BOOKSCAPE(日本)97年11月〜98年8月  by 藍上 雄



『クラッシュ奥さん1』吾妻ひでお(ぶんか社/98.9.10/857円+税)

 表題作は、まあ、なんだが、併載の「まじかるミステリーまおちゃん」にはSF/ホラーのパロディが少々。
 マガジンハウスから続々と過去の作品が復刊されてますな。

▼奥さまといえば、

『奥さまはマジ』火浦功(角川スニーカー文庫/99.4.1/540円+税)

 もはや伝説の遅筆作家の最新? 作品集。内容をどうのこうのいう作風ではないだろ。SFAに連載された幻の「ぼくらの忍法帖」改め「てなもんや忍法帖」シリーズが読めるのには感激。

▼「てなもんや忍法帖」には作家・高千穂遥が登場してます。

『ダーティペア 独裁者の遺産』高千穂遥(早川書房/98.8.31/1000円+税)

 ええっ、〈ダーティペア〉って完結したんじゃなかったっけ? まあ、大仁田も復活してしまったし(長州も?)。あとがきによると、MSNのコンテンツとして作成されたものだとか。MSNねえ、うーん(沈黙)。続編ではなく、第1作よりも時間的にさかのぼって、ムギとの出会いのエピソード。それ以外のものではない。CJも復活するのかしら。小鷹信光の工藤俊作も復活するそうだし。
 そういや、NHK教育TV人間大学の野田昌宏「宇宙を空想してきた人々――SF史に見るイメージの変遷」全12回(1998年7月〜9月)でこのシリーズを激賞してましたな。

▼本の雑誌1998年12月号「坪内祐三の読書日記」で、ザ・グレート・カブキの引退について、雑誌「SPA!」に高千穂遥としてデビューとでたらめな記事があったことが取り上げられている(ほんとは高千穂明久)。『カブキの日』をめぐる小林恭二インタビューが載ったのが、

「幻想文学」53号(アトリエOCTA/98.9.30/1500円+税)

 特集は「音楽+幻想+文学」音楽幻想小説と幻想音楽。いつもの幻想音楽小説のブックガイドと幻想音楽ディスコグラフィー。ま、内容については専門家にまかせるとして、個人的に一番おもしろかったのは、倉阪鬼一郎「悪魔のいる昭和歌謡史」。副題は南方幻想歌謡曲と銘打ち、第二次大戦を挟んで歌謡曲の中にある南方幻想を紹介している。この雑誌の読者はどのくらいついてこられるのか疑問の内容。少なくとも、昔日本に服部良一という作曲家がいたことを知らないと意味不明の内容だからだ。私は別に懐メロファンではないけれど、昭和の歌謡史と幻想文学史をオーバーラップさせている試みは興味深かった(無理やりのとこもあるけどね)。紹介のみで突っ込んだ考察があまりがないのが残念である。できれば単行本一冊のボリュームでお願いしたいが、そんな本売れんか。取り上げられているのは、懐かしのボレロ、蘇州夜曲、バイバイ上海、など。
 ちなみに次号「幻想文学」54号(アトリエOCTA/99.2.20/1500円+税)、特集は「世界の終わりのための幻想曲」終末幻想。小特集として「山尾悠子の世界」15年ぶりの新作が読める。

▼編集長が同じなのが、

『ホラーウェイヴ01』幻想文学企画室編(ぶんか社/98.7.20/1200円+税)

 日本初のホラー小説専門誌だそうだ。作家特集は菊地秀行、短編競作のテーマは〈大怪獣〉。井上雅彦インタビューはホラー観の食い違いがおもしろい。インタビュアー東雅夫のスタンスは、SFMのレビューでもホラーアンソロジーに安易にSFを入れて欲しくないと主張しているように、ジャンルとしてのホラーの確立ための確信犯だろうが、福島正実をふと思い出した。
『ホラーウェイヴ02』(ぶんか社/99.3.20/1400円+税)も出てます。

▼同じ出版社なのが、

『このホラーが怖い! 99年版』(ぶんか社/98.12.20/700円+税)

 出版社は違うが「このミステリーがすごい!」のホラー版。海外小説、国内小説、映画の3部門で、アンケートを集計してベスト10を選んでいる。対象となる作品は多分過去1年間くらいに発表されたものらしいが、明記していないところが実に怪しい。ちなみに1位は『奥の部屋』R.エイクマン、『黒い家』貴志祐介、『CURE』黒沢清。国内部門の総括では、東雅夫がここでも〈異形コレクション〉に含まれるSF・ファンタジーを執拗に攻撃している。どうせなら具体的な作品名と作家名を出して欲しいと思う。でなければ、どの部分が「斬新な着想や過激に突き抜ける想像力の発現とは程遠」く「小市民的で覇気のない作品」なのか、明確にならない。
 あとはアンケートの個々の回答、ホラーマンガ、ゲームの紹介などで、後半はホラー全般のブックガイドである。最後は角川ホラー文庫編集長と幻想文学&ホラーウェイヴ編集長の対談。これはおもしろい。

▼東雅夫の攻撃対象のアンソロジーが、

『屍者の行進』異形コレクション6(廣済堂文庫/98.9.1/762円+税)

 ゾンビなど、死者にまつわる物語。死は原初的な恐怖ですから、ホラーの王道というかど真ん中の直球。中では、「ジャンク」(小林泰三)、「脛骨」(津原泰水)、「語る石」(森奈津子)が好みですが、見事にどれもホラーじゃないな。

『チャイルド』異形コレクション7(廣済堂文庫/98.11.1/762円+税)

 奥付は11月だが実際に店頭に並んだのは10月ってことで、ハロウィーン・万聖節、子供。理解しがたい怪物としての子供というのは、旧来の親子関係が崩壊していて、自分自身ですら理解できない現代では、もはやインパクトに欠けてしまうのが難しいところ。
 ひとつあげるなら「帰ってくる子」(萩尾望都)かな。「十月の映画館」(井上雅彦)は巻末を飾るにふさわしい作品。

『月の物語』異形コレクション8(廣済堂文庫/99.1.1/762円+税)

 序文に日本SF大賞特別賞受賞の記述がある。
 月の魔力がつむいだ話となると、ホラーというより幻想小説に近くなるのかな。アポロ11号が月へ行ったのがはるか昔の出来事といわれてしまうのでは、月の魔力も衰えているような気もする。
 これまでの書き手の殆どは1950年以降の生まれだったが、それより上の世代の眉村卓の「月光よ」は、戦争が共通体験として自明の事として語ることを許された世代ゆえか、他の作品とものすごい違和感がある。幻想をつむぐ原料が全く違うことに、今さらながら愕然とさせられた。
 3章に分かれて、第2章がSFにあてられているが、月SFでありホラーでもあるという足枷はけっこうきつかったようだ。
 高橋葉介の小品「穴」は、文字じゃ太刀打ちできない。菊地秀行「欠損」はテーマと関係ないが心にしみる。大原まり子「シャクティ〈女性力〉」は相変わらずテーマからの逸脱が秀逸。

『グランドホテル』異形コレクション9(廣済堂文庫/99.3.1/762円+税)

 映画「グランド・ホテル」に始まる「グランドホテル」形式とは、ある場所のある時間に偶然集まった人々それぞれの人生の断片を描いたものだそうだ。場所はホテルだったり駅だったりレストランだったり遊園地だったり戦地の前線だったり沈没寸前の客船だったり火災が起きた高層ビルだったりする。アメリカのベストセラー小説の多くは同じ手法だったんだな。
 本書では、とある高原に建つ古風なグランドホテルの2月14日と舞台が限定されている。各作家がその条件で競い合っているわけだ。こういった試みは過去にもあると思うが、20編以上揃うと壮観。むろん、作品の傾向はばらばらなので統一感はない。
 京極夏彦「厭な扉」が古風ながらよい。

『時間怪談』異形コレクション10(廣済堂文庫/99.5.1/762円+税)

 時間SFを排除して「時間怪談」のみ集めたと高らかに宣言している。だから、時間の経過、過去あるいは未来からの脅威がそのテーマになる。時間そのものが襲ってくるわけではない。多くは、時間の流れを主観的に捉えた記憶とか精神的なものになるのは当然か。なわけで、唯一の時間SF「時縛の人」(梶尾真治)は、おもいっきり浮いている。別に時間に限った話じゃないが、人間がコントロールできないものが恐怖の対象になるのに、それを「タイムマシン」として管理してしまうと、時間怪談ではなくなるのかも。
 印象に残ったのは、「むかしむかしこわい未来がありました」(竹内志麻子)、「桜、さくら」(竹河聖)など。「踏み切り近くの無人駅に下りる子供たちと、老人」(菊地秀行)は、途中まで傑作なのに残念。

『トロピカル』異形コレクション11(廣済堂文庫/99.7.1/762円+税)

 南方幻想は、ヤポネシアたる日本では永遠のテーマなので、秀作がそろっている。
 気温と湿度が高いせいか、前半は倉阪鬼一郎「屍船」、田中啓文「オヤジノウミ」など、息苦しく暑苦しい話が多かった。土方久功と某作家が出てくる速瀬れい「不死の人」は、ありがちだが個人的には好き。朝松健「泥中蓮」は質の高い室町ホラー連作のひとつで、あの人が主人公。田中哲弥「猿駅」は最初の一行で笑ってしまった。

『GOD』異形コレクション12(廣済堂文庫/99.9.1/762円+税)

 神といっても、日本SFの伝統「神とは何か?」をテーマにしたものではない。神仏、聖書、宗教、呪術、天国などである。
 竹本健治「白の果ての扉」は食物ホラーとしてよい。菊地秀行「サラ金から参りました」は、あまりにタイムリー過ぎて怖いくらい。

▼アンソロジー・ルネサンス(嘘)のもうひとつの柱が、

『SFバカ本 だるま篇』岬兄悟・大原まり子編(廣済堂文庫/99.3.1/552円+税)

 これは文庫オリジナル。以前ジャストシステムから出てたバカSFアンソロジー『SFバカ本』ハードカバー版2冊がこれ以前に文庫化されてて(このあともう1冊も文庫になった)、好評だったのでしょうか。それとも、〈異形コレクション〉の影響? 編集方針は「なんでもあり」。梶尾真治「奇跡の乗客たち」はやや大人しめ。かんべむさし「液体X」はなんといったらいいのやら。岡本賢一「12人のいかれた男たち」は吾妻ひでおの某作品の1コマを思い出した。
 ちなみに、文庫化されてるのは次の3冊。

『SFバカ本 たわし篇プラス』(廣済堂文庫/98.10.1/571円+税)

 オリジナル(ジャストシステム/96.7)に、〈おもろ大放談〉約100ページを追加。メンバーは、編者に岡崎弘明、高井信、火浦功、森奈津子。

『SFバカ本 白菜篇プラス』(廣済堂文庫/99.1.1/571円+税)

 オリジナル(ジャストシステム/97.2)の野阿梓の短編を「だるまさんがころんだ症候群」に差し替え、〈おもろ大放談Part2〉約100ページを追加。メンバーは、編者に東野司、牧野修、井上雅彦。

『SFバカ本 たいやき篇プラス』(廣済堂文庫/99.5.1/571円+税)

 オリジナル(ジャストシステム/97.11)に、新人の2作品と小松左京インタビューを追加。

『SFバカ本 ペンギン篇』岬兄悟・大原まり子編(廣済堂文庫/99.8.10/552円+税)

 で、五冊目も文庫オリジナル。中井紀夫「宇宙人もいるぼくの街」は掌編が6本でほのぼのする。牧野修「演歌の黙示録」演歌と神秘学の混合はなんだかすごい。安達瑶「老年期の終わり」はすごすぎ。

▼編纂者の一人が、

『見つめる女』大原まり子(廣済堂アテール文庫/99.6.1/495円+税)

 ポルノグラフィを目指した、あるいはセクシュアリティを追及した作品を集めた短編集。デパートを舞台にして現代小説とポルノグラフィとさらにはホラーを融合したという「妖怪デパート」が秀逸。

▼大原まり子と並ぶ日本SF第3世代(死語か?)のもう一人といえば、

『グッドラック 戦闘妖精・雪風』神林長平(早川書房/99.5.15/1800円+税)

 『戦闘妖精・雪風』の直接の続編。人間と機械の絶対的隔絶を描いた名作としてたぶん評価の定まった前作のラスト直後から話は始まるから、状況は殆ど変わっていない。敵は未知の異星体〈ジャム〉、雪風は新しい機体になったとはいえ個性はそのまま、パイロットは深井零。だが、前作を貫いていた絶望感、孤独感が消えうせているのには驚き、違和感が残った。出口のない袋小路から、妙に明るい広場に出たような印象を受ける。人間が理解できない存在を描くのがSFの理想なら、それは前進したのかもしれないが、そのせいで他者とのかかわりが増えてなんかみんな(ジャムを含めて)物分かりがよくなったようだ。深井零の独白の世界から、登場人物も対話も増え、集団ドラマとなり、それだけ作者の幅が広がって物語としての厚みが増したとみるべきなのだろうが、「今度は戦争だ!」みたいだし、深井零のキャラクターがすっかり変ってしまっているので、往年の天地真理ファンのような心境になってしまう。もっとも、前作を読み返したわけではないので、記憶は美化されている可能性は大だが。続編に期待したい。

▼前作『戦闘妖精・雪風』の書評も収録されているのが、

『現代SF最前線』森下一仁(双葉社/98.12.15/3800円+税)

 小説推理(双葉社)に連載されているSF新刊レビューを中心に、1983年から1997年まで15年間の国内外SFブックレビューの集成。個人的には、ちょうどN大学SF研ができて本格的にSFを読み始めた時期と重なっているので、なにより得がたい一冊だ。通読するよりは、時折開いては拾い読みして、山積みになっている未読の本に取り掛かる気力を奮い立たせている。

▼森下一仁が解説を書いているのが、

『夢の樹が接げたなら』森岡浩之(早川書房/99.3.31/1900円+税)

 〈星界の紋章〉でブレイクした森岡浩之の第1短編集。星雲賞受賞の「夜明けのテロリスト」など8編を収録。
 ハヤカワ・SFコンテスト入選の表題作は人工言語というか個人言語が氾濫する世界で言語デザイナーを主人公にした言語SF。初期作品にはその作家の全てがあるというが、そうなのかも。とても魅力的なのだが、プロローグにすぎない印象があり、もうちょっと長い作品として読みたい。同じく言語SF「ズーク」にしてもおもしろいだけにその先が知りたいんだ、完結していないだろう、といいたくなる。ピグマリオン願望変奏曲の「スパイス」の動機はちょっと納得できないものがあったが、それを明かすわけにはいかない(別に倫理的どうのこうのではなくて)。「夜明けのテロリスト」はテクノロジー対人間の凡庸な未来物と見せかけて実は……、の日本SF伝統のお家芸ではないのかな。

▼同時期に第1短編集が出たのが、

『鍋が笑う』岡本賢一(朝日ソノラマ/98.12.24/1700円+税)

 ××ファンジン大賞受賞の表題作と同人誌に載った「背中の女」と書き下ろし「リアの森」を収めた作品集。「鍋が笑う」は、加藤洋之+後藤啓介のイラストがふんだんに入っており(カバーも)、中編の長さだし、この作品だけで一冊にしたほうがよかったのでは。和製『いさましいちびのトースター』になるかも。
 帯の推薦文は篠田節子で、ジャンルも××ではなく「寓話」だそうだ。「××大会」「ハード××」と伏字連発のあとがきは笑えます。

▼岡本賢一のデビューはジュブナイルからで、

特集アスペクト65「子供の本がおもしろい!」(アスペクト/99.2.5/1200円+税)

 大人のための児童小説ガイドブックってことで、説教臭いのはおいといてエンターテインメント系に限定している。そのためか、一般向けのも含んでいて、総称として「ジュブナイル」と呼んでいる。もちろんジュブナイルSFのコーナーもあり、ただし、昨今のスニーカーとかファンタジアとかは全く無視されているのはなぜ? 大人が読むに値しないということでしょうか?

▼子供むけの歌といえばマザーグース、

『マザーグースは殺人鵞鳥』山口雅也(原書房/99.7.3/1600円+税)

 本格ミステリ界の若き巨匠・山口雅也のエッセイ集。メインはマザーグース(ナーサリーライム)を題材にしたミステリの紹介。前々から興味があったので、これをきっかけにマザーグースのCDを買ってしまった。他に、ミステリーのキャラクターや舞台となる建物の紹介もある。キャラクターには昔懐かしの『アメリカ鉄仮面』(A.バドリス)の謎の男、『タリスマン』(キング&ストラウブ)のファーレン、そして「ハロウィーン・ガール」(R.グラント)のマーシー。「ハロウィーン・ガール」に魅入られた人がまた一人いてうれしい。

▼山口雅也が「驚愕の十日間」「青の恐怖」「第三の犯罪」を選んでいるのが、

『ミステリー作家90人のマイ・ベストミステリー映画』テレパル編集部編(小学館文庫/99.1.1/495円+税)

 日本推理作家協会所属の作家79人への「ベストミステリー映画3本」アンケート結果など。
 井上雅彦「キャット・ピープル」「何がジェーンに起ったか?」「シエラ・デ・コブレの幽霊」
 川又千秋「チャイナタウン」「タクシードライバー」「SHOOT/地獄のマンハント」
 小松左京「悪魔のような女」「ダイヤルMを廻せ!」「私は殺される」
 谷甲州「クリフハンガー」「めまい」「彼方へ」
 筒井康隆「汚名」「白い恐怖」「毒薬と老嬢」
 横田順彌「第三の男」「ハリーの災難」「鷲は舞いおりた」

▼映画が大きな影響を及ぼしているのが、

『怪獣文学大全』東雅夫編(河出文庫/98.8.4/950円+税)

 ハリウッド製ゴジラに便乗したわけではあるまい。日本の怪獣に関する小説、エッセイ、批評を収める。例外として「闇の声」(W.H.ホジスン)が載っているが、これが映画『マタンゴ』の原作なのはご案内の通り。この後、福島正実の翻案、橋本治のパロディ、大槻ケンヂの詩と続く「恐怖のマタンゴ4連発」のため。他には映画『ゴジラ』に触発された「「ゴジラ」の来る夜」(武田泰淳)、映画『モスラ』原作「発光妖精とモスラ」(中村真一郎・福永武彦・堀田善衛)、『ゴジラ』の原作者(というと怒られるが)香山滋「ガブラ―海は狂っている」、単行本初収録の「マグラ!」(光瀬龍)、「日本漂流」(小松左京)、ウルトラマン世代(やな表現)の井上雅彦「レッドキングの復讐」など。中では、「マグラ!」が東宝怪獣映画のパロディに読めてしまうのでおすすめか。だって正体があれなんだもん。
 怪獣は日本オリジナルのものだと思う。解説にもある通り「巨大生物」とは根本的に違う存在だから、このアンソロジーが編まれるのは当然だといえる。ただ幼年期に「怪獣」を刷込まれた者としては、マタンゴが怪獣なのかどうか疑問符はつきます。

『恐竜文学大全』東雅夫編(河出文庫/98.11.4/950円+税)

 姉妹編というか、あわせて一本というか。『怪獣文学大全』の方は、私の「怪獣」のイメージと合わない作品があったり、真正面から怪獣を描いた作品が少なかったりで、物足りなかったのに比べると、星新一「午後の恐竜」に始まり、井辻朱美の恐竜短歌に終わるこちらは、よい。小説ありエッセイあり作家論あり現代詩あり短歌あり、内容もシリアスからファルスまで、とバラエティに富んでいる。その一方で、地球の支配者でありながらも滅亡した恐竜に対する眼差しが共通しているように感じられる。全体を通して物悲しいレクイエムが常に流れていて(コミカルな小説でさえも)、アンソロジーとしてまとまっている。恐竜には人類共通のイメージがあるのでしょうか。
 こちらの飛び道具は、少年期の江戸川乱歩がショックを受けたという古典SFの怪作「湖上の怪物」(W.A.カーティス)かな。

▼SFM98年9月号でも怪獣の特集「巨大怪獣の咆哮」がされていて、ブックガイド「日本の怪獣小説総覧」の執筆者が日下三蔵で、

『乱歩の幻影』日下三蔵編(ちくま文庫/99.9.22/950円+税)

 江戸川乱歩にまつわる小説のアンソロジー。作品のパロディより、乱歩自身を登場させた小説が目立つ。乱歩作品の中に乱歩をはめ込むという手法はありふれたもので、「乱歩」と書くだけでいかにも乱歩的作品になる。というか、乱歩を語ることがその作品を語ることに直結するので、そうなるのだろう。安易だけど。かつて、乱歩といえば「探偵小説の鬼」としてミステリ作家の面が強調されていたが、今は幻想小説家として評価されることが多く、今後の「乱歩小説」はその方向のものが生み出されるのだろう。
 山田風太郎「伊賀の散歩者」は忍法帖と乱歩作品・随筆・評論をからめた乱歩ファンのための怪作。

▼乱歩に挑戦したといえるのが、

『夜明けの睡魔』瀬戸川猛資(創元ライブラリ/99.5.28/1100円+税)

 1999年3月にこの世を去った瀬戸川猛資の1987刊の伝説の著作。『星を継ぐもの』の書評で記憶の方もいるかもしれない。法月綸太郎の解説にある通り、本格ミステリ読みにとって必読のエッセイ集であって、私もミステリマガジン連載時、毎月興奮して読んでいたし、影響は計り知れない。おそらく某『○○○男』の作者もそうであろう。

 前半では当時紹介されつつあった英国の本格ミステリ作家を中心に現代ミステリの評価を行い、多くは今では定説となっている。この功績は、第二次大戦後の乱歩に比肩しうる。誰かが書いていたが、それまで戸惑いがちに語られることが多かったC.デクスターを、こう読むんだ、だから傑作なんだ、と位置づけたことは大きい。また、ハードボイルドのR.マクドナルド作品への常識破りはまさに「認識の変革」で、天地がひっくり返ったような衝撃だった。
 後半、昨日の睡魔/名作巡礼は、巨人・乱歩への挑戦。タブーともいえる黄金期の作品への評価を、某作家のような後知恵ではなく、先人の見識を尊重しつつ自身のミステリ観に基づいて検証し直している。これ以後『矢の家』への評価が一変したのは有名な話。J.D.カーへの賛辞は素晴らしいし、F.W.クロフツへ冷静な判断は私も納得だった。
 親本の方は以前はひまがあると読み返したものだ。文庫化されたことを喜びたい。

『夢想の研究』瀬戸川猛資(創元ライブラリ/99.7.30/1000円+税)

 元本は1993年刊。活字と映像作品を同列にしてそこに見られる「想像力」を論じるとしながらも、著者自身の奇想があふれ出している。「愛と野望のナイル」、「インドへの道」、「市民ケーン」と『Xの悲劇』、「わらの犬」と『老子』、など絶対読んで損はしないと保証できる。中でも「ロジャー・ラビット」の章には参った(これは私だけだろうけど)。

▼ロジャー・ラビットはアニメのウサギで、

『百分の一科事典 ウサギ』スタジオ・ニッポニカ編(小学館文庫/99.1.1/600円+税)

 卯年にあわせて出たうさぎの雑学事典。うさぎが登場する小説・マンガとして、「血みどろウサギ」筒井康隆、『ぶらっとバニー』吾妻ひでお、『W3』手塚治虫、『夢降るラビットタウン』ますむらひろし、などが。

▼「ねむりウサギ」の作者は星新一、

『ホシ計画』(廣済堂文庫/99.1.1/552円+税)

 星新一に捧げるショートショートアンソロジー。SSコンテスト出身者つまり星新一の子供たちの書き下ろし作品が集められている。オチのある正統的なものから短めの短編、散文詩まで、様々。出来も様々。大阪からの帰りの電車の中で読むのにちょうどよかった。巻末の座談会(井上雅彦・太田忠司・斎藤肇)はもっと簡潔にまとめてもよかったのではないかな。ショートショートなんだし。
 ちなみに、SSコンテストを引き継いだ阿刀田高の『ミステリーのおきて102条』(読売新聞社/98.9.16/1600円+税)には、「星新一さんの思い出」の項がある。

▼あとがきに星新一の思い出が記されているのは、

『チグリスとユーフラテス』新井素子(集英社/99.2.10/1800円+税)

 惑星「ナイン」に人類が入植して400年余。原因不明で子供が産まれなくなってしまい、最後に生まれた子供がたった一人惑星に残される。その子供によって、コールドスリープから順々に起こされた4人の女性が過去を回想ながら書き綴った年代記。子供といってもすでに老人の年齢になっているので、かなり怖い話。
 いかにも女性作家が書きそうな話といったら差別発言かもしれんが、ほとんど回想と会話のみで話を進めていく手法は作者の得意とはいえ、滅びゆく惑星で最後の子供と向き合う精神状況を描くというのは、粘り強さというか底力がないとできない代物なので、息苦しささえ覚えてくる。子供に対する冷酷な眼差しは凄みがある。
 帯に、「1978年『あたしの中の・・・』1992年『おしまいの日』そして」とあるが、作者の代表作になるのは間違いない。日本SF大賞受賞。

▼日本SF大賞を争ったのが、

『エリコ』谷甲州(早川書房/99.4.15/2200円+税)

 22世紀の日本は大阪から話は始まる。高級娼婦・エリコが、もはや見慣れた猥雑な未来風景の中、謎の組織に命を狙われながらやがて反撃に転ずる痛快冒険活劇といったところか。エリコの奔放な性の遍歴と、バイオテクノロジーをからめた「人類の進化」テーマをごたまぜにしているので、ある種怪作の雰囲気もあるが、生殖行為と進化が深く繋がっているというあたりまえの事実をつきつけているのが爽快。後半月が舞台になるのもあってか、野阿梓『バベルの薫り』をつい思い浮かべたくもなる、ジャパネスクSFでもある。

▼年度は違うが、ともに本の雑誌の年間ベストに選ばれたのが、

『秘密』東野圭吾(文藝春秋/98.9.10/1905円+税)

 とある本屋で見も知らぬ中年女性に「この本、40才の男に贈ろうと思うんだけど、どう?」と聞かれたことがある。どう? と聞かれても困ったのであいまいな返事しかしなかったが、「いいですよ、お子さんそれも女の子がいるお父さんにお勧めです」と答えるべきだったかな。
 推理作家協会賞をとり、映画にもなったので、今更紹介する必要もないだろうけど、多くの死傷者を出したバス事故に巻き込まれた母娘のうち、娘だけが助かったが、その精神に変調が起きていたというのが発端。けっして新鮮味のある設定ではないが、現実的な問題を避けていない点でも、北村薫『スキップ』を越えていると思う。傑作。

▼それぞれ別の作品だが、直木賞候補にあがったとき、ともに某選考委員から酷評されたのが、

『クロスファイア』宮部みゆき(カッパ・ノベルス/98.10.30/上下とも819円+税)

 念力放火能力・パイロキネシスをもつ超能力者の物語。『鳩笛草』(カッパ・ノベルス 95/9/25)収録の「燔祭」の直接の続編です。未成年者の集団による犯罪への復讐劇だった短編に比べると、放火事件担当の女性刑事を一方の主人公にして、長編らしくスケールアップしてます。ただ、そのふくらませた部分の下巻になっての展開はちょいとなんだかなと思わせますが、ラストの迫力はそれを忘れさせるほどすごい。今更叫ぶのも照れ臭いが、やっぱり、宮部みゆきは素晴らしい。
 超能力者を一種のサイコキラーとして描いているので、読者が感情移入しにくくしてあるが、これも実は効果的なのだよね。人はどんどん死にますが、残酷さがないし。「路地裏の超能力者」物には『岬一郎の抵抗』(半村良)という傑作がありますが、よりパワフルで繊細です。『龍は眠る』より上だろう。
 詳しくは書けませんが、前述の下巻のなんだかなという部分には、私同様、不満の残る方もいるでしょうが、それこそが宮部みゆきの特色なのであって、多くの読者を引きつけるところなのだなあ。それがなくなると、宮部みゆきである必然性がなくなるし。まあ、そこが、『火車』が直木賞とれなかった理由の一つなのでしょうが。
 98年の日本SFベスト1。

▼宮部作品の多くは、東京を舞台にした都市小説でもあるわけだ。たとえば、日本初の地図マガジンと銘打たれた「ラパン」1999年1月号(ゼンリン/99.1.15/905円+税)の特集は「名作の路地を歩く」(『マイナス・ゼロ』の銀座・京橋など)で、いずれこのような形で取り上げられる日が来るだろう。

▼東京といえば、

『東京開化えれきのからくり』草上仁(ハヤカワ文庫JA/99.7.15/820円+税)

 明治時代というので、ヨコジュンの作品かと思えばさにあらず。明治初期の東京を舞台にした活劇。SFMに96年2月から7月まで連載された。
 ヨコジュンの明治物は、明治も後期で、その時代をいかに精緻に再現するかが肝心で、そこにファンタスティックな事件をからめるのが特長。こちらは明治も初期だから、まだ江戸の名残もあって、古いものと新しいもののせめぎ合いが物語の中心にある。江戸時代からの住人と新政府の地方出身役人、江戸文化と外国からの新技術や文化、親と子、などの図式が見える。この衝突で事件が起きるというわけだ。そして、史実とは微妙に違うもう一つの東京を描きだしているから、小野不由美『東亰異聞』を連想する。ただし超自然現象はまったくないので、むしろ、旧体制での元岡っ引きが探偵役になるあたりを見ても、山田風太郎『警視庁草紙』や有明夏夫『なにわの源蔵事件帳』の系譜に連なるのかもしれない。

▼帝都物の先達といえば、

『20世紀 雑誌の黄金時代』荒俣宏(平凡社/98.10.21/4700円+税)

 20世紀前半のヴィジュアル系雑誌の歴史。当然、フォトではなく大衆的な「美しい絵入り雑誌」なので、図版を見るだけで楽しい。3部に分かれていて、1部が19世紀までの雑誌や印刷技術の歴史、2部がヨーロッパ雑誌、3部がアメリカ大衆雑誌で、当然パルプマガジンの章がある。アメージング・ストーリーズ等のF.R.パウル、アザー・ワールズ・サイエンス・ストーリーズ等のH.ボク、ウィアード・テールズのM.ブランデージ、V.フィンレイの絵がほんの少しカラーで紹介されている。

▼「SFは絵だねえ」、

『SFを極めろ! この50冊』野田昌宏(早川書房/99.7.31/1500円+税)

 近来稀な、一冊まるまる海外SF小説ガイド。『月世界へ行く』から『大いなる旅立ち』まで、SF史にそって50作品を紹介。

▼50作品には『火星年代記』も含まれる。

『夏のロケット』川端裕人(文芸春秋/98.10.10/1762円+税)

 第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞作。
 高校時代に天文部ロケット班でロケットを打ち上げていたメンバーが、十数年たって、今度は本物のロケットを打ち上げようというお話。個人でロケットを打ち上げることの困難さは想像がつくと思いますが、それを資金的にも技術的にも社会的にもクリアするために、ご都合主義で話は進みます。それがあまり気にならないのは、「ロケット」そのものに魅力があるからでしょう。作者も承知の上で、『火星年代記』をロケット打ち上げの情熱の象徴として使っているのは複雑な気持ちですね。
 ロケット小説として傑作。

▼火星といえば、

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