BOOKSCAPE(日本)95年6月〜95年8月 by 藍上 雄



『手塚治虫の冒険』夏目房之介(筑摩書房/95.6.25/1500円)
 描線とコマによるマンガ批評を試みた前著『手塚治虫はどこにいる』を拡大して、手塚治虫を戦後マンガ史の中でとらえたのが本書。いかに革新的であったか、日本特有のマンガをいかに打ち立てたか、そしてやがては時代と解離していく創造主の悲劇を検証していく。そのまま消え去っていたなら伝説となったのに、最後まで現役であったための悲劇。多分私たちの世代にとっては、手塚治虫は昔は偉かったらしいが、今は多数のマンガ家のうちの一人で、なんか説教くさいなあ、という印象があったのじゃないかな。結局、描線とコマだけではなくテーマ性とかに踏み込まざるを得ないのが、残念だ。

▼本書で引用されている『漫画と人生』の著者が、
『機関童子・帝都物語外伝』荒俣宏(角川文庫/95.6.25/500円)
 もはや、街ゆく奥様がスーパーの特売日と同じように風水を知っている時代になってしまった。『帝都物語』という小説がフィクションとして書かれ、映画化もされている世界(つまり、今この世界)で、とある精神医療センターに「加藤」を自称する患者が現れ、サイコ・スリラー的展開をしていく。「現実が『帝都物語』のごとき小癪なフィクションを笑いとばすほど妖鬼に満ちあふれた今、それを鎮魂するための物語」とあとがきにあるが、確かに今の時代をもたらした一人が、荒俣宏であることは間違いない。

▼続編といえば、
『らせん』鈴木光司(角川書店/95.7.31/1500円)
 横溝正史賞の応募作でホラー・サスペンスの秀作『リング』('91)の直接の続編。前作のラストと前後して始まり、謎の解決がチャラになり、前作のメインキャラは脇に回る(といい難い?)。前作の扱いにちょっとした仕掛けがあるので、続編というよりはセットで一冊だろう。前作のデッドライン設定による濃厚な緊張感に比べると、新しい主人公が医師のせいか、動きも少なく切迫感も希薄だ。サスペンスとしては、『リング』一冊で十分だが、モダンホラーとしては、こうなる展開なのだろう。あちこちで指摘されている『パラサイト・イヴ』との類似性はSFそのものなのだが、SFとしてはこちらの方がスケールがでかい。日本にもいよいよ和製モダンホラーの時代が来たのかしら。あとは、ホラー界の内藤陳か北上次郎が出れば完璧。

▼実は本書と共通したモチーフがあったりするのが『二重螺旋の悪魔』、
『ソリトンの悪魔』梅原克文(ソノラマノベルス/(上)95.7.31(下)95.8.31/(上)980円(下)950円)
 問題作『二重螺旋の悪魔』から2年。デビュー作は、規模は壮大(ページ数も壮大)でも小説としちゃ首をかしげたくなる出来だったのが、今回はオーソドックスな海洋冒険SFに仕上がっていて、ラストへの盛り上げ方なぞ、ずいぶん巧くなっている。2006年、沖縄・八重山諸島沖の3ヶ月後に完成予定の海上都市〈オーシャンテクノポリス〉が何ものかに襲われ海中に没する。その正体は読んでからのお楽しみ。『海底二万里』みたく大蛸ではないから安心して欲しい。まっとうな現代SFですから。田中光二以来(?)の海洋冒険SFであるだけでなく、東亜SFでもあることが、新本格SFと評される所以なのか? ちなみに、N大SF研OBきっての海の男・Y氏は読んだのかな? 同姓の人物も登場するし、ぜひ感想を聞かせて欲しいものだ。

▼本書のエピグラフは、『ソラリスの陽のもとに』や『海底二万里』が引用されている。目次にヴェルヌの墓碑銘があしらわれている〈アメージング〉誌を紹介しているのが、
『「科學小説」神髄』野田昌宏(東京創元社/95.8.25/3000円)
 1960年代にSFMに連載された〈SF実験室〉をまとめたもの。副題「アメリカSFの源流」の通り、創世期のSF、イラスト、雑誌、編集者、ファンダムについてのコラム集。近頃、SFに関する軽い読物が絶滅状態だっただけにうれしい。ただ、書かれた時代を頭において読まないと混乱することうけあい。それだけに、文体や時事ネタ内輪ネタが60年代を感じさせてくれる。特にパルプマガジン時代のSFをジャンル別に分類し、作品のさわりを紹介している第2章「SF解剖学のすすめ」は、小林信彦『地獄の読書録』石川喬司『極楽の鬼』を連想させる雰囲気がある。邦訳のある作品には邦題がつけられていて、気配りの編集。あ、これは海外Sの範疇にはいるのか? まあいいか。

▼時代を感じさせてくれるといえば、
『遊んでて悪いか!!』火浦功(ログアウト冒険文庫/95.7.22/560円)
 1992年2月から1995年2月まで、火浦功がいかに仕事をせずに遊んでいたかを証明するだけの日記。

▼遅筆といえば、完成までに「入学した小学生が卒業するだけの時間」を要したのが、
『スキップ』北村薫(新潮社/95.8.20/1800円)
 最初新聞広告を見たときは恋愛小説のようにみえ、これで北村薫を読むことはないなと思っていたら、SFだったとは。1968年17才の少女がある朝目覚めると、25年が経過していて42才の体になっていた。類型作品だと「心」が入れ替わっていることを隠そうとしてサスペンスが盛り上がるのだが、「あたしは17歳」と自己主張するのが面白い。そして、ズブの素人がいかに学校の先生を演じるかというスパイ小説的な要素もある。まあ、先生の仕事を分かりやすく説明したビジネス小説ともいえなくもないから、教職志望の学生の必読書になったりして。学園小説としては『秋の花』が上だし、50Pあたりからの違和感、不自然さは絶対伏線と思っていたら見事に裏切られてしまったので、評価は辛くなる。

▼朝目覚めたら・・・と似たような出だしでこうも違うかと思うのが、
『僕を殺した女』北川歩実(新潮社/95.6.20/1400円)
 大学生の主人公がある朝目覚めると、5年の時間が過ぎていて、なんと見も知らぬ女に変わっていた。どう展開させていくのだろうと心配になる発端だ。この手のは大抵腰砕けの結末を迎えるものだが、よくがんばっている。腰巻の「SFを超える本格推理小説」は全くの見当違いで、SFとは関係のない、ごくまっとうなミステリなので、詳しく内容にふれることはできない。私は鮎川哲也のある長編を連想したとだけいっておこう。

▼本書は男が「女」には翻弄される話ととれなくもない。同じパターンなのが、
『ウェディング・ウォーズ』草上仁(青樹社文庫/95.8.10/760円)
 遺伝子異常で女性の出生率が極端に下がり、男女比が4:1になり、女性の社会的地位が飛躍的に向上し、男性が抑圧されている日本で、冴えない主人公が結婚相手を求めてドタバタを繰り返すうちに理想の女性と出会うが、その背後には何かの組織があって、陰謀が見え隠れする。なりゆきからその渦に巻き込まれてしまい、と前作『愛のふりかけ』とどことなく似ている。味を薄めたユーモア(バイオ)SF。『フェミニズムの帝国』(村田基)の普及版でもある。それにしても、草上仁の男どもはどうしてこうも情けないのだろう。身につまされます。

▼結婚生活の恐怖(至福)を描いた「挽肉の味」が収録されているのが、
『死神のいる街角』中井紀夫(出版芸術社/95.7.20/1500円)
 SF/ホラーのアンソロジー双書として定評のある〈ふしぎ文学館〉から、新作のホラーを集めたSPECIAL第一弾。これが4冊目(ノヴェライズを入れたら6冊目)の短編集で、世評高い〈タルカス伝〉にはピンとこなかったくちなので、『山の上の交響楽』の完成度に及ぶべくもないが、『山手線のあやとり娘』系の中井紀夫らしいせつない物語がうれしい。力作「獣がいる」や、「うそのバス」「鮫」の不条理さもよいが、個人的にはありふれているとわっかていながら「怪我」が好きだったりする。

▼著作リストが収録されているのが、



次回へ

前回へ

TORANU TあNUKI 59号 目次



Back to Homepage