九月の真夏日・根本山

(2000/9/2、群馬県桐生市・栃木県安蘇郡田沼町)


最近は仕事が終わる時間が遅い。満員電車に揺られクタクタの気分で家に帰ると同じく妻も疲れているらしくすでに寝ている。ふー、日付が変わるまであとわずか。一風呂を浴びるとこのまま缶ビールでも開けてそのまま眠ってしまいたいがそうすると翌朝が早く起きられないことは今までの何度もの経験で良く分かっている。楽しみの山、といってもここ数年前からは体力・気力が今一つで、肝心の土曜日の朝は完全に放電しきって起きられないことが多い。仕事のせいか、年齢のせいか・・。勢いをつけて夜のうちに家を出て山に一歩でも近づいておかないと山は遠くなる。翌朝に残るのは後悔のみ。

寝息を立てている妻に声を掛ける。半ば寝ぼけた見送りの返事を後に家を出た。妻も暑い中に家事に子育てに大変で疲労気味。そんな努力を自分は充分にわかっているのだろうか?そんな中これから自分だけの楽しみを追及する自分が後ろめたい。

この時間はがら空きの湾岸高速から東北道に入る。車の流れはスムースで利根川のすぐそばの羽生PAに着いたのは家をでてからわずかに1時間半後の事だった。今日はここで仮眠としよう。

栃木県西部や群馬県東南部に広がる山々を安蘇や足尾の山と呼ぶ。丁度関東平野が平野部から山間部に移行するその縁辺りを走るJR両毛線の北部にあたる山域だ。この辺りは自宅・横浜から遠いような気がしており佐野市の三毳山に行った事があるだけで後は全く知らない。パラパラとめくった分県登山ガイドブックの中から見つけた根本山。群馬県桐生市の最高峰とあり手ごろな回遊コースが組める。安蘇・足尾入門に向いていそうだった。

* * * *

AM5:30、目が覚めて出発。佐野藤岡ICで下り国道50号線を北西に走る。コンビニで今日の食料を仕入れ桐生の市街地を抜ける。妻に電話してみると昨夜に出発した記憶が曖昧のようだった。2時ごろ目が覚めて慌てて携帯に電話をしたとの由。こちらは電源を切っていた。何はともあれ元気な声を聞き安心する。今日一日のわがままを許して欲しい。

群馬大学工学部を抜けるとほどなく山道らしくなり桐生ダムをこえて細い道を辿る。石鴨集落を抜けると林道がゲートで封鎖されており、ここが入山口となる不死熊橋だ。今日のコースはここから尾根を直登して根本山にいたり、あとは道なりで熊鷹山まで尾根を伝う。熊鷹山からは林道に下り、あとはそれを辿って不死熊橋まで戻ると言う、ガイドブックに書かれたそのままのコースとなる。

小さなコンクリートの不死熊橋を渡るとすぐに沢コースと林道が分岐する。尾根を直登する中尾根コースはこの林道を5,6分詰めたところから左手に派生する枝林道を2,3分歩いたところから案内板に導かれるように始まる。車に乗っているときは気づかなかったが今日はとても天気が良い。暦は9月に入ったが照りつける太陽は真夏のそれと何ら変わり無い。林道を歩くだけの単純作業だが早くも汗が滴ってきた。

(緑色の光に満ち溢れた。
静けさの根本山山頂)

尾根を直登する登山道に取り付く。・・・暑い・・・。土肌は濡れておりそこから湿気が立ち上ってくるのが目に見える。木漏れ日も強烈だ。早くも気息奄奄となってきた。まだ8時を回ったばかりだ。たちどころに戦意が萎えてくる。いやーつらいなー。まだ登り始めたばかりだと言うのに・・。昨日は4時間くらいしか寝てないからかなぁ・・。なんか、情けないなぁ・・。汗が吹き出てきて1歩ごとに体の力が抜けて行く。しかしこの暑さは一体なんだろう・・。真夏日の再来だ・・。

植林に雑木が混じり始めとたんに道の具合が悪くなってきた。奔放に延びた下草が藪を作っていた。これだけの日差しと水分を受けて草は大喜びと言ったところだろうが歩く人間はそれどころではない。半袖の露出した腕にこすれる藪の不快さたるや、とたんに痛痒くなってきた。前に組んだ手の中に頭を沈めてモグラの様に藪に突入。短い藪の連続。湿気の山に藪とくれば次に来るのは言うまでも無い、蜘蛛の巣だ。不快な粘糸が腕に、首に、顔に遠慮無く張りついてくる。こんな調子で山頂まで行けるものか、殆ど絶望的な気分だ。ガイドブックにあった伐採地とやらもこう藪気味ではどこがそれなのかわからない。たまらず木陰に座り一本たてよう。ザックの肩ベルトまで汗で濡れきっている。つくづく登る季節を間違えたと思う。晩秋から早春がこの手の山のベストシーズンなのだろう・・。

それでも歩みを頑張ると右手に遠望していた尾根の高さがだんだん目線に近づいてきた。ああ、こんな夏の山にもゴールがあるようだ。傾斜が緩むと沢コースの合流する四辻で、目指す根本山の山頂はここから15分程度登ったところにあった。

静かな山頂は誰一人もいない。雑木が茂り、降り注ぐ陽射しも緑のフィルタを通して差し込んで来る。ザックを下ろして一服していると汗が引いてくる。こんな中にもそよそよと静かな風が流れているせいで、すーっと心が落ち着いてきた。まだ登りついたばかりの体の鼓動は残っており緑に囲まれた空を見上げてみたなら木々が自分に倒れ込んでくる、いや自分が緑の中に同化して行くような気もする。こんな気分は時々感じる。それはとても気持ちの良いもので、心臓が鼓動するその一拍づつに緑の中に溶け込んで行く感じ・・。それに惹かれて山に足が向かうのかもしれない。

アマチュア無線・50MHzの運用を開始する。桐生市移動は50MHzでは珍しかろうという目論見は当たらずしも遠からじで、そこそこ絶え間無く呼ばれる。と、ここで突然足にチクリという痛みが走った。見るとアブだ。ニッカソックスの上に大きなアブがとまっているではないか。無線機のマイクを思わず放り出し飛びあがってしまった。火のついた床を足で踏み消すときの様にどたばたと足踏みをして追っ払う。憎きアブは一匹ではなく数匹がぶんぶん飛びまわっている。しまったー、山に同化する、何て適当な事言ってたからかなぁ・・。無線を止めるわけにもいかず中腰になり足元を見つめながらマイクを再び握る。気分は勿論落ち着くわけも無く、ここが潮時と無線機を撤収した。

(歩いてきた根本山を遠望する。
熊鷹山展望台から)

注意を払ったつもりだが結局何箇所刺されたのだろう。ニッカソックスを下ろしてみると赤い小さな点がざっと5,6箇所。背筋にムシズが走り逃げるように山頂をあとにした。

根本山の山頂からは十二山への縦走路に向かうには特に標識も無い。地図を見ないで歩き始めると「三境山へ」の標識。しまった、間違えた。元に戻る。地図を見ないで歩くなんて結構馬鹿にしているよな、山を。この標識がなかったらしばらくはミスコースに気づかなかったかもしれない。変に山に慣れたような気が自分の中にあるに違いない。ピーク毎に地図とコンパスを取り出すと言う作業を、そういえばしない事が多くなってしまった。道と道標が整備された山ならそれも構わない?いやきちんとしなくてはな。

静かな尾根道がぱっとひらけると妙に人間臭い雰囲気の漂う十二根本神社で、備え付けの参拝ノートによると最新の登山者は一昨日の日付。単独行のようだ。昨日この山を歩いた人は居なかったのだろうか・・。湿気でやや膨らんだノートに自分の名を記した。

神社を抜けると一面に笹の広がる斜面で、雑木林からのさりげない風景の展開が素晴らしい。ここで向こうから今日初めての登山者に出会った。若い単独行で、お互いこんな時期の低い山に登っているスキモノ同士だ。短いエールをすれ違いざまに交わす。十二山の山頂はそれといった標識もなく、笹の広がる斜面をやや南に向きを変えて下り始める。ざーっざーっと笹をこすりしばらくは尾根の左側を歩く。尾根を反対側に乗っ越すと道標の無い巻き道を右手に分けて熊鷹山の山頂だった。

成る程、ガイドブックに書かれていたように木製の小さな展望台に登ればなかなか素晴らしい山頂風景だ。四周ぐるりと山ばかりだが自分が歩いてきた根本山以外はどの山が何なのかさっぱりわからない。初めての安蘇・足尾の山、土地感もない。少しづつ足跡を延ばしたい。

下山はあっけない程で山頂から僅かに下りた鳥居を過ぎると2、3分のところで右手に林道へ下りる分岐がある。この急坂を15分も下りると林道に飛び出しあとはこれを不死熊橋まで歩くだけだ。陽射しは相変わらずだがあとはゆっくりと足任せに下りるだけ。山影に入り豊かな沢の音に沿って歩くようになると今朝入山した不死熊橋まではわずかだった。

* * * *

緑のトンネルの林道から桐生市街地に出るとアスファルトの照り返しがきつい。国道50号線から佐野に出て東北自動車道にのる。流れは快適で特に渋滞情報も出ていない。この調子なら良い。

初めての安蘇・足尾の山。シーズンオフという事もあろうが、結局稜線で出会ったのは1人だけという静かな山で良い印象を残した。もう少し歩いてみたい、そんな気を抱かせるエリアだった。晩秋から冬にかけての安蘇・足尾。雪が来る前にでも又一度・・。

東北自動車道を抜け湾岸高速に入る。心配していた渋滞は皆無。土曜日の、この時間帯なら大丈夫な様だ。渋滞を上手く避ければ横浜からも決して遠くないエリアと言う事が分かり、収穫だった。

車のラジオからは今日の埼玉県熊谷市の気温が関東平野今年一番の暑さ、39.7度を記録した事を告げていた。桐生と熊谷は目と鼻の先だ。道理でな・・。九月の真夏日に包まれた今日の暑かった根本山を思い浮かべながら羽田ランプを通りすぎた。

(終わり)

(コースタイム:不死熊橋7:55−四つ辻9:30−根本山・アマチュア無縁運用9:45/11:10−十二根本神社11:25−十二山・アマチュア無線運用11:40/11:50−熊鷹山・アマチュア無線運用11:50/13:20−林道13:35−不死熊橋14:20)


アマチュア無線運用の記録

根本山 1199m
群馬県桐生市
50MHzSSB運用、22局交信、最長距離 福島県安達郡
自作SSB/CWトランシーバ(4W)+デルタループ
桐生市の最高峰。樹林に囲まれ展望は得られない。
が、50MHzでの桐生市という珍しさもあり結構楽しめた。
十二山 1128m
栃木県安蘇郡田沼町
1200MHzFM運用、1局交信
STANDARD C710 (0.3W)+付属ホイップ
稜線上に位置するこれといった特徴の無いピークだった。
熊鷹山 1169m
栃木県安蘇郡田沼町
50MHzSSB運用、15局交信、最長距離 山梨県西八代郡
自作SSB/CWトランシーバ(4W)+ダイポール
展望台に上がれば眺めも電波の飛びも抜群のピーク。
30分で終わらすつもりの簡易装備での運用が呼ばれ続けて90分となった。
桐生市同様、安蘇郡は珍しいのか?

Copyright 7M3LKF Y.Zushi, 2000/9/8


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