ツツジ、笹、清水溢れる愛鷹山

(2002/5/19、静岡県裾野市、沼津市)


(稜線には緑に混じってピンクのツツジが彩りを沿えている。
もったいないほど清清しい空気の中を独り歩いた。)

愛鷹山系は最高峰の越前岳(1504m)から呼子岳までは踏んでいたが、一口に愛鷹山といっても縦走路自体は越前岳から南下し呼子岳、そしてその先も鋸岳・位牌岳・袴腰岳・愛鷹山、と6ピークを連ねる山域である。地形もなかなか複雑で、実際に歩いて見ると麓から見えるような単純な山ではない。

さてそんな訳で愛鷹山系は越前岳・呼子岳だけでは何かやりのこした気持ちがする。少なくとも山域第二の標高である位牌岳くらいは登っておきたい。いくつかコースを考えてみたがせっかく呼子岳までは歩いているので、そこから尾根伝いに鋸岳を歩き、そして位牌岳に行ければ、と考えた。しかしこのコースだと途中の鋸岳がネックである。というのもここは絶壁の続く険路でクサリ・ロープが連続するという・・。おまけに数年前の台風でコースが大幅に崩壊したとも聞く。実際にインターネットで最近の登山例を検索してみるとそれなりに歩かれてはいるようだが、蟻の戸渡りをバランスを駆使して乗越したり、脆いロープを頼りにトラバースしたり云々、と気が重くなるような記事ばかりが目に付いた。一般縦走レベルの山歩きにでも岩稜を歩く技術は必至ではあるものの、険路は出来れば避けたい。自分に技術が無い分ますます臆病になっていく・・。ここは、やめよう・・。

さてピストンにならずに位牌岳をからめて縦走・周回できるコースは無いだろうか。地図やガイドブックを片っ端から見て行く。昭文社のエアリアマップの最新版を書店で手にとってみると位牌岳南東の水神社あたりから沢伝いに位牌岳に上がるコースがある。自分の手持ちの古いエアリアマップには乗っていないコースだ。山の地図も時折入れ替えなくてはいけないな・・ということか。まぁこれであれば位牌岳から袴腰岳・愛鷹山まで縦走して、あとは水神社の上部から愛鷹山の山麓を鉢巻状に半周している林道がある。これをたどれば水神社まで戻って来れるではないか。尾根歩きを絡めた周回コースである。ただ問題は愛鷹山からその鉢巻林道への下山路でこれによって水神社までの林道歩きの距離が大きく異なりそうだ。愛鷹山からの正規の下山道は山頂からほぼ南南東に南下して鉢巻林道に出るもので、これでは水神社までの林道歩きは距離からざっとみても1時間半はかかりそうだ。が山頂から東南東に向けて林道に下山するコースも破線表示ながらある。これであればまぁ20分くらいは林道歩きが短縮できそうだ。一方古い地図などを見ていると愛鷹山のやや北部から東北東に向けて下山するコ ースも破線表示ながら記されている。これが最も効率的な下山路なのだが最新のエアリアマップにはこのコース表示はすでに消えており、いずれにせよ廃道っぽいのだろうか・・。このコースが本当にあるのであればほぼ入山地点と同じ場所に下山できるので鉢巻林道歩きの時間は殆ど要らないだろう。ここを歩きたいものである。果たしてどのコースで下りられるのか、謎解き要素もある。まぁ最悪1時間半の覚悟をしていれば良いだろう・・。長い林道歩きのフィナーレとなるが、それでも位牌岳から愛鷹山まで、愛鷹山系の未踏のピークを縦走できる事の魅力のほうが大きかった・・・。

* * * *

東名高速沼津インターを下りて、高速道路北面の沿道を少し裾野市方向に戻り高速が高架となったその下の信号を左折するとあとは一本道で桃沢郷まで上がっていく。バスはここまで来るのだ。通り過ぎて更に進む。道はますます細くなり山に入ったという感が強い。細い舗装路でしばらく進むと広場がありその先にはチェーンでとうせんぼをしていた。ここが水神社だろう。ここでザックのパッキングをする。オリエンテーリングでもあるのか、小学生の一団と引率の教員。子供達はワイワイとしており、笛を下げた教員もリラックスしている。子供の野外活動は楽しいものだ・・。

チェーンをまたいで林道を進むと右下に水神社の境内が見える。コンクリートの大きな建物を豊かな水音が包んでいる。水神社と一風変わった名前がわかるような気がする。昨日まで雨だったせいか濡れた路面で湿度も高い。すぐに南京錠でロックされた立派な鉄製のゲートがあり、ここからが愛鷹山を半周する鉢巻林道の始まりである。ゲートはあるが真新しい轍が残っている。10分も歩くと資材置き場を兼ねた広場がありそこに水神社へのコースを示す看板があり、ここで林道と別れ登山道となった。

雨上がりの余韻を感じさせる濡れた草木が覆い被さるコースで先行きが案じられたがすぐに状態は良くなる。それなりに歩かれているコースのようだ。しかも濡れた路面には真新しいビブラムの靴跡がくっきり残っている。なんとなく時間差は30分以内という気がする。サイズの違う靴跡、先行パーティは男女の2人組だろう。

しばらくは傾斜も緩く、沢伝いのコースなので水音が届く。路面に露出した石が雨露に濡れていかにも滑りやすそうでイヤーな光沢を放っている。と思った途端するっと足がすべり体が一瞬浮いた感じがしてそのまま尻餅をついてしまった。とっさに両手をついたがグローブをしていたので助かった。見ると大きな一枚岩で、何の抵抗も無くすべってしまったようだ。ソールのゴムが劣化して硬化しているのだろうか、今日はまったく靴のグリップが感じられない。しかし、足が離れて両手をつくまでがコマ送りのようにやけにはっきり覚えている・・イヤだなぁ・・。そんな事もあり必要以上に足運びに気を遣いながら歩みを進める。やや進むと谷を突き上げるように少し登りそこで右手に池の平らからの巻き道をあわせた。

そのまま沢に沿って進んでいくと時期に沢音が高まり右手奥に雄大な一条の滝が現れた。つるべおとしの滝だ。落差は軽く10mは越えているだろう。滝壷も緑色で清涼な冷気に満ち溢れている。こんな奥に入ったところにこれほどの滝があり、愛鷹山はやはり懐が深い。

登山道は滝の手前で高巻くように斜面にとりついてジグザグに高度を上げていく。が、おせっかいなことに丸太で階段が設置されており歩幅が合わないので丸太の端を選んで歩いていく。登山道につけられた丸太の階段道ほど実際ありがた迷惑なものは無い。それよりももっと頻繁にコースを見回り腐敗して倒壊しかけた木橋の修復や鎖場の点検など、いくらでもやることがあるように思うのだが・・。

滝を巻ききるといつしか海抜も1000mを越えている。大きな崩壊地の麓を渡り更に進むと幾筋かに分かれた沢が心地よい音を立てて流れている。このあたりから緑の樹林に混じり目を奪うような美しいピンクのツツジが混じりだした。最初は紅一点であったが歩みを進めるにつれそこらじゅうにポッ、ポッと桃色が混じっている。新緑に映えるピンクの花はなかなか見事なコントラスト。全くの手付かずの美しさで、こんな山中で別天地のような光景に独り包まれていて良いのだろうか、という気がしてくる。山歩きをしない人は、こんな素晴らしい光景に会えることはないんだろうなぁ、と嬉しいやら申し訳ないやら。

沢を渡るときに余りに心地よい瀬音にひきつけられるように沢に顔を近づけ水を口に含む。冷たい。柔らかくて美味しい。ゴクゴクとおもわず立て続けに飲まずにいられない。これが甘露だろう。

このあたりで傾斜は緩みもう稜線近しの感がある。腕時計の高度計も1200mを越えている。地形図からも小広い地形を想像していたがまさにそのとおり。背の低い樹林の生える緩やかな平地が広がりその中を幾条もの沢が流れている。稜線までもういくらも標高差が無いというこんな標高に、このような平地と、そこに豊富な流水が溢れているという事に驚く。緑の小平地に、溢れる沢水、そして相変わらず点在するピンクのツツジ・・、こんな山奥に別天地があるとは驚きでもある。

鳥肌がプツプツと立つような興奮を味わいながらゆっくりとすすむ。顔を上げるともう空が近く、稜線は本当に近いのだろう。しかし傾斜はあくまでもゆるく頼もしいまでの沢が心地よい。全く愛鷹山は懐が深い。やがて沢音がなくなったのに気づくのと同時に、右手から池の平から尾根通しに直登してきたコースとぶつかった。それを左に折れて8分ほどで、位牌岳と袴腰岳を結ぶ愛鷹山の主脈縦走路だった。しかし、まったく素晴らしい登路だった。

縦走路に出ると尾根の反対側の須津側は深い谷になっている。そこから心地よい風が吹いてくる。かなりの高度感のある谷だが、時折そこにピンクのツツジが混じるのでそれがいかにも5月の山らしい。崩壊地の裾を通るともう位牌岳の山頂で、静かななかなか良い雰囲気の頂上だ。

山頂には10人程度の先客があり自分のコースの数十分前を歩いていたであろう二人連れをなんとなく探すが分からない。鋸岳からのパーティも幾人かいるようで、通過したばかりの鋸岳の印象を話し合っている声が聞こえてくる。自分は挑戦もせずに諦めてしまった鋸岳から位牌岳のコース、彼らがとても眩しくみえ近寄りがたい。避けるように山頂の端へ行き手近な潅木に50MHzのデルタループアンテナをつないだ。

JG1OPHに7N4GRT、御馴染みの横浜市北部の50メガ仲間とつながる。JI3KHNは賀茂郡に移動していた。静岡市の局に呼ばれる。愛知県では雨が降ってきているという。こちらはそんな感じも無いが・・。10局以上と交信できたので、満足して閉局する。お握りを一つ頬張りながら無線設備を撤収し三角点に手を置いてから山頂を後にした。

愛鷹山へ向かう主脈稜線は踏み跡もしっかりしており、ほぼ平坦で足が進む。鮮やかな5月の緑でそこに混じるツツジのコントラストは相変わらず素晴らしい。そんな尾根道気の向くまま、足の向くまま歩いているといつしかフワーッと頭の中だけが別世界に遊んでいるのに気づく。登りの苦労も、普段頭に抱えている色々な悩みや考えなどは完全にスーッと頭から消えているのに気づく。目の前に続く道は曲がりくねって上って下ってしているけど、すっかりリズムに乗った頭と体の前にはそんなただの凸凹すらも楽しい。これこれ、だから山は良いんだよなぁ・・。

いっぷく峠、と名のついた平地に出る。ここから水神社方面への下山路を示す指導標があり、それなりに踏み跡も明瞭のようだ。このコースは地形図にもエアリアマップにも記されていない。反対側を見れば須津側の深い谷の向こうに乱杭歯のように鋸山の稜線が続いている。遠目から見ても実際それは恐怖感を覚えるような険悪な岩稜で、あそこを辿るのはやはり難しそうな気がする。いや、ゆっくり行けば可能なのかもしれないが肝心の「やる気」が湧いてこない。やはり気力・体力・技術の三点がマッチしないと山はなかなかむづかしい。諦めてよかったんだ、と口にする。

緩やかに登り袴腰岳の山頂で、ここで須津側への道を分け縦走路は南東へほぼ直角に曲がる。歩くペースを崩したくなかったのでそのまま通過する。位牌の山頂で一緒だった学生の6人組を追い越す。ここからは笹原のコース、とガイドブックにあったように思うがそれほどのものではない。緩く登り小さく下り上り返すと平坦となり尾根の感じがしない。地形図上の1203mピーク、エアリアでは馬場平だ。

200m近く平坦地を進むとこのあたりから笹が目立ち始めた。向かいに今日最後の目的ピーク、愛鷹山が見える。あそこまで、ここから100m近く下りて鞍部からほぼ同じだけ上り返さなくてはいけない。ゆっくりと西からガスが流れてきて、湿った風が吹いてきた。愛知県の雨の雲が徐々に移動してきているのかもしれない。
100mの下りに入ってからはようやくガイドブックの言うように深い笹に覆われた。身の丈ほどの笹の中をガサガサ下りていく。半袖のシャツなので露出した腕がこすれて痛い。しかも肝心の路面は濡れた黒土で滑りやすくなかなか歩きづらい。笹を掴みながら下りて行く。

下りきって鞍部に出た。昭文社のエアリアマップにも2.5万分の1地形図にも無いが、古い地図にはこの鞍部から入山地の水神社に近い箇所に下りるコースが破線で記してあったが、果たしてそれはあるのだろうか。そのコースがあれば随分と帰りの行程が短くなる。無かったら、愛鷹山から反対の沼津側におりて、鉢巻林道を延々と歩いて水神社に戻ることになる。吉と出るか凶と出るか・・。

しばらく歩くと古びた指導標が立っていて、しっかりそこに「水神社へ」と記されていた。見る限りコースもそれなりに踏まれているようだ。と、ここで愛鷹山から下りてきた中年夫婦に会う。ためしにここから水神社へのコースの事を聞いてみると、なんとその道で登ってきた、という。なぁんだ、コースもしっかりしているのか・・。すっかり安堵感に包まれるが、同時に謎が解けたようでちょっとがっかりでもある。

あとは愛鷹山へ登るだけだ。と安心したのもつかの間、ここから愛鷹山山頂までの標高差約100mの間は今までに無い深い笹に埋もれる道となった。道自体は踏まれているもののやや濡れてグリップの効かない黒土の急な登りで、そこに背の丈を余裕で越す密生した笹が覆い被さる。ここは中腰で笹の海の中に潜り込みコースを目で追いながら進まなざるをえない。

ザアザアと笹を分けると急登にハアハアと息が弾む。見上げる先にポカリと空が開いていた。笹のトンネルをポンと抜け出すと10畳くらいの芝の平地で、ここが今日の最終目的地・愛鷹山の山頂だった。展望には恵まれないが、立派な1等三角点に満足する。430MHzのハンディ機で1局交信だけしてポイントを稼ぐともう安心だ。そろそろ空模様も心配なので折り返すように笹の穴の中に潜り込むとすぐに下から袴腰山で追い越した6人パーティが登ってきたので道を譲る。聞けば十里木から入山というので、越前岳から鋸岳の難所を越えて位牌岳へ抜けここまで縦走してきたのだろう。袴越岳で追い越した時随分のんびりと歩いているな、と思ったのだが、そんな遠路であれば納得も出来る。むしろそのガッツと体力が羨ましくもあった。

くだんの鞍部に折りつき懸案のコースに踏み込む。道はすぐにガレた沢をそのまままっすぐに下りて行くようになる。5,6分も下りると水が湧き出していた。やはり愛鷹山は水が豊富である。コースは沢の中や淵を辿るように下りて行くがテープや布が時折ぶら下がっているので心配は無い。樋のように細くえぐれた沢で、そのうちに沢筋を左手に向け離れていく。山腹を辿るようになると今度は倒木が目立つようになった。途中で看板があり、荒れているの巻くように、との指示がある。それに従うとこれとてかなりの倒木帯で、くぐったりまたいでいたりしたが、やがてザックを下ろさないとくぐることの出来ない倒木が行く手を遮り、途方にくれる。潜り抜けるとかろうじてまだ踏み跡は続いておりちょっとしたサバイバル気分であるが、やがてそんな藪もぬけるとそこに再び「水神社へ45分」という指導標があり、救われた気持ちなる。

丁度緩やかな尾根を乗り越したようで、ここからはすぐに大きな伐採跡に出た。目前の谷に向けてぐるりと裸になっておりかなり広範囲なハゲ山状態でそのなかをスタスタあるいていくともう林道までは造作なかった。

無事に終わった。地形図上で自分が何処に下りてきたのかの目処をつける。ここか・・・、最初の目論見通りの箇所に下山できていた。とても嬉しい。

林道を歩きながら今日の山をゆっくりと反芻する。沢の水が稜線直下の海抜1200mあたりまで豊富に流れていたのには驚いた。その水が冷たく美味しかった・・・ゴクゴクと飲む水の素晴らしさを味わった。ツツジが赤く新緑に映えていた。全く期待していないだけに大きな拾い物をしたような気分でもある。稜線行はいつもと同じく楽しかった。ただの凸凹の背骨を辿るだけなのに、一体その何が楽しいのかは何時までたっても未だに分からない・・・。笹のトンネルも楽しかった。いや、登っている時は結構辛かったはずだけど・・。最後の謎解きの下山路は、結局終わってしまえば大満足なのだ・・・。

空を見上げれば重たい雲が一部にかかっているけど、降る事も無くもってくれた。満足を反芻しながら足任せで下りて行くと、水神社が目の下に見えていた。

(いっぷく峠から鋸山の難所を遠望する。あれを辿るのを諦めた・・正解
だったとも、すこし情けなく寂しくもある。)
(稜線は新緑にツツジが混じりすばらしいプロムナードだった。足任せに
ただ歩く。山と自分が一体化したかのような錯覚を覚えるとき。)
Camera : Nikon FG-20 Zoom Nikkor 35-70mm Fuji Provia


(終わり)

(コースタイム:水神社8:30-林道ゲート8:50-つるべおとしの滝入り口9:00-つるべおとしの滝9:35-池の平コースと合流10:55-主稜線11:03-位牌岳11:20/12:35-入山路分岐12:45-いっぷく峠13:00-袴腰岳13:18-馬場平(1203mピーク)13:37-愛鷹山との最低鞍部13:54-愛鷹山14:05/14:20-最低鞍部14:26-水神社45分の道標(小尾根を越す)15:00-愛鷹林道15:20-つるべおとしの滝入り口15:40-水神社16:00)


アマチュア無線運用の記録

位牌岳 1457m (静岡県裾野市) 50MHzSSB運用、自作SSB/CW機(4W)+デルタループアンテナ
愛鷹山 1187m (静岡県沼津市) 430MHzFM運用、STANDARD C710+ホイップ


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