BOOKSCAPE(日本)95年3月〜95年5月  by 藍上 雄



『家族場面』筒井康隆(新潮社/95.2.25/1300円)
 筒井康隆の短編集を読むと、短編小説の愉しみに浸ることができる。本誌の寄稿者のH氏と違ってあんまり熱心な読者でない私がそう思うのだから、これは間違いない。3年前、川口へいく電車の中で文庫化された『薬菜飯店』の「ヨッパ谷への降下」を読んでいて、駅が近づいても降りるに降りられなかった。「九月の渇き」「天の一角」「十二市場オデッセイ」と、読み終えなければならないのが、惜しい。

▼筒井康隆の作品が取り上げられている3冊、
『作家のかくし味』(文春文庫/95.5.10/680円)
 日本の小説に登場する料理や菓子を写真とレシピつきで紹介。栗本薫『レダ』マフィンとエッグノグ、筒井康隆『フェミニズム殺人事件』チーズと豚肉のブロシェットとスキャロールのサラダなど。
『文学の中の「猫」の話』お茶の水文学研究会(集英社文庫/95.4.25/480円)
 同種の『猫の文学散歩』ほどハイブロウではないが、SF・ファンタジーサイドにはあんまり好意的ではない。『夏への扉』、「猫の首」、『空飛び猫』、「池猫」、「飛び猫」、「善猫メダル」、「猫窓」、程度で、当然のことながら、ク・メルもガミッチもアプロも無視されている。
『文学の中の「犬」の話』お茶の水文学研究会(集英社文庫/95.5.25/480円)
 こちらも、冷たい。『シリウス』『ウォッチャーズ』『クージョ』『都市』「犬の町」ぐらいだ。

▼猫(猫型異星人)SFに分類されるのが、
『敵は海賊・海賊課の一日』神林長平(ハヤカワ文庫JA/95.5.15/560円)
 ハヤカワ文庫JA新創刊の第2弾、〈敵は海賊〉シリーズの5冊目。今まで謎だったラテルの過去が初めて明かされる、と思う。なんせシリーズ始まって十数年、前作からも2年なんで、記憶があやふやなのだ(ラテルの過去とは、つまり、やんごとなき方だったということ)。それにしても、もはやオカルトと紙一重の神林作品をSFと呼ぶことにためらいを感じる最近の情勢です。

▼〈敵は海賊〉シリーズの第2作『敵は海賊・猫たちの饗宴』は野球SFだった、
『コンビネーション』谷山由紀(ソノラマ文庫/95.3.31/480円)
 ドラフト下位で入団した無名のプロ野球選手がスーパースターへと成長する過程をチームメイト等の視点から描いた連作短編集。広島の前田とか横浜の石井とかを連想させる主人公だ(横浜の進藤もまじっているそうです)。野球の実体験に基づく、リアルで、ある種興ざめな作品と違って、野球ファン(それもかなりの)が共通に持つ幻想の野球選手像(近藤某のような古典的野球選手像とは断絶した)をとてもリアルに描き出している。それも、「文章や数字」を積み上げる手法をとっているのが、心憎い。
 どこがSFだって?いいじゃない、野球は夢のスポーツなんだから。

▼野球といえば、熱狂的ドラゴンズ・ファンなのが
『惜別の宴』横田順彌(徳間文庫/95.3.15/580円)
 明治末期、変死した少年の体に鱗があった。そして、ハルピンで射殺された伊藤博文にも大逆事件の管野スガにも鱗があった……。これで〈鵜沢龍岳〉シリーズは休止とか。まあ、明治天皇が崩御し、登場人物も収まるところに収まったし。
『日露戦争秘話 西郷隆盛を救出せよ』横田順彌(光栄/95.4.5/1500円)
〈中村春吉〉シリーズ第三作は、明治天皇の密命を受けて、シベリア奥地に西南の役で死んだはずの、西郷隆盛を救出に行く。のんきな冒険談で、ほのぼのとする。しかし、これを「歴史キャラクターノベルズ」と銘打つには無理があるよな。
『明治不可思議堂』横田順彌(筑摩書房/95.3.24/2400円)
 上記2冊の明治時代SFの副読本であるのが本書。明治時代のちょいと変わったエピソード集。前回とりあげた『百年前の二十世紀』が夏休みの読書感想文の課題図書になったことだし、時代がヨコジュンに追いついたぞ。はやく〈天狗倶楽部〉第3作が読みたい!

▼ヨコジュンのエッセイでも取り上げられていた『日本SFごでん誤伝』が元になっているのが、
『トンデモ本の世界』と学会(洋泉社/95.5.1/1600円)
「著者が意図したものとは異なる視点から読んで楽しめる」本を集めている。UFO、超科学、謀略、超古代などなど、理科系(?)の本が多いけど、私も『古事記は○○語で読める!』といった類の本が好きだったから、最初は大笑いして読んでたけど、最近の情勢を考えると、情けないと言うか、怖いと言うか。

▼本書でトンデモ本のお墨付を与えている『そんなバカな!』(竹内久美子)を参考文献としてあげているのが、
『パラサイト・イヴ』瀬名秀明(角川書店/95.4.30/1400円)
 第2回日本ホラー小説大賞受賞作は、生化学の専門知識がふんだんに盛り込まれていて、読みごたえがあり、話題になるのもうなずける。その骨格は、ど真ん中のストレートで一切小細工はなく、正統的な(古風な)ホラーだ。それにしても、○○が△△するのは、バカSFと変わらん。海野十三の「生きている○○」みたいだ(こればっか)。ただ、もっと壮大な(ムチャクチャな)展開になりそうな素材なのに、こじんまりとまとまってしまったのは、賞を意識して手堅く行ったのだろうか。そこがSFとホラーの違い、なわけないね。

▼本書には「マッキントッシュ」を使うシーンが出てくる。昨今のパソコン普及の要因は価格とかパソコン通信とかでしょう。パソコン通信の産物なのが、
『もとちゃんの夢日記』新井素子(角川文庫/95.3.25/600円)
 パソコン通信「コンプティークBBS」に書き込まれた夢日記などをまとめたエッセイ集。ただし、使用しているのは、ワープロのOASYSだけど。

▼本書には、謎解きの部分が落丁していてムチャクチャになってたミステリーの話がでてくる。一見欠陥本を意図した『生者と死者』の作者が
『泡坂妻夫の怖い話』泡坂妻夫(新潮社/95.5.20/1400円)
 NHKドラマ「宝引の辰捕者帳」の原作者のショートショート集。78年の「毒」から95年「妖香」まで、31編。「階段」「ミュージシャン」「黙祷」が印象に残った。

▼「ミュージシャン」は、オルゴールにまつわる淡い恋の物語なわけで、
『百光年ハネムーン』梶尾真治(出版芸術社/95.4.15/1500円)
〈ふしぎ文学館〉の一冊。「美亜に贈る真珠」に始まり「梨湖という虚像」「おもいでエマノン」そして表題作など、梶尾真治の代名詞・ロマンティックSFの集大成。この本で初めて各作品にふれる人は、多分後悔するだろう。

▼最近は長編作家のイメージがあるカジシンだが、同様に長編づいているのが、
『愛のふりかけ』草上仁(角川書店/95.4.30/1600円)
 明らかにエイズを意識した伝染性のあるドラッグ、ブラッグが蔓延し、毎月国民の総合順位が発表される管理社会なんていうと、なつかしい未来でしょ。まぬけでお人好しの主人公が、犯罪者にでっち上げられて、逃げまどううちに事件に深く関わっていく、巻き込まれ型近未来ほのぼのユーモアサスペンス。帯には1200枚とあるが、長さは感じさせない。一SFファンとしては、これがフツーのSFなんだよなと声を大にして言いたい。短編作家・草上仁はもう過去の話だ。

▼草上仁はSFM新人作家コンテストの第7回出身、第6回出身なのが、
『ひと夏の経験値』火浦功(ログアウト冒険文庫/95.3.22/560円)
 腰巻の「奇跡か?火浦功最新作!!」が笑わせます。内容を紹介しても、あまり意味ないですね。RPGのパロディというだけで充分ですな。イラストは竹本泉。主人公の永井のりこは永野のりこにちなんだのだそうです。

▼そういえば、火浦功に〈ぼくたちの忍法帖〉とかいうシリーズがあったような気がするが、忍法帖といえば、
『奇想小説集』山田風太郎(講談社「大衆文学館」/95.3.17/760円)
『跫音』山田風太郎(角川ホラー文庫/95.4.10/600円)

 最近また人気が高まりつつある山田風太郎の初期短編コレクションが2冊。企画が重なっているようだが、前者は奇想、ブラックユーモア色が強く、後者はミステリー、ホラー寄り。現代教養文庫の傑作選と一部重なるところもあるが、「蝋人」「女死刑囚」「黒檜姉妹」などのグロテスク、「満員島」「自動射精機」などの奇想、目を見張らされる。『跫音』は収録作の初出がいいかげんなので、ここに記す。「三十人の三時間」オール読物58-7、「さようなら」キング56-5別冊、「女死刑囚」りべらる50-7、「跫音」小説春秋掲載年月不明、「双頭の人」宝石49-1、「黒檜姉妹」ホープ49-2、「雪女」『眼中の悪魔』48-11刊書き下し、「笑う道化師」犯罪読物別冊48-9、「最後の晩餐」小説倶楽部54-4、「呪恋の女」りべらる52-7。

▼山田風太郎に奇想天外な小説があるのを知ったのは、石川喬司の『夢探偵』だった。その石川喬司の名を久しぶりに見たのが、小説宝石5月号からの連載「SFへの遺言」。題名は、SFの危機なるものへの危機感、まだまだSFにはできることがあるはずだという意味だ。石川喬司・森下一仁などを相手に思い出を語っているのが、
『召集令状』小松左京(角川文庫/95.5.25/500円)
 本書は角川文庫の終戦50周年フェアの一冊で、小松左京の戦争体験を反映させた作品をまとめたもの。表題作他「地には平和を」「戦争はなかった」「春の軍隊」など8編。共通した強烈な体験をもたない世代がSFを生み出すのは無理じゃないかという気がする。

▼小松左京をキャラクター化して使ったのが、



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