茶畑を縫って歩く駿河の山 - 高ドッキョウ

(2001/10/13、静岡県清水市)


(バス停の終点・板井沢を下りてゆっくりと
歩き始めた。行く手に茶畑が広がり、
駿河の山だった。)

Nikon FG20 Cosina 20mm F18AE

たいして行かないくせに興味はあるのでついつい買ってしまう山のガイドブックも随分と貯まってしまった。本棚からそんな本を引っ張り出し、既知の山を思い出し、未知の山に思いをはせるのは実に楽しいひと時なのだ。体はここにあっても頭の中はずーっと遠い所へ飛んでいき、記憶と想像の創り出す愉悦卿を彷徨う・・。そんな幸福なるトリップを楽しもうと、たまたま開いた静岡の山のガイドブック。かねてから気になっていた高ドッキョウのぺージに目が止まった。山の名前の面白さと綺麗に尖った山頂の写真が気になる山の理由だったが、ガイドを見ているうちに急に行きたいという思いが高まった。多くの場合、こんないい加減なきっかけで山行を決めてしまう。1134mという標高はぱっとしないがたまには地元・横浜から遠出して、穏やかな風景が想像される駿河の山里をのんびりたどりながら低山を歩くのも悪くない。決して便利とはいえない電車とバスのダイヤを調べながらも心はまだ見ぬ山と田園へと駆けていく。

東海道線の清水駅からバスに乗る。ものの数分でビル街を抜けると旧東海道の名残を感じさせる国道1号線を走るようになった。由緒ありそうな清見寺を過ぎ興津駅を越えると左折して興津川に沿って北上する。但沼車庫でバスを乗り換えると後は川沿いの山間風景がひろがった。

鮎釣りの太公望で賑わう興津川に沿ってのんびり走るバスには公民館にでも行くのか地元のおばあさんが何人も乗っていて運転手氏を交え明るい笑い声に満ち溢れている。小さな空間の中に顔なじみのおばあさんたちと運転手氏の作り上げる一コミュニティ。移動する村・・・。「これから山登り?若いっていいね」と屈託なく話しかけられる。とあるバス停で一団は下りていった。のどかな山間をわずかで終点の板井沢だった。バスが転回してエンジンを切ると何の音も聞こえない、社外に出てタバコをすうーっと吸う運転手氏の呼吸が聞こえた。靴紐を結び「気をつけてな」という声におくられて真っ青な光が横溢する茶畑の中の道をゆっくりと歩きはじめた。

いい天気だ・・。まさに秋たけなわと言う感がある。綺麗に形を整えたお茶の畑が規則的な波の様にうねっていて、大きな扇風機のようなものがゆっくるとまわるその様は茶処・静岡の独特の風景だろう。

樽集落を越えて林道を登っていくと道が右に曲がる手前に標識があり沢沿いの登山道に導かれる。左右の詰まった、やや狭い感じの沢だ。一カ所沢の中にコースが交錯する。飛び石を伝って上流に進むと再び登山道が見えた。

水飲み場を二つすぎると沢を離れ右手に戻るように大きくトラバース気味に緩く登るようになった。沢音が遠ざかると同時に尾根が近づいてくる。小さく尾根を乗っ越す箇所に小峠という看板があり同時に尾根筋に整備された階段道が続いていた。これを辿ると私設の山小屋ヒュッテ樽に行けるのだろう。小屋を見てみたい思いもあったが長い行程に先を急ぐ。

樽峠にはそのまま尾根を反対側に越していく。わずかに下って豊富な水場を越えると再び山腹をジグザグに登っていく。樹林越しの空が大きくなって二体の石仏が人待ち顔の樽峠だった。

ここは山梨との県境尾根でもう少し踏まれた稜線を想像していたが、目の前の尾根は草が覆いかぶさり余り人の往来があるようには思えない。ズボンの上からチクチクとくるアザミを払いのけながら稜線を西に歩き始めた。

(ひと気のないやや荒れた尾根道を辿ると清水市方面を一望する
箇所に出た。重なり合う山々。山影と空が溶け合うその先に
駿河湾があるはずだ。)
Nikon FG-20 Cosina20mm

地形図の示すがごとくこの尾根には思ったよりも小さなピークが連続する。最初の小ピークをこなすとやや下りすぐに次が待っている。北の山梨県側は杉の植林体だが南の静岡県側は下草のうるさい雑木林がつづく。草と蜘蛛の巣を払いながら歩くのは面倒で、稜線漫歩とはあいいかない。

静かでひと気の全く無い尾根道だ。里が近いから熊などは居ないだろうが、静けさに無言の重圧を感じてザックに熊よけの鈴をつけた。カラーン、カラーンと小さな音を立てながら藪を払いガサガサ歩くが、そんな音を聞きながら、自分は地元を遠く離れたこんな山で一体何をやっているのだろう、などといった思いが頭の中に浮かんでくる。静岡までわざわざこなくてもまだまだ神奈川や奥多摩にも登る山は沢山あろうというのに、自分も物好きだな、などと考える。が、自分の心の中にある知らない場所に行ってみたい、知らない山に登ってみたい、という気持ちにただ従っているだけだよ、とも考えてみる。いずれにせよ、相変わらず好き放題な事をしているなぁ、と考え、そんな好き勝手をやらせてもらっている家族に申し訳ないな、とも考える。

地形図上の978mピークのわずかに手前だろうか、登山道から数メートルの派生道が出て南の清水市方面が一望できる展望所に出た。逆光で霞んでよく見えないが山並みの向こうに広がる空間は駿河湾なのだ。海岸からさして離れぬこんな場所でそれなりの山の深さを味わえる、静岡は山の国だ。

登山道に戻ると樹林を越えて真北に離れて形の良いすっきりとした独立峰がある。そんな篠井山もいつかは登ってみたい憧れの山だ。

わずかに登るとまん前に高ドッキョウの山頂を望んだ。思ったよりも、高い。ここからの標高差は150m弱か。下界から眺めた、ガイドブックの写真で見た、あの右肩上がりの急な山頂、その右斜面なのだ。ぐいぐいと稼ぐ急斜面にとりつく。回り道の無い直登で、段差のあるコースに木の根をつかみ体を引き上げるような箇所が出る。先ほどから空腹気味で足に力が入らなくなってきたのが良くわかっていたが、山頂はすぐだよ、と横着してそのまま歩いてきたツケがまわったか、登れどもため息の出るような斜面をただ歩く。

振り返ると樽峠の辺りは遥か眼下となり爽快でもある。真っ黒な富士山のシルエットが大きい。見慣れた形とはやや違う。神奈川県に住む自分にとって真西から望む富士山に接する機会はどちらかというと少ない。これからそんなチャンスを増やしたいな、と考える。傾斜が緩み、あぁ頂上だ、と快哉を小さく口の中で口にする。やれやれ疲れた、とも口にする。山頂は小さな平地で、「高ドッキョ」と書かれた御馴染みの串団子標識と、これ又いつもの山梨百名山の標識が立っている。

サンドイッチを口に入れながら50MHz運用の準備をする。釣竿ヘンテナに自作のトランシーバをつないでワッチするがまるでリグが壊れたかのような静けさで、1エリアに対してのロケの悪さを痛感する。大菩薩の移動局、甘利山の移動局を呼んでCQを出すが反応は無し。1局くらいはCQに応えてくれる局が居ないと閉局するきっかけもない。時間ばかり経って気が焦る。誰か見つけてくれないか・・。と聞き覚えのある声。JG1OPHが見つけてくれた。あぁさすがOPH、いつもありがとう!神様に思えた!

下山準備にかかっていると反対側から3人パーティが登ってきた。行きのバスで途中まで同じだった3人組だ。彼等と自分はお互いに逆周りのコースを選んでいたのでこの行程の何処かで会うはずだった。沢で道を間違った、と言っている。そんな箇所があるのか、やや不安に思いながらお互いの健闘を祈り山頂を後にした。
(山頂だ。標高差
150mくらいか・・。
キツイな。)
(「高ドッキョ」と書かれた串団子標識と
山梨百名山の標識。富士を望む
静かな山頂だった)

ぐいぐい下る。道は樽峠から山頂に至るまでのコースに比べよく踏まれている。下草も無く、こちらのコースをピストンするのが一般化しているのかもしれない。藪に覆われた高野マキ方面への下山路を左手に分けると小さなピークに登る。地形図上の913m峰だ。ここから下りにロープが連続する。多くはたいした斜面ではないが一箇所完全にロープ無しでは自分には降りられない箇所があった。ステップの無い大岩に強引にロープがぶら下がっている。登るのはともかくこれを下るのは嬉しくない。下りきってほっとする。前方に青笹山が高い。わずかに下り徳間峠だった。

文久3年と彫られた石仏の横に越し掛け、どら焼きを口に入れる。今日の山ももう終わりに差し掛かっている。小さな山では会ったが藪っぽさと小さな岩場などがあり飽きさせない山だと思う。お茶を飲み西日の射しかかった峠道を下りていく。すぐに沢に出て迷うことなく林道に出た。

次のバスまで1時間以上あり急ぐ必要もない。茶畑の中をバス停のある大平集落までのんびりと歩く。軽トラックでの乗りつけた野良着姿の夫婦が茶の手入れをしている。目線があい、挨拶をする。集落が近づき漂う焚き火の煙の中を歩く。軒先につながれた犬の遠吠えが聞こえてくる。農道の傍の畦の中を豊富な水が流れていく。山あいの斜面にぽつりぽつりと立つ家には洗濯物がまだ干されていて秋の夕日をたっぷりと浴びていた。

山間に生活感の漂う山里の風景は日本っていいなぁ、という思いをいつも自分に与えてくれる。都会育ちの自分には里に暮らした経験が無い。しかし、何故だろう、この風景はとても大きな安らぎを与えてくれるように思える。いやそれは安らぎと言うより日本人が持つ純日本的な原風景への憧れなのかもしれない。自分の山に対する憧れは、山とそんな中に溶け込んだ小さな里を歩き、日本を味わいたいのかもしれない・・・。

乗客一人だけの空っぽのバス。律儀に流れるバス停のアナウンステープを聞きながら闇に沈み行く駿河の里を眺めていた。

(終わり)


(コースタイム:板井沢バス停9:45-登山口10:20-樽峠11:10-清水方面展望所12:05/12:10-高ドッキョウ12:50/13:55-高野マキ分岐14:20-徳間峠14:45/14:55-林道15:35-大平バス停16:30)


アマチュア無線運用の記録

山名 : 高ドッキョウ 1134m
市郡 : 静岡県清水市・山梨県南巨摩郡富沢町(清水市で運用)
設備 : 自作4WSSB/CWトランシーバ+釣竿ヘンテナ
交信 : 50MHzSSB運用、4局交信、最長距離 千葉県安房郡

Copyright:7M3LKF Yukio Zushi 2001/10/21

(戻る) (ホーム)