毛無山塊、念願の藪尾根縦走

(2000/10/7、山梨県西八代郡下部町、静岡県富士宮市)


揺れるススキの奥にそびえる標高差1100m。
朝霧高原から見上げる手無山から雨ケ岳への稜線。

ここ3週間ほど連続して週末に雨が降ったが今度の週末こそは天気がよさそうだ。週末が近づくにつれて何処に行こうか山を物色する。行きたい山はいくつもあり出発前の気分や体力に応じてころころと目的地が変わってしまう。結局連休の初日の土曜日にハンドルを向けたのは静岡と山梨の県境、富士山の西側は朝霧高原にそびえる毛無山塊であった。

富士山の北方から北西にかけて広がる御坂山塊や、その南は朝霧高原に広がる毛無・天子山塊、これら富士山を巡る一帯の山の中では最高峰となる毛無山は標高2000mにわずかに届かないピークで、その山頂へは山麓の麓(ふもと)集落から登るのと湯之奥林道を経て下部温泉から登る両コースがある。自分が車をとめたのは麓集落の一番奥の一日500円の有料駐車場だった。海抜860mのここから1945.5mの毛無山まで、標高差1100mをたっぷり登らされるコースだ。どのガイドブックをあけても「短い距離で高度を稼ぐ急峻な登山道」と書いてある。事実2.5万分の1地形図の目の詰まった等高線がそれを物語っている。毛無山になかなか足が向かなかったのはこの急登のせいだったのだがどういう風の吹き回しでここへ来る気になったのか。本当は3連休ということもあり少し深い山に1泊2日程度で行きたかったのだが重いザックで長時間歩くというファイトが沸いてこなく気が向かなかった、そんな自分が情けなく、いっちょ苦しい山で自分に喝を入れようか、きっとそんな風に思ったのだろう・・。

* * * *

AM8:15、駐車場からすぐに堰堤をこえて沢の支流を渡ると杉林の中に早速噂の急登が始まった。地蔵峠への沢コースを左手に分ける。しばらくいくと「一合目」の丁目標識が出てきた。まだ、10倍登るわけだ。滝見台からの不動の滝はなかなか見ごたえがある。このあたりからは杉は消え自然林のなかの急登となった。露岩が随所に現れロープも混じる。なかなかのコースだ。一通り汗をかくとさして辛くなくなる。2合目、3合目と丁目標識が続き励まされる。紫の可憐なトリカブトの花が点在して目を楽しませてくれる。

マツダランプと書かれた標識が転がる5合目のわずか下の小さな平地まで1時間7分。自分にしてはまぁまぁのペースだ。腹がへりここでサンドイッチを一つ頬張る。単独行の女性が上がってきた。軽快な足さばきで短い挨拶を投げそのまま登っていってしまった。

5合目、6合目へとただただ登るだけの、足休めの平坦地すらない登り一方のコースだが覚悟して登っているのでそれなりに足が出る。しかしこのような変化の無い登るだけのコースは今まであっただろうか。振り返ると下界はガスでよく見えぬが高度を稼いでいる実感がある。

(登山道にはトリカブトが可憐だった)
Nikon FG-20、35-70mmF4.5AE

ややペースが落ちてきたのか7合目、8合目の標識がなかなか来ないような気がする。9合目を超えると右手にあれほど高かった毛無山の山頂が指呼の間となった。山頂近し。やはり嬉しい。と、ここで上から足音が聞こえてきて先ほどの広場で追い抜いていった単独行の女性が早くも下山してきた。早いペースだ。あの軽快さが自分にもあれば・・・。強靭な足腰と持久力、そのどちらも自分には無い。そんな自分は山に登るのにはおよそ不向きなのだろう。いや、マイペースで楽しめばいいではないか、という思いと、自分に欠けている絶対的なものへの憧れと諦めが、山に登る自分の中には常に同居している・・。

県境の稜線に乗った。下部温泉からの道を合わせてAM11:00、いよいよ山頂だった。

山頂は切り開きの平坦地で約7,8人程度の先客。思ったより人気のある山のようだ。自慢の富士山の展望は得られない。お馴染みの山梨百名山の標識も立つ。腹がヘリ再びサンドイッチとお握りを一つづつ口にする。やはり行程がきつい分燃料も必要という訳だ。人体のメカニズムは正確だ。アマチュア無線、50メガ運用では各地の山に移動している「山と無線」の仲間につながり満足する。

さて今日の行程を決めなくてはいけない。このまま又麓まで下りるか、それとも毛無山塊を縦走するか・・。心の中では縦走を、と決めていたが、ガイドブックには山塊を縦走して雨ケ岳へ至る道は藪が濃くルートファインディングが必要、一般向きではない云々・・、と書かれていたのが気になっていた。毛無山頂上についた時点で決めようと思っていたがここまで順調に来たし、行ってみるか。

PM12:30、藪こぎを覚悟して長袖シャツに手袋で武装して山頂から東北東にすすむ尾根道に足を踏み入れる。と途端に道が薄くなった。しばらく進むと別天地のような草原で、開放的な気分となる。ここで毛無山山頂で自分の隣に居た3人組が向こうからやってきた。試しに来てみたが道が曖昧で戻ってきたという。もっとも彼らのザックは毛無山に置かれてきたままなので本格的に進む気はなかったのだろう。気にはなったが先に進む。膝あたりまでの笹と潅木に茨の混じる道を進むと全くひと気のない1964m峰で、これが山塊の最高峰だ。道は希薄だが踏みあとが消滅することは無いので心配はない。下りてすぐ上り返すと1953m峰。PM12:47。ここまで自分の居場所が2万5千分の1図「人穴」上に正確にプロットできているので安心だ。ここでか細い踏み跡は北北東へ進路を変えた。

しばらく急な下りが続くがそれほどでもないな、と思っていると最低鞍部が近づく手前から成るほどガイドブックの示すがごときの状態となってきた。身の丈ほどの笹薮が徐々に勢力をましてきたのだ。部分的に身を没する笹薮で体を低くして切り開きを探す。なんとなく歩くべき方向はわかりざあざあと笹を分けて体を押しつけるようにして進む。いつか歩いた奥御坂の女坂峠から王岳への尾根道にあった笹薮を思い出すがその密生度が違う。いやいや、これは結構くるな。一見道がなさそうな笹の中だが、PM13:07、笹の海の中に「←毛無山・雨ケ岳→、あさぎり山の会」という白い木製標識を見つけ何か救われた気になった。道はあっているのだ。

最低鞍部付近でひょっこりガスが晴れると前方に笹原の中にダケカンバが点在する小高い盛り上がりが見え、あれが高デッキ(1921m峰)だ。目標が見えたもののここからの笹原は今までにも増して密度の濃い藪で何度か行く手を失ってしまう。背の丈ほどの笹で顔にかかるのがうっとおしい。わずかに違う方向に進んだだけでさっきまでいた場所が分からなくなりそうな気がする。笹はまったくどれも特徴が無くみな同じで眩暈が起こるような笹の海のうねりだ。もう少し自分の背が高ければ切り明けを見つかられるように思いのだが・・。コースを外れた笹を分けるときは体にかかる負荷が大きく違うのでミスコースであることがはっきりし、心臓の鼓動が高まるのがわかる。迷っているといってもわずか半径5m以内といった狭い世界の話なのだ。

尾根の一番高そうな場所に強引に進むとひょこり笹の海の中につけられたかすかな踏みあとにでた。ほっとして又笹を体で分けながら進む。笹原はまだまだ続き時折踏み跡が分からなくなるが、思い出したように色あせたテープが潅木に垂れ下がっており安心する。尾根の北西には針葉樹林が茂り、来し方を振り返ると笹のうねりと針葉樹林の中に薄いガスが漂い、それを南から射す太陽の光が浮かび上がらせている。自分が笹の海の中につけたざわめきがまだ残っておりほこりとも小さな草くずともつかぬ粒子が光の中を舞いまわっている・・・。嬉しいとも、楽しいとも、不安とも、寂しいともいえる気持ちが、胸に迫った。

一面笹原の斜面を登ると小さな林が混じり倒木が行く手をふさぐ箇所も出る。くぐって笹を分けると小さな切り開きがあり、PM13:40、ここが2万5千分の1図「精進」上の1921mピーク、通称「高デッキ」の山頂だろう。山名標識はない。ペットボトルのお茶を飲み、腕時計の高度計を1920mにあわせピークを後にした。

(笹の海を泳ぐ。踏み跡は時折判別しがたくなり
心の中に焦りと不安が広がった・・。)
(最低鞍部からは1921m峰「高デッキ」が目前に。
ここからの笹薮が今までにも増して濃かった。)

ダケカンバの疎林を抜けると地形図のとおり高度を下げ始めた。あれほど強かった笹の勢力もやや弱まり歩きやすくなる。時折「あさぎり山の会」の白い木製標識が現れる。ここまで何度この標識に勇気づけられたことだろう。色あせたテープも時折顔を出す。部分的に踏み跡がわからなくなりそうな藪はまだまだ続くがここまでくると何やらパズルを解いているような気がしてきて楽しくなってきた。もう先ほど以上の笹薮は無いだろうという安心感からかもしれない。ぐいぐいと高度を下げると薄いガスの向こうに前方下にピークが見えどうやらあれが雨ケ岳のようだ。ここまで誰にも会わない。

腰あたりまでになった笹を分けてゆるく登るとひょっこりと展望が空け、そこが雨ケ岳だった。PM14:15、誰も居ない、静けさに満ち溢れた山頂に独り立った。

あー、やったー。これで終わりだ。ついに歩いた。毛無山から雨ケ岳までとうとう歩いたぞ。

数年来の宿題でもあった毛無山塊の縦走は藪歩きということもあり心配の行程でもあったが、それを歩ききった。満足感が大きい。一応50MHzのアマチュア無線運用をすますともう何も言う事がない。腹がへりお握りを再び食べる。ガスの向こうに毛無山では見られなかった富士山が真っ黒なシルエットで大きくそびえていた。

あとはもう、ここから先の行程はおまけのようなもんだ。そんな大きな気になって歩いていると急な下り斜面に足を取られてずるりと尻餅。気を引き締めて下りはじめるがどうやらもう足が言うことを聞かなくなりはじめているようだった。雨ケ岳からの下りも笹の中のひたすらの急坂で、登りにとったらあまり面白い道ではないように思う。もっとも笹は刈り払いもされていたりおおむね膝あたりまでなのでさっきまでと比べたら天国のような歩き易さではある。高度計の高度表示が面白いように下がっていき耳の空気が抜ける。海抜1300mが近づくと前方に竜ケ岳が大きい。

小さなピークを一つ越えると端足峠で、この先を雷光型に20分も下りるとすぐに東海自然歩道で、あとは足任せ。ススキの原を抜けA沢貯水池に出ると後は舗装路歩きでPM16:30、国道沿いの根原の集落だった。

* * * *

いやー。ついに終わった。よく歩いたなぁ。標高差1100mも、藪尾根も何とかこなしたぞ。やればできるもんだ。まだまだ自分も捨てたものではない。しかし嬉しいなぁ・・。

あらかじめここにデポしておいた自転車に乗り麓の集落まで戻る。ゆるい下り坂で漕がなくても進んでいく。すぐ横を行楽帰りの車がびゅんびゅんと通りすぎて行く。火照った体に吹き付ける高原の冷涼な風が心地よい。右手の毛無山塊は濃いガスの中で闊達な山麓の原とわずかな山裾が見えるだけだ。あのガスが無ければ、屏風のようにそびえる毛無山塊が見えるはずだ。

国道から麓集落への分岐に入る。緩い上り坂が続き完全に顎が上がってしまう。なんとかペダルを漕ぎ抜きようやく駐車場に戻ると今朝は10数台止まっていた車が自分のものを除き1台も無い。自転車を車に載せ迫りくる夕闇に追われるように国道へ出た。ガスのかかった毛無山塊をもう一度振り返って見て、横浜へ向かう。

胸から湧き上がる喜びを隠すことが出来ない。ここ数ヶ月、いやもしかしたら一年以上も味わったことの無かった、とても大きな満足感を覚えた一日だった。

(終わり)


(コースタイム:麓8:15-滝見台8:50-4合目9:17-マツダランプの広場9:22/9:35-6合目9:55-7合目10:15-8合目10:31-9合目10:52−毛無山・アマチュア無線運用11:00/12:30-1959m峰12:47-高デッキ13:40/13:45-雨ケ岳・アマチュア無線運用14:15/14:55-端足峠15:40/15:45-東海自然歩道に合流16:05-A沢貯水池16:20-根原16:30-(自転車)-麓17:10)


アマチュア無線運用の記録

毛無山 1945.5m
山梨県西八代郡下部町
50MHzSSB運用12局交信、最長距離:神戸市灘区(直線距離307km)
自作SSB/CW機(出力4W)+デルタループアンテナ
毛無・天子山塊は御坂山塊の南に、東京から見て富士山の丁度裏側にあたる。毛無山はそんな山塊の盟主である。ガイドブックでは標高1945.5mの一等三角点ピークをもって毛無山としているが、2.5万分の1図では1945.5mピーク以外にその東北東に並ぶ1964m峰、1959m峰あたりをも包括した全体を持って毛無山としているようだ。毛無山という名の山は全国各地に存在するが、その中で最も高いピークがこの毛無山との由。(日本にある毛無山は全部で28座。日本山名総覧、竹内正著 白山書房による)

アマチュア無線・50MHzとしては貴重な山梨県西八代郡で運用が出来る。西方面からも呼ばれて、良いロケと思われる。
雨ケ岳 1772m
静岡県富士宮市
50MHzSSB運用2局交信、最長距離:東京都武蔵村山市
自作SSB/CW機(出力4W)+ワイヤーダイポール
毛無・天子山塊の北の端に位置する笹薮のピーク。その昔は藪好きな好事家のみが訪れるピークであったようだが今はそれなりに訪問者がいるようだ。端足峠から山頂への登路は笹の斜面に無理やりつけたような急斜面ですべりやすい土とあいまって登りづらそうだ。笹薮の中を小さく切り開いた飾り気のない山頂、笹の降りかかる登山道といい今でもマイナーなピークであることには変わりがないのだろう。

無線は毛無山同様に静岡県富士宮市、山梨県西八代郡下部町のどちらからでも運用できる。
copyright 7M3LKF Y.Zushi 2000/9/8


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