聖岳、ふたを開ければ甲斐駒に

(2000/8/11,12山梨県北巨摩郡白州町)


今年の夏山は南アルプス(南ア)の聖岳から茶臼岳まで、という計画だった。聖岳は昨年の夏山の予定だったが山行直前にアマチュア無線の局免失効し無線が出来なくなった事もあり取りやめたのだった。そんなこともあり今年こそ聖岳、とはもう半年近く前から計画だった。

ところが出発当日の夜、会社から戻って天気予報を見ると何と台風発生、この週末当たりに接近、などという物騒な予報が流れているではないか!? 2年前の夏山、悪沢岳・赤石岳では風雨で散々な目にあった事を思い出す。前回の低気圧とは違い今回は台風の接近だ。稜線で会う暴力的な風雨は夏だけのにわか縦走者の私如きには危険すぎる。やはりお盆に夏山を計画するのは上手くなかったか。梅雨明けから凡そ2週間、丁度日本を射程に収める台風が活発になりはじめる時期がお盆なのだ。夏山は梅雨明け直後に計画すべきだった・・。

全身から力が抜けていくのを感じたが、この週末しか予定が空かない。仕方ない、2泊3日を要する聖岳のプランは取りやめ1泊2日で戻ってこれる手近な夏山へ・・。一応代案はあった。同じ南アでも北部の甲斐駒ケ岳、それにアサヨ峰から早川尾根の縦走が、どちらも1泊2日の行程だった。どちらにするか・・。手近なこともあり超人気の甲斐駒には自分も興味があるが、静けさを南アの良さとすれば凡そその対極に位置する山である事は明らかだった。一方アサヨ峰から早川尾根は地味で静かな稜線で知られ、人の多い南ア北部でも静寂さが保たれていると聞く。自分の求む山の姿はアサヨ峰だったが、悲しいかな、有名山岳は踏んでおきたい、という俗者性も強い。

結局半年越しの聖岳も蓋を開ければ甲斐駒になってしまった。

* * * *
(漆黒の原生林を抜けると明るい岩塊の
堆積する仙水峠だった。明暗に一瞬足が、
止まった。)

Ricoh GR1 28mmF2.8 F8AE -1/2EV

8月11日、朝6時前に家を出るも猛烈な渋滞に巻き込まれた。今日は金曜日、本格的な渋滞は明日からだろうという読みは甘かった。なんと中央高速の八王子インターまで4時間費やした。更に中央高速も渋滞が続く。台風もさる事ながら渋滞とは、お盆に行動するというのは全くの愚行だ。やきもきするが渋滞も談合坂SAまでで、なんとか広河原発14:10の北沢峠行きの最終の芦安村営バスに間に合いそうだ。

こんな時間でも入山する人は多い。満員のバス3台で北沢峠到着14:40。ここから仙水小屋までのんびり歩いても40分。堰堤をいくつか越え原生林の中に進んでいくと成る程手短に来れるとはいってもやはりここは南アだという思いが強い。ゆるいジグザグで人のざわめきが聞こえ、仙水小屋だった。今日はこれで行程終了。3時半まえにはテントも設営してしまうし、手持ちぶさたとなった。

テン場は狭いが7、8張程度しか張っていないので問題ない。ビールを買いに小屋に下りると、雑誌でおなじみの仙水小屋の主人が、なんと生のイカを2はい程さばいている。えー、これもしかして夕食?仙水小屋といえば豪華な夕食で人気の山小屋だが、垣間見た夕食はくだんのイカ刺しをはじめ聞きしに優る豪華極まるメニューだった。(メニューは、アマエビの刺し身・イカ刺し・トンカツ・かき揚げ・サラダ・メロンとすいか・ご飯・そして味噌汁(これになんと一椀に一匹カニが入っていた)山小屋の夕食という概念を完全に払拭しているメニュ−を前に自分の今夜のメニュ−(コンビニのお握り、レトルトと缶詰など)がみじめではある。が、こちらは自由気ままなテントの夕べ。ビ−ルに酔っ払うと至極満足してしまい、ごろりと仰向けに横になる。樹林を越して見上げる空が赤から黒に刻々と染まっていくのだった。

* * * *

8月12日、昨日は7時前には寝ただろうか、やや寝不足気味だったせいかぐっすり眠れた。そのせいか3:40、目がぱちりと覚めた。4時過ぎに小屋に下りていくとなんともう小屋は朝食時間を終えたところだ。もぞもぞと隣のテントもお目覚めの様子だがこちらも暖かいレモンティを入れ昨夜の残りのお握りを食べると朝5時には出発が出来た。

薄暗い原生林をしばらく歩くと突然視界が開けがらがらの岩礫が広く堆積した個所に出た。暗い樹林帯から想像も出来ないほどの明るさへの対比が激しく、一瞬足が止まった。歩きづらい岩を縫って行くと両端から山肌が近づいてきてそこが仙水峠だった。

摩利支天のド迫力に度肝を抜かれた。それはこの世のものと思えぬ圧倒的な岩の塊で垂直に立ちはだかっている。朝日を浴びた薄い雲がそれにまとわりつこうとするがこの岩の鎧はそれすらも許さない。まさに鉄の意志を持って屹立しているとしか思えなかった。目指す甲斐駒はこの衛兵のすぐ奥に誇らしげに立っている。あそこまで登るのか。本当にこんなピークに道はついているのか・・。自分にそんな事が出来るのか、毛穴が開き鳥肌が立つのを止める事が出来なかった・・。
(天空を睨む岩の鎧・摩利支天が突然目の前に現れた。
それは全くの、不意打ちだった。甲斐駒のピークはこの左奥に
高く聳えている。あれに、登るのか・・・。)

Nikon NewFM2/T ニッコール50mmF1.8

ここから駒津峰までは等高線のつまった約500mの直登が待っている。腕を組み一歩一歩足元を見据えながら登るしかない。夏の朝日が時折もれるが黒木の林の中なので暑くなく脚が進む。しばらく汗を流すと林相は黒木から矮小な潅木帯に変わりはじめ高度を稼いだ事を実感する。仙丈岳が優雅な姿を披露してくれている。その左奥には一目でそれと分かる兜の形は塩見岳。更に左に、憧れの北岳と巨大な間ノ岳が重なって視界に飛び込んできた。さっきまでその山頂が見えていた鳳凰三山の地蔵岳こそガスに隠れてしまったが、すべてその山頂に立った山。目をつぶればそのいずれもの山頂の姿をはっきりと思い描ける。今日、そこに甲斐駒の山頂をも加えよう。

潅木はやがて消え森林限界を超えた。ハイマツ帯となり駒津峰に到着。空腹を覚えラーメンを作る。目の前に甲斐駒が大きいがガスが出始めた。ここで重たいテントとシュラフの入ったザックをデポし、小さなザックだけとなり甲斐駒を目指す。

岩の露出した馬の背状のコースを辿る。左手の鋸岳方面は目の眩むような谷であるがコースはその充分反対側を通っているので心配は要らない。とはいえ滑りやすい露岩で歩きづらい。大きな二枚岩の六方石の先で山頂直登コースと巻道コースに分岐する。ここは迷わず巻道へ。ガラガラの岩も消えこのあたりから花崗岩のざらついた山肌をトラバースする道となった。甲斐駒は花崗岩の山で遠くから眺めても冬でもないのにその山頂はまるで雪をまとったように白い。まさにその部分を歩いている。

一部道も細く滑りやすいトラバースから摩利支天の分岐を過ぎると山頂目指してのジグザグ道が始まった。仙水峠であれほど威圧的だった摩利支天が今や目の下だ。岩場で下山者とのすれ違いで渋滞となっている。

真っ青な青空がいよいよ近づきまさに手が届かんとなったとき、そこが甲斐駒の山頂2967mだった。

石祠の鎮座する山頂は思ったよりも広く岩がごろごろしている。人もごろごろしている。台風の影響か早くもガスが流れており展望は得られない。場所を選んでアマチュア無線・50MHzのアンテナを設営。真っ先に呼んできたJG1OPHだが自分のレポートが55だという。耳の抜群な彼をして55とは・・のっけから今日の無線交信の苦戦が十分に想像できる。アンテナを高く上げられないせいだろうか、やはり猛パイルとはいかない。それでも期待通り北は福島・会津駒ケ岳移動の「山と無線」仲間のJJ1KAEから西は三重まで交信できる。

風とガスが強くなり下山を決める。元来た道を駒津峰まで。摩利支天の分岐で小学生低学年の女の子の姉妹が膝を抱えて座っている。お父さんだけ山頂にアタックに出て疲れた自分たちはここで待っている事にしたとの由。ガスの中不安そうな二人の顔が自分の娘達とだぶってしまった。黒飴とビスケットを彼女たちに渡し、絶対に勝手に動かないでね、と伝えて後にした。彼女たちのお父さんはじきに戻ってくるだろうとはいえ、家族を置いて独り山に遊びに来ている自分の事を考えた。ああ子供たちに早く無事に会いたい。

駒津峰に戻りそのまま直進して双児山へのコースを取る。双児山の手前でガスがいよいよ深くなりはっきりとした雨滴がそれに混じりはじめた。高度を下げていくが雨も追いかけてくる。後少し、あのダケカンバの林までいけば大丈夫だろう。ハイマツの中を小走りに下りてダケカンバの茂みに飛び込んだ。案の定林の中は雨滴もさして感じない。安心して先を進む。あとはここから標高差600mを一気に下りるだけだ。

ダケカンバから黒木へ林相が変わるとただひたすら下りるだけとなった。これは結構脚にこたえる。数年前に膝を痛めたが最近その調子がいまひとつだ。そんなこともありサポータをしてきたが今のところ結構効果があるようだ。淡々と下りる。ガスを抜けた。下界は雨ではない。足が疲れたのかぎくしゃくとした動きのパーティを追い越す。高度が下がり鼓膜が痛い。

13:35、北沢峠着。15:10の広河原行きの最終バスには充分間に合う。これで行程が終わった。

* * * *

脚がガクガクだが長衛荘で缶ビールを買い陶然とする。ロールマットを広げ横になるといつしか眠ってしまい寒さで目が覚めた。今年の夏山は結局思いもよらなかった甲斐駒になってしまった。まぁ甲斐駒もいつかは行こうとは思っていたが、夏山=ビックな縦走、と考えている自分にとってこれは余りにも縮小された計画、の感は否めない。甲斐駒は成る程素晴らしい山だったが・・。まぁ、丁度天気も崩れかけはじめており、又こんな脚力では所詮聖岳など無理だったか、と妙に寂しい納得をせざるをえない。

広河原からの帰りは毎回立ち寄っている芦安村の山渓園(村営温泉)の湯船にうなる。横浜まで戻る帰路、台風の影響か本格的に雨が降りはじめた。人を見るだけに終わった縮小された夏山計画ではあったが、まぁそれなりに正解だったのかもしれない。それに来年の夏山計画も早くももう出来た事だし・・。そんなプラス思考で行こうと考えた。


(広く花崗岩が堆積する甲斐駒山頂への山肌。
形容できないほどの夏空が悠々としていた。)

Nikon NewFM2/T ニッコール50mmF1.8

(終わり)


2000/8/11:広河原14:10−(芦安村営バス)−北沢峠14:35−北沢長衛小屋14:45−仙水小屋15:15
2000/8/12:仙水小屋5:00−仙水峠5:28/5:35−駒津峰7:05/7:35−甲斐駒ケ岳・アマチュア無線8:50/10:15−駒津峰11:15/11:50−双児山13:15−北沢峠13:35/15:10−(芦安村営バス)−15:30広河原


アマチュア無線運用の記録

甲斐駒ケ岳 2967m
山梨県北巨摩郡白州町
50MHzSSB運用、19局交信、最長距離:福島県南会津郡
ミズホMX-6S(1W)+ワイヤーダイポール
駒津峰 2752m
山梨県北巨摩郡白州町
430MHzFM運用、1局交信、STANDARD C710+付属ホイップ

Copyright:7M3LKF,Y.Zushi 2000/8/14


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