長い白昼夢 第2回  by 谷山芳樹



 話題の(とは思えないが)「シミュレーションズ」を読む。中身について特に言及する気はないが、このあまりにもそのままで直接的なタイトルには困った。
 実は私はこの一年近くお仕事で訓練用シミュレータというものの開発につきあっていた。
 訓練用シミュレータといえばフライトシミュレータなどが有名であるが私がやってたのは石油化学プラント(工場)用のものである。石油化学プラントが何であるかを説明しようとすると難しいのでそこは割愛するが、このシミュレータは実際に運転するためのものであり、VAXというコンピュータの中に実際のプラントをモデル化したもの(疑似プラント)が入っている。そしてその疑似プラントのデータを実際のプラントの運転に使ってるのと同じ訓練用のコンピュータ(プロコンと言う)に表示し、そのデータに基づき運転員が何らか操作をすると疑似プラントはそれに応じた応答を返してくる。これでもってプラント運転の訓練をするというものである。
 これが結構お笑いでこの疑似プラントは実に実際のプラントそっくりなのである。異常状態になれば当然プロコンがアラームを発生してくれるわけでそれをほっておいたり、下手な操作をすると反応が暴走もするし、プラントが停止もする。
 実際訓練を受ける人も「本物みたいだな」とのコメントを残してるのだが、私としては非常に物足りない。どうせなら反応が暴走して爆発したらでかい音がしたり、建物が振動したするようにしたいと言ったのだが「ゲームを作ってんじゃない!」と一喝されてしまった。ごもっとも。
 では疑似プラントというのはどうできているのか。面白いのはこの疑似プラントのベースは理論計算に基づくシミュレーションなのである。個々の反応ユニットなどのシミュレーションの組み合わせが疑似プラントを構成しているのである。ある状態から次の状態への遷移状態のチューニングは実際のデータに基づいているものの1000以上のユニットのシミュレーションによって組み上げられた疑似プラントが実際のプラントと同じであるというのは結構すごいことである。
 ところがである、これがいわゆるヴァーチャルリアリティーかというと困ってしまうのである。仮想現実のもと(疑似プラント)は完璧だけどその他の小道具が決定的に不足しているのである。実際のプラントの運転ルームと同じ部屋、同じ机、同じ汚れ同じ音、同じ臭い等々が決定的に欠けてるよな、というのが私の感想。
 ただ、シミュレータでの訓練項目は500近くに及ぶ。その中には実際のプラントでは体験できないようなシナリオ(実際起こり得ないというのではなく、非常に危険な状態でありそんなことが起こったら全プラントがオシャカになるようなもの)まで用意されている。となると、シミュレータの中にしか存在しない現実(?)というのもありうると言っても良いかもしれない。
 ま、それにしてもヴァーチャルリアリティーはまだまだ遠く「シミュレーションズ」の帯の文句の「人類の見果てぬ夢へ」というのは言いすぎにしても、シミュレーションからリアリティーの溝はなかなか深いと言うところですな。
 ちなみにこのシミュレータの基本のソフトは全てアメリカ製。この手の分野では日本は決定的にアメリカに遅れを取ってるんですよね、意外かもしれないけど。



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