BOOKSCAPE(日本)96年3月〜96年7月  by 藍上 雄



『蝿男』海野十三(講談社「大衆文学館」/96.2.20/760円)
『赤外線男』海野十三(春陽文庫/96.4.10/520円)

 海野十三2連発のうち、『蝿男』は絶対に京極夏彦のおかげと思うのです。以前この欄で京極の某作品とそっくりだといったのが、『蝿男』なんすから。同じ版元だし、この推測は外れていないと思う。あちこちで『蝿男』と似てるって声があがったが、三一書房の全集ぐらいでしか現在は読めないから、問い合わせが殺到した講談社がいっちょう出したるか、になったのでは? ただ、実際に読んでみて、全然似ていないといわれても私は責任を持たない。

▼海野作品は、SFというより空想科学背小説と呼ぶ方がふさわしい、
『空想科学読本』柳田理科雄(宝島社/96.3.10/1200円)
 科学考証を殆ど無視することで成り立っているものを、あえて理屈というか屁理屈をつけるってのは、昔からよくあるアイディアですが、あんまりやりすぎると逆につまらなくなる。特撮とかアニメが科学的にいかにいいかげんかを考証してるわけで、野暮になりそうなところを、「ウルトラセブンがマッハ7で飛ぶと頭もふっとぶ」とか「仮面ライダーの変身は健康に悪い」とか「バカSF」にしてしまっているので、救われる。

▼こちらが軟派とするなら硬派なのが、
『やさしいアンドロイドの作り方』福江純(大和書房/96.3.5/1500円)
 SFはどこまで現実になるのか、ということで、SFのオーソドックスなテーマ、宇宙人、宇宙旅行、タイムマシン、異次元空間、ロボット、遺伝子操作などをとりあげて、現代科学最前線を解説したもの、ハードSFだ!ちょっと変な(内容ではない)部分が気にさわるが。

▼参考文献としていくつか作品があげられているのが、
『小松左京の大震災'95』小松左京(毎日新聞社/96.6.10/1500円)
 ミスター沈没(古い)による阪神・淡路大震災のノンフィクション。「地質学的SF」を書いた作家としての「義務感」によってまとめられたもの。

▼阪神・淡路大震災の真っ只中にいたのが、
『ジャズ小説』筒井康隆(文芸春秋/96.6.10/1000円)
 最近はラーメン・チェーンのCMでおなじみの筒井康隆、断筆宣言前の契約によるものだそうで、まさか新作が読めるとはね。ジャズに題材をとった12の小品集。ジャズ・ファンじゃなくても楽しめるけど、やっぱり知っている方がおもしろい。そうでしょう、Hくん。

▼筒井作品のマンガ化(「池猫」)もしており、筒井ファンでもあるのが、
『アズマニア1〜3』吾妻ひでお(ハヤカワ文庫JA /1・96.3.15/520円 2・96.5.15/520円 3・96.7.15/520円)
 ようやく活動を再開した吾妻ひでおの80年前後のSF傑作集。当時、吾妻ファンだというと変な誤解をうけたが、今よんでみても面白いんでないかい? 1巻目は「ぶつぶつ冒険記」ほか、2巻目「不条理日記」ほか、3巻目「やけくそ黙示録」ほか。「不条理日記」でSFに目覚め、以来こうしてT.T.に原稿を書いている私にとって(いくぶん脚色)、版を変えて出るたびについ買ってしまうのだ。実は、以前に最新SF短編集『銀河放浪1』(マガジンハウス/95.9.21/590円)を紹介したかったが、私の住んでるところじゃどこの本屋でもみあたらなかった。結局買ったのは、神田で7月・・・ま、一緒に『郵便局と蛇』が買えたからよしとするか。

▼「不条理日記」はかつて奇想天外社からでてましたが、奇天の新人賞出身なのが、 『MOUSE』牧野修(ハヤカワ文庫JA/96.2.15/560円)
 そうか、牧野ねこも立派になったなと感慨にふけるあなたは30才を過ぎていることでしょう。それはともかく、薬物を常用する少年少女だけがすむネバーランドを舞台にした連作集。ラストでバーカーの某短編を連想するのは正常、大○神や! と叫ぶのははちょっと異常か。とりあえず、96年の収穫の一つ。
 読んでいて思い出したのが『都市に降る雪』。その年のベスト10に入る秀作だったと記憶している。著者・波多野鷹は最近どうしたのかと思っていたら本の雑誌6月号の三角窓口に便りがのってました。思わず『犬と山暮らし』(中公文庫)を読んでしまった。(TVドラマのノベライズもしてました。)

▼その号の「本の雑誌」の特集「このシリーズを読め!」で≪十二国≫シリーズが紹介されているのが、
『ゲームマシンはデイジーデイジーの歌をうたうか』小野不由美(ソフトバンク/96.3.22/1000円)
 ファミコンの某ソフトを除けばゲームなんてのに殆ど縁のない私がレビューすること自体だいぶ無理があるが、スーファミ雑誌に連載されたゲームについてのエッセイ。イラストは水玉蛍之丞(対談もあり)。なわけで的外れな感想しかないですけど、ゲームの世界でも「子供が大人より優秀」が夢想にすぎないという指摘は興味深かったですね。

▼小野不由美は作家夫婦としても有名だが、夫婦で編んだアンソロジーが、
『SFバカ本』大原まり子・岬兄悟編(ジャストシステム/96.7.7/1900円)
 「バカSF」ってのは、途方もなく、かつとんでもなくバカバカしいアイデアSF(ラファティとかワトスンとかラッカーとか)の別称だと思っている人は、読まない方がいい。バカバカしいシチュエーションコメディ、下ネタSFアンソロジーです。文庫か新書なら納得するが、この値段でこの内容ではちょと高いぞ。

▼かつての日本におけるバカSFの帝王といえば、
『明治空想小説コレクション』横田順彌(PHP研究所/95.12.29/1700円)
 まさかこの出版社から出るとは思わなかったので、すっかり油断していた。紹介がすっかり遅れてしまった。幻の名著『日本SFこてん古典』で取り上げた古典SFをジャンル別に紹介したもので、リニューアル版だそうです。まあ、この原著のおかげで古典SFなるものが誕生し、けっこうリバイバルされたわけだ。かといって、研究書だけで原著を殆ど読まない私は、古典SF研究者には、絶対なれない。

▼最近は、オンラインマガジン「波乗王」で古典SFのエッセイを書いており、同誌で小説を連載しているのが、
『パワー・オフ』井上夢人(集英社/96.7.30/1800円)
 パソコン通信「JAM−NET」に登録されていたフリーソフトから突然変異型ウィルス「おきのどくさまウィルス」が発見された。やがて有効なワクチンソフトが発売され、被害は収まると考えられたが、事態は予想もしない方向へ進む。『ダレカガナカニイル・・・』などでSFファンにはお馴染み、「岡嶋二人」の片割れの、ハイテクサスペンス(実は進化SF)。詳しいことを書けないのが歯がゆいが、ここまでの96年日本SFベスト1と言い切ってしまおう。よくあるテーマじゃないとも思うけれど、この読みやすさは驚異的。ラスト・シーンなんか、微笑ましい! PCとかパソ通とかにある程度がないと内容を理解できない、読者を選ぶという意見もありますが、それをいうなら、SFの殆どがそうじゃないかい。ただ、最後のちょっとした仕掛けは、私も似たような経験があっただけに、嫌な気はした。

▼インターネットの知識が前提となっているといえば、
『すべてがFになる』森博嗣(講談社ノベルス/96.4.5/800円)
 メフィスト賞第一回受賞作だそうである。新本格からすっかり足を洗った私ですが、N大OBいや中学交OB関係者のHPで話題になっていたので読む気になりました。多分この号で詳しい説明があるでしょうからおいといて、古い宣伝文句なら「密室殺人の新機軸」とかになるでしょう。私は密室殺人にいやトリック自体にはもう興味ないです。まあ、新本格の「本格」と、私が読みたい「本格」とは、MacOSとWin95ぐらいの差があるみたいで。40ページまではけっこう期待してたんですが、「警察に顔がきくお嬢様」には、「お前は二階堂○子か!」と叫びたくなりました。ラストのN大の図書館はなつかしいですね。私はあそこにいくたび乱歩の『探偵小説40年』ばかり読んでいましたが。しかし、それにしても、あの裏表紙の意味不明の絶賛文はなんとかならんか。

▼N大のSF研のHPが紹介されているのが、
『インターネットほめぱげ探検BOOK』須藤玲司(エーアイ出版/96.6.28/1600円)
 山ほど出てるインターネット本に埋もれている一冊。これもHPで教えてもらった。本誌関係者のHPも取り上げられているから、内容についてはよそで。

▼MOVIEのコーナーに出てるでガイナックスといや、
『オタク学入門』岡田斗司夫(太田出版/96.5.30/1400円)
 「オタク」に関する考察うんぬんよりも、なつかしさでいっぱいだった。「爆発がちがう!」「おお!」そうかそんな見方がこの世にあったのかという、下宿の一室でTVをかこんでの認識の変革=SF体験がありありと思い出される。

▼本書の著者も寄稿しているユリイカ8月号の特集「ジャパニメーション!」、アメリカにおける影響にもふれられているが、日本が舞台のアメコミを紹介しているのが、
『トンデモ怪書録』唐沢俊一(光文社/96.8.30/1300円)
 B級本ガイド。『科学画報』についての一節「SFという分野が、児童に科学知識を平易に習得させる手段に使われていた時代が長かったことが(中略)子供向け読物というイメージから脱却できず、欧米のように、小説界の大きな一分野を構成する勢力となれなかった原因があるように思えてならない。アニメやパソコンゲームのひさしを借りてほそぼそと出版されている現在の日本SFの現状を見るたび、その思いは強いのである。」

▼ブックガイドでもだいぶ趣が違うが、
『ミステリー&エンターテインメント700』河田陸村・藤井鞠子編著(東京創元社/96.6.20/1300円)
 海外のミステリ、冒険、スパイ小説、ホラー、ファンタジー等のエンターテインメント作家を99人を選び、既訳全長編を採点したもの。読書ガイドだけでなく、作家名鑑としても使える。採点は5つ星で、☆☆☆☆☆(超名作)には『呪われた町』『シャイニング』『アンドロメダ病原体』『8』、★★★★★(逸品)には『月の骨』『デッド・ゾーン』『IT』『ウィスパーズ』『ハイペリオン』『山荘奇談』『ゴースト・ストーリー』『ミステリー』『盗まれた街』『ふりだしに戻る』『発狂した宇宙』『何かが道をやってくる』『スワン・ソング』『少年時代』『遥か南へ』など。作家名はわかりますよね。

▼そう、キング、クーンツ、マキャモンと並び称した自信の腰巻がついているのが、
『OKAGE』梶尾真治(早川書房/96.5.31/2200円)
 まずは熊本を舞台に、子供たちの連続失踪事件から始まる。やがてそれは、世界的規模と判明する。なぜ子供たちは消えていくのか? 謎の解明を中心にすえてサスペンスタッチに展開させた方が絶対面白いのに(事実途中までは、あちらのベストセラーの書き方を踏襲している)、それをあえて途中からSFにしてしまうのは、SFプロパーゆえか。けっして、カジシンの最上作とは思わないけれど、これまでのいい意味でも悪い意味でも箱庭的作品にないスケールの大きさがある。次の作品が期待できるかもしれない。

▼「鳩よ!」10月号のミステリー96年上半期ベスト5の座談会で、新保博久が国内のベスト1にあげてますな。一方、西上心太が国内ギャグ編3位にしてるのが、
『人格転移の殺人』西澤保彦(講談社ノベルス/96.7.5/840円)
 まさか『七回死んだ男』が協会賞候補になってるとは知らなかった。
 アメリカの片田舎の地中から発見されたのは、複数の人間(2人だろうと5人だろうと)の間で人格を交換する装置だった。そして、一旦その装置で人格が転移すると、不定期に人格が転移し続けるのだ。例えば、AとBとCの間で人格を交換するとする。最初はAの人格はBの肉体に、しばらくするとCの肉体に移り、そして一旦Aの肉体に戻るが、次にはまたBの肉体に移る。BもCも同様に動いていく。クリスマスパーティのプレゼント交換のように、永遠にぐるぐると移動し続ける、全てが死ぬまで。誰がみてもSFですな。でも、クローズド・サークル・テーマのオーソドックス・ミステリになってしまう。途中で読めちゃうし、ややだれちゃう欠点はあるけど、西澤保彦の最高作でしょう。
 登場人物に日本人が少ないので、山田正紀みたい、思ったのは私だけか。性格の悪い女性も出てくるし。

▼ネタは明かせないけど、人格転移の解決策というのが、



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