BOOKSCAPE(日本)96年8月〜97年12月  by 藍上 雄



『ジェンダー城の虜』松尾由美(ハヤカワ文庫JA/96.8.15/505円+税)
「伝統的家族制度を破壊する」家庭のみが入居を許される団地に引っ越してきたのは天才科学者。性差を無効にする画期的な発明したらしいその科学者が何者かに誘拐される。その後の展開はジュブナイルみたいで、真相にはがっかりさせられる。あちこちで指摘されてた不自然さというかミステリとしての破綻(ノートPCがなぜ使えたのかとか)もあって、傑作『バルーン・タウンの殺人』の素晴らしさに比すべくもない。題名があえてオチを割っているという大胆さもあり印象的だっただけに残念。

▼別な意味で破壊された家庭を描いているのが、
『瞬間移動死体』西澤保彦(講談社ノベルス/97.4.5/800円+税)
 SF的な設定のミステリが売りの作者の今回の長編は、テレポーテーションをアリバイ工作に利用する話。ただし、アルコールを摂取しないとその能力は発揮できないと、制限を設けているのは超能力を扱う場合の常套手段。アリバイがどうのこうのいうより、むしろ歪んだ夫婦関係がメインになっていて、これまでの作品にもその傾向はみられるので、こっちが作者の持ち味なのだろう。

▼ニーヴンの疑似論文形式の短編「脳細胞の体操――テレポーテーションの理論と実際――」にヒントを得たそうで、その手の作品で思い出されるのは自称マッドサイエンティスト、
『遺跡の声』堀晃(アスペクト/96.12.6/951円+税)
 「宇宙SF傑作選2」と銘打たれた(ちなみに1は小松左京『BS6005に何が起こったか』)アスペクトノベルスの一冊で、「太陽風交点」「塩の指」「救助隊U」「沈黙の波動」「蜜の底」「流砂都市」「ペルセウスの指」「遺跡の声」の「トリニティ」シリーズ全作を集めている。久しぶりに「太陽風交点」読んだけど、こんなに短い作品だったのかと驚いた。いやあ、やっぱSFは宇宙だなあ。

▼最近数が少なくなった宇宙SFといえば、
『星は、昴』谷甲州(ハヤカワ文庫JA/97.9.15/600円+税)
 今は亡きSFAに掲載された宇宙SF短編を集めたもの(一編だけはSFM掲載)。谷甲州といえば「航空宇宙軍史」だが、そのシリーズとは関係のない、内容もバラエティに富んだ作品集になっている。表題作もいいけど、巻頭の「フライデイ」で泣いてしまうのは年のせいでしょうね、たぶん。

▼谷甲州は今は亡き奇想天外のコンテスト出身、発行元の奇想天外社から出たのが、
『SFの時代』石川喬司(双葉文庫/96.11.15/932円+税)
 双葉文庫の日本推理作家協会賞受賞作全集の一冊。原著は1977年11月刊。日本SF作家論、SF論、時評から構成されている。石川喬司といえば、個人的には「SFでてくたあ」の時代とはズレていたので、奇天のSF日記かミステリ時評集『極楽の鬼』(再刊の方)はよく知っている。あ、T氏は『夢探偵』がSF入門書といっていたな。現在は違うが、かつてはSFの道案内役だったわけだ。副題の「日本SFの胎動と展望」の通りに、評論集というより「現場報告」で、『地獄の読書録』も『紙上殺人現場』もそうだが、時評集ならではの感覚が楽しい。その当時の評価は歴史的価値しか持たないのだけれど、今と違って日本SFの全体像が見通しやすかったことがうらやましくもあったりする。もっとも、森下一仁の解説にある通り、「星新一や矢野徹がこの惑星へのルートを開拓し」で始まる有名な見取り図のおかげで、見通しやすかったと思い込んでいるのかもしれない。

▼石川喬司が対談相手になっているのが、
『SFへの遺言』小松左京(光文社/97.6.30/1800円+税)
 小説宝石95.5〜9,12に連載された対談というかなんというか、「遺言」となると大げさだが、まあ、「半生を語る」といった内容だ。対談構成は森下一仁で、対談者は石川喬司、高橋良平、巽孝之、大原まり子、笠井潔、巻末には年譜が付いている。

▼小松左京と並ぶ日本SFの長老だった星新一が1997年12月30日亡くなった。最後の作品ともいえる『夜明けのあと』の文庫版の解説者が、
『明治はいから文明史』横田順彌(講談社/97.6.30/1700円+税)
 明治時代の風俗・文化を小説形式で紹介したもので、最近読めなくなってしまった明治物SFの渇を多少いやすことができた。当然ながら「科学小説」の項があって、押川春浪の話題が出てくる。
『明治ワンダー科学館』横田順彌(ジャストシステム/97.12.5/1700円+税)
 明治関係をもう一冊。JustNetのオンラインマガジン「波乗王」に連載された、かなりくだけた内容のエッセイ集。往年の『日本SF古典こてん』の要領で、明治時代の古典SFとその周辺のうさんくさい古書を紹介している。それにしても、愚痴が多いのが気にかかりますが。
『古書狩り』横田順彌(ジャストシステム/96.3.31/1600円+税)
 古書をめぐるミステリ短編集。紀田順一郎の諸作に比べると毒がないのは作者の人柄のせいか。あ、正確にはミステリ&SF短編集でした。「本の虫」というとんでもないのも入ってますし。

▼古書店を舞台にした『淋しい狩人』の作者は、
『蒲生邸事件』宮部みゆき(毎日新聞社/96.10.10/1650円+税)
 受験のため上京した少年がホテルの火災に巻き込まれ、気がつけば昭和11年の2.26事件前夜の陸軍大将・蒲生憲之の屋敷にタイムトラベルをしていた。そして事件が起きる。一応ミステリを装っていますが、『龍は眠る』とは異なり純粋の時間SF。『マイナス・ゼロ』のようはノスタルジーは殆どなく、他の宮部作品と同様、明朗快活・前向きなのが心地よい。ラストシーンなぞ、時間SFの定石とわかっているのに、深い余韻を残します。1996年の国内SFベスト1でしょう。時代認識の甘さが指摘されていますが、歴史をろくに知らない少年が主人公だからね。なお、日本SF大賞を受賞しました。

▼2.26事件がおきた時、雑誌「新青年」連載中だったのが、
『深夜の市長』海野十三(大衆文学館 講談社/97.4.20/780円+税)
 私が最も愛する海野作品。十代の頃、三一書房から再刊されたのを夢中になって読んだものだ。後に『帝都物語』に熱中したのも、この作品の記憶のせいかもしれない。

▼『[海外進出文学]論・序説』(池田浩士)で、「探偵小説のジャンルに現実直視のまなざしを導入する大きな可能性を秘めた大都会小説」とよくわかんない評価をうけてますが、同書で台湾物が論じられているのが、
『夕潮』日影丈吉(創元推理文庫/96.10.18/583円+税)
 1990年「創元ミステリ‘90」の一冊として刊行されたものの文庫化だが、それだけではなく、幻想小説「壁の男」と、死去により未完となった長編73枚と創作メモが加えられている。絶筆となった作品は戦争中の台湾が舞台で、傑作長編『内部の真実』や『応家の人々』に続く華麗島(台湾)物になるはずだっただけに惜しまれる。

▼日影丈吉はミステリ専門誌「宝石」の新人コンテスト出身だが、同コンテストの第1回入選者は、島田一男や山田風太郎や、
『海鰻荘奇談』香山滋(大衆文学館 講談社/97.6.20/1300円+税)
 底本は1969年桃源社刊の同題の40年代自選短編集。収録作品は「オラン・ペンデクの復讐」「海鰻荘奇談」「怪異馬霊教」「白蛾」「ソロモンの桃」「蜥蜴の島」「エル・ドラドオ」「金鶏」「月ぞ悪魔」。全集も刊行されたし、他でも読むことはできるけれど、代表作が手軽に読めるのいい。ただ、値段がちと高いのがねえ。大衆文学館はその後木々高太郎の『光とその影/決闘』が出たりして、とてもありがたくはあるのですが。

▼オラン・ペンデクは類人猿、人造人間が主役をつとめるのが、
『ライトジーンの遺産』神林長平(朝日ソノラマ/97.1.30/1748円+税)
 解体された人工臓器メーカー・ライトジーン社が残した人造人間が、臓器を巡る事件を追う。『どろろ』かと思ったよ、臓器が戻ってくるわけではないけど。神林作品は大原まり子などと違っていつも乾いている。人工とはいえ臓器を巡る連作長編であってもそれは変わらない。臓器ならばぬとぬとのぐちょぐちょになるはずが、クライマックスに至るまで妙に乾いている。作家の資質の差なのか、性別からくるとも思えないし。

▼地方在住作家なのが、
『ちほう・の・じだい』梶尾真治(ハヤカワ文庫JA/97.9.15/620円+税)
 久々の短編集。11編中オリジナルアンソロジー初出が目に付くってことは、SF短編が雑誌に載らないことを反映しているのかしら。相変わらずシリアスからコメディまで芸風が広く、「地球はプレイン・ヨーグルト」の続編も含まれる。書き下ろしの表題作は、破滅のイメージがすばらしい。

▼カジシンは日本SF大賞第12回の受賞者、第15回が、
『アルカイック・ステイツ』大原まり子(早川書房/97.2.28/1359円+税)
 「ワイドスクリーン・バロックの傑作」なる帯の通り、太陽系の支配をめぐって3つの勢力が争いを繰り広げるけれど、時間的にも空間的にもそれほど規模は壮大ではない。橋田寿賀子の「おんな太閤記」みたいな話といったら、怒られるんだろうなあ。けなしているわけではなく、とっても狭い範囲で話は進むのだが、実は無限だったという、大原作品で繰り返し登場する主題の変奏曲なのである。

▼同様にテロリストが重要な役をしめるのが、
『無慈悲な夜の女王に捧げる讃歌』鎌田秀美(アスペクト/96.12.27/1942円+税)
 出だしは全8巻の異世界ファンタジーかと思ったよ。で、『ソングマスター』(古いね)からいきなり、警察小説になっちまうのだから、新人作家もあなどれない。題名から察っせられるように、中世的な階級社会が形成された月を舞台に、社会転覆をもくろむテロリストと警察の攻防戦がメインストーリーだ。結末のいかにもSFな味つけは、余計だったのではないかな。

▼『月は無慈悲な夜の女王』(ハインライン)へのオマージュとするなら、『不条理日記』(吾妻ひでお)へのオマージュであるのが、
『SF大将』とり・みき(早川書房/97.12.31/1600円+税)
 海外SFの名作39編をモチーフにしたコミック集。幸いオリジナルが明記されているので、悩む必要はない(もっとも、原典はそれだけじゃないのは、他の作品を同様だが)。さあ、39編中あなたはいくつ読んでいるだろうか(私は7つ読んでいない……)。だから、この本がSF初心者への読書ガイドになるかもしれない。これは冗談ではない。実際、私は『不条理日記』がそうだった。歪んでたなあ。 

▼とり・みきの小説が読めるのが、
『SFバカ本 白菜編』大原まり子・岬兄悟編(ジャストシステム/97.2.2/1845円+税)
 前号で紹介した第1弾が好評だったらしい(信じられないが)。内容はこちらが上。「インデペンデンス・ディ・イン・オオサカ」(大原まり子)「五六億七千万年の二日酔い」(谷甲州)「政治的にもっとも正しいSFパネル・ディスカッション」(野阿梓)が、バカ度TOP3。このあと『たいやき編』(97.11.11/1600円+税)も出ている。

▼全然ジャンルが違うが、「バカ」では近いものがある、
『妖異百物語 第一夜 第二夜』鮎川哲也・芦辺拓編(出版芸術社/97.2.20/各1456円+税)
 鮎川哲也は日本のE.クィーンと呼ばれていたが、それはアンソロジストの面ももっているから、なんていわれてたもんです。解説しておくと、E.クイーンはアメリカの本格推理作家だったけれど、蔵書家で編集者の面ももっていたからです。鮎川哲也は本格推理だけでなく怪奇小説好きでもあることは、ファンならご存じ。20年もの昔(年取るわけだね)双葉社から出ていた『怪奇探偵小説集』は有名・無名作家の怪作(B級ホラー)の宝庫として有名ですよね。その続編がこれ。かつての探偵小説のリバイバルは連綿と続いているけど、そこから漏れてしまう作品を読めるのが貴重、かな。

▼このアンソロジーもリストアップされているのが、
『幻想文学 51号』(アトリエOCTA/97.11.15/1800円+税)
 特集は「アンソロジーの愉悦」、幻想文学アンソロジー総覧とアンソロジー収録作品作家別一覧にひかれて購入したくなる人はリスト好き。総覧は国産・邦訳を問わず国内で編纂・刊行されたアンソロジーを刊行順に並べている。リスト好きとしては構成に不満はあるが、編者(東雅夫)の良心的なことばを読めばいたしかたない。

▼アンソロジストとしてインタビューが掲載されているのが、
『ホラー小説大全』風間賢二(角川選書/97.7.31/1600円+税)
 欧米のホラー小説の歴史、ベスト100など入門書としては十分の内容。歴史のところでは未訳作品も紹介しているので信用がおける。個人的には、ベスト100でR.グラント「ハロウィーン・ガール」の名前をあげているのがうれしかった。私は、ホラー長編はあんまり読んでないのだが、『闇の展覧会』から『カッティング・エッジ』『ナイト・ソウルズ』『幽霊世界』と、モダンホラーアンソロジーはけっこう読んでいたことに初めて気づきました。

▼ホラーアンソロジーといえば、



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