風の匂いと四阿山

(2002/9/11、長野県須坂市)


(高度を稼ぐと思いのほか四阿山山頂が近くにあった。あと少しだ・・。)
Nikon Coolpix775

平日に休みが取れた。バイクツーリングを兼ねて信州へ。前日家を出て碓氷峠を経て上田の駅前のビジネスホテルに投宿する。

菅平は夏はラグビーなどの各種合宿、冬はスキーというイメージであるが夏が終わるとやや空虚な街並みである。締め切ったみやげ物を抜け高度を上げる。バイクなので高原を渡る風が首筋にあたり冷たい。集落を抜けると別荘地となり白樺の中に伸びる一本道でアクセルを開く。ダボス高原牧場への道を辿る。牧場の管理棟を過ぎて林の中を一直線に登ると駐車場があった。既に一台のバイクと数台の車が止まっている。ちょうどそこにゴルフ場の電動カートで乗りつけたおじさんが到着して駐車料金を徴収しはじめた。私のバイクの横浜ナンバーを見て驚くが既に止っていたバイクが岩手ナンバーなのをみて更に驚いている。なんのここは百名山だ。そこら中から人がきても何ら不思議ではない。日本山岳教徒の100ある本山の一つなのだから何を驚こうかというものだ。

準備をしていると菅平のペンションのものと思われる一台の車が上がってきて2人の母娘らしいパーティが降りてきた。運転台の親父が「あぁ高妻山ですね」、と遠方を指している。このあたりの山は全く未知で、それらしい山影を見るのみだ。7:45、身づくろいを終えて歩き始める。

牧場の脇を抜けてすぐに看板がありそのまま指導標通り林の中に分け入っていく。牧場の柵を離れると薄暗くなり沢を渡る。これが大明神沢だろう。 8:00、母娘パーティをここで追い越しここからしばらくは廃林道を歩くが5分ほどで指導標があり四阿山へのなだらかなスロープに直接取り付く道となった。

美しい高原だ。緑のシャワーを浴びているような白樺の美林の中を登って行くと、登坂は苦しいけれど、心も体もリフレッシュされていくように思える。じきに白樺もまばらとなると潅木の中を登る様になった。ぐいっと展望が広がる。菅平の高原が思いのほか広い。

8:35、小岩峰の1917m峰に登りつく。目指す四阿山はまだ高く山頂までの間に針葉樹林の林をまだまだ抜けなくてはいけないようだ。左手の根子岳は山頂から南面が大きくガレているが、その右側の四阿山との鞍部には写真でお馴染みだった広闊な原が広がっていた。

ここでのんびりしていると先ほどの母娘のうち、娘さんのほうが登ってきた。長い足、柔軟そうな肢体でまだ20歳そこらだろう、決して美人ではないが健康的な清潔さに溢れている。ここまでの登りのせいかやや顔が上気している。軽く会釈をするが山でこんな女性に会うとも思ってもいなかったのでちょっとどきまきしてしまった。

ここから少し下りてまた笹や針葉樹が点在する道を歩いていくと8:58、四阿温泉からの道を合わせた更に登り少し小腹が減ったのでザックを下ろしクラッカーを食べていると上から一人降りてきた。ジーンズにTシャツと軽装で、バイクの人ですか?ときくとそうですと言う。朝6時前に登りはじめたようで随分と早い。更に進むともはや四阿山-根子岳間の原は左手眼下となった。9:43、その原から伸びてきた縦走路を合わせるともう山頂は近い。四人の女性パーティが下りてきたがこれから根子岳に向うと言う。静岡からきたとの事で明後日は安倍川の十枚山に登ると言う。なかなかパワフルなもんだ。平日を山に費やす様で、まぁ羨ましい。

植生保護の為の真新しい木の桟道を登りきると9:58、祠がありそこが四阿山の山頂2354mだった。

祠が二つあるが、上州祠と信州祠だろう。群馬と長野県境でもある。噴煙を上げる浅間山と、嬬恋村の高原台地がのびのびとして素晴らしい眺めだ・・。登山口で見えた高妻らしい山影も北アルプスの連嶺も青みがかったガスの中に埋まっているようだ。隣にいた50歳近い登山者は一人スキットルからお気に入りのウィスキ−をちびちびと嘗めている。少し離れて無線運用の準備をする。平日の登山なのではなから50MHzは持ってこなかった。釣竿に長さ1m程度のモービルホイップを固定しハンディ機をつなぐ。430MHzFMでCQを出すとすぐに応答があった。長野県須坂市-東京都23区でこんな簡易な設備と1W出力で59-59で問題なく交信できた。引き続き数局に呼ばれる。リクエストで1200MHzFMにうつるがこちらも59-59。自分のハンディ機の1200MHzは出力280mWだから、相手の設備にも救われているだろうがこの山のロケの良さを改めて感じる。もともと興味のあるバンドでもなく、山頂での交信実績だけが出来れば良いので長居して交信を増やすという気は毛頭ない。QSOを打ちきった。土日で、50MHzの運用がここで出来たらさぞや楽しめた事だろう、とちょっと悔しい気もする。

(さわやかな白樺の中のアプローチだった)

10:35、人が増えてきたのでザックをまとめ根子岳に向かう。先ほどの桟道のすぐ下の分岐で根子岳への縦走路に踏みこんだ。すぐに薄暗い黒木の林となる。かなりの急降下で、滑りやすい黒土とあいまって注意を要する。一瞬自分が奥秩父か南アルプス南部にいるのか、と錯覚するような日の射さない重厚な森林だ。がそれもあっけなく抜けると目の前に広い原が広がった。この明暗のコントラストは素晴らしい。

開放的な原の中を思ったよりもあっけなく高度を稼いでいく。こんな草原風景は人寂しくもあり好きである。だいたい百名山は何処へ行っても人ばかりなのだが、今日は未だのべ20人も会っていないだろう。ありがたい、とすべきである。平日に感謝したい。だだっぴろい原だがガスでも出ればかなり不安になろうとも思える。

前方に二人先行しているが、先ほどの母娘だった。こちらが四阿山で無線運用をしている間に抜かれたようだ。二人を抜いて更に登っていくが結構きつい登りで足が思う様には出てくれない。ほぼ登りきって大きな岩の基部を回り込むように進むと根子岳の山頂だ。11:45、標高2207m。まずは430MHzでCQを出すと長野市とつながる。これで「お勤め」は済んだので缶ビールを開け昼食とした。山頂からの眺めはこちらも素晴らしく、志賀や新潟県側の山々がよく見える。残念ながら土地感もなく、漠然と眺めるだけだ。いつの日かあのあたりまで足を伸ばす日が来るのだろうか・・。

12:15、ザックをまとめる。下山はあっけない。しばらくは森林もなく植生保護ロープで仕切られてコースをたんたんと登るが、やがて潅木帯となる。すると下から20人、30人の集団が上がってきた、胸に同じバッチをつけているからツアー登山だろう。ペースも価値観も違う知らない人たち同士でこんなに行軍のようにつながって歩いて何が楽しいのか、よくわからない。5分位待って通り過ぎるのを待ってから更に下りる。バイクを止めた駐車場が眼下に近づいてきて、疎林を抜けて到着。1時間もかからずに13:10に牧場の駐車場に着いた。

バイクを前に着替えをしていると先ほどの母娘連れが鼻歌を歌いながら下りてきた。私のバイクのナンバーを見て「横浜からですか・・私たちと一緒ですね。」と言う。「こんな遠くまで、すごいなぁ-・・・、私もセロ−(ヤマハの233ccオフロードバイク)に乗っているんですよ、でもこんなところまで来る自信ないです」と感心する。目の大きなお母さんもウンウンと頷いている。なに、こちらとて泊りがけで来ているのだが、こう素直に感心されてはそうも言い出せずに、ドキドキして曖昧に返事をしてしまった。彼等は屈託なく白樺の林の道を下りていく。

ザックを固定してこちらもセルを回す。少し走り二人を追い抜きざまに軽くホーンを鳴らすと二人とも大きなアクションで手を振ってくれる。さわやかな二人連れはバックミラーの中に小さくなっていく。女性でオフロードバイクを乗りこなし山歩きをするなんて、随分素敵なものだ。それに屈託なく清潔だ。素敵な女性を前にしばらくは胸のどきどきがおさまらなかった。

ヘルメット越しにさわやかな9月の高原の風の匂いだ。山の風と町の風では匂いが違う。晴れの匂いと雨の匂いも違うものだ。これはまさに山の匂いそのもの。純度の高い空気だ。百名山を思いのほか静かに楽しめた。人が多すぎてなかなかその気のわかない山でもあるがまぁこれなら悪くない。行程は明瞭で素直な山という印象か。やや物足りないといえばその通り。それでも静けさに良しとしよう。

アクセルを開くと単気筒の振動とサウンドが心地よく体に響く。更に手首を軽く回すと緑の風景が思いっきり後ろへと飛んでいく。下手糞なリーン・ウィズでカーブを辿り、高原を後にした。


(終わり)


アマチュア無線運用の記録

四阿山 2354m 430MHzFM、4局/1200MHzFM、1局運用 STANDARD C710(430MHz:1W/1200MHz:0.28W)+ホイップ
根子岳 2207m 430MHzFM運用 1局運用 STANDARD C710(1W)+ホイップ

(牧場の中を辿り登山道へと導かれる) (根子岳へは人寂しい草原の道) (頼もしい230cc。風を匂い振動を楽しむ)



(戻る) (ホーム)