尽きることが無い。でも、そんな事はそんな事、割り切れようと切れまいと、山にきて又楽しみたい、それも自分なのだ。そんな精神を持ち続けたい・・・。久々に会った無線仲間と歩きながらそんな思いを胸にした。

重かった雲はまさに更に黒く、低くなってきた。天気予報どおりこれから雪が降るのだろう。激しくなった寒気の中、ハンドルを横浜に向けた。

(終わり)


コースタイム 大滝キャンプ場入り口7:55 - 一軒屋避難小屋8:59/9:05 - 大滝峠上9:45 - 屏風岩山10:25/11:50 - 951m峰12:15 - 二本杉峠12:40 - 上ノ原集落13:35 - 大滝キャンプ場先14:23


アマチュア無線運用の記録

屏風岩山 (1052m) 神奈川県足柄上郡山北町 50MHzSSB運用 自作CW/SSB機(4W)+ヘンテナ


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