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1998年7月号

『リングワールドの玉座』ラリイ・ニーヴン

『こちら異星人対策局』ゴードン・R・ディクスン

『地底大戦 レリック2(上・下)』D・プレストン&L・チャイルド

『伝説の船』ジョディ・リン・ナイ


『リングワールドの玉座』ラリイ・ニーヴン

(1998年4月30日発行/小隅黎訳/早川書房/2000円)

 ラリイ・ニーヴンの『リングワールドの玉座』は、前作から十五年ぶりに発表された《リングワールド》シリーズの三作目である。一作目と二作目で人類以外の種族が遥か昔に造り上げた巨大建造物であるリングワールドの謎はほぼ解明された。力学的に不安定さを持つリングワールドが太陽に接触して崩壊してしまうという危機も何とか回避され、主人公ルイス・ウーと好戦的な種族クジン人のハミイーは、臆病な策士のパペッティア人〈至後者(ハインドモースト)〉と別れて新たな旅に出る……というところで二作目は終わっていたわけだが、さて、今回の趣向はどうだろうか。
 ルイス・ウーが旅に出てから十年後、前作にも登場していた吸血鬼が急速にリングワールド中に広がっていた。知性を持たない吸血鬼は、性的欲求を高める匂いを分泌して相手をおびき寄せ、餌食にするという恐ろしい習性を持つ。物語の前半部では、〈機械人種(マシン・ピープル)〉や〈草食巨人(グラス・ジャイアント)〉といったリングワールドに棲む亜人種たちと吸血鬼とのまさしく血みどろの戦いが繰り広げられる。光に弱い吸血鬼は、数十メートルの高さに浮かぶ〈浮揚都市(フローティング・シティ)〉の下、永久に影が続く〈影の巣(シャドウ・ネスト)〉に棲息しているので、ここに光をもたらしてやれば吸血鬼は逃げ出し、やがては自ら滅んでいくだろう。亜人種と吸血鬼との戦いの最中、リングワールドにもう一つの危機が迫っていた。外部からクジン人の宇宙船三隻がリングワールド内部に侵入してきたのだ。しかし、その宇宙船は超高温レーザーで撃墜されてしまう。どうやらルイスも〈至後者〉も正体を知らないプロテクターがリングワールドの隕石防禦システムをコントロールしているらしい。かくして、物語の後半は、プロテクター同士の攻防に巻き込まれたルイスと〈至後者〉たちの活躍が描かれる。プロテクターの目的は何か、そして最後に生き残り、リングワールドの玉座を手に入れるのは誰なのか……?
 生きがいい会話を中心とした冒険活劇は相変わらず健在であるけれど、今回はルイス・ウーや〈至後者〉の出番が少なく、いささか物足りない。ハミイーに至っては冒頭を除くと全く顔を出さず、息子の〈侍者(アコライト)〉が代わりに活躍してくれるとは言うものの、何だか寂しい限りである。また、さすがに三作目ともなるとこちらも慣れてきてしまって、リングワールド自体の持つイメージ喚起力が薄れてしまっていることも確かである。一作目が面白かったのは、幅は地球を百三十個並べたほど、面積は地球の三百万倍という巨大なリングワールドが存在することの驚き、結末に至っても、そのほんの一部分しか探検できなかったという事実によって更にいや増すこととなった圧倒的な巨大さを実感できたところにあったと思う。必要もないのに何故〈神の拳(フィスト・オヴ・ゴッド)〉のような高い山がリングワールドに存在するのかという小さな謎が一つスカッと解かれて終わる爽快感も、もちろん忘れてはならないのだが、それも、次に解かれるべき多くの謎の解決を暗示して終わるオープンエンディングだったからこその面白さであったと思うのだ。つまりは、決して人が到達できない未知の存在を提示しておいて、でもこれは人に征服できないものではないんだよ、という可能性を見せること。未知の空間が既知の空間に変わることへの期待こそが『リングワールド』の面白さの根幹であったように思う。
 翻って本書を見ると、リングワールドの建設者も姿勢制御の方法も地球人類誕生の秘密もすべてが明らかになってしまい、すっかり既知空間と化してしまったリングワールド自体に、もはやそれほど魅力がなくなってしまったことは否めない事実であろう。従って、後はそこに棲む人種に未知の存在を持ってくるしかないのだが、これが吸血鬼であったり神話の神々の焼き直しでしかないようなプロテクターであったりするというのは、果たしてどうだろうか。あまり成功しているとは言い難いような気がする。生態系のバランスにまで踏み込んだ深い考察のもとにリングワールド独自の生物を案出するか、リングワールドの構造自体に起因する謎を解くとかの新しい方向に進まない限り、本シリーズは、神話の再生産を続ける単なる冒険物語に堕してしまうのではないかと危惧する次第である。

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『こちら異星人対策局』ゴードン・R・ディクスン

(1998年3月31日発行/斉藤伯好訳/ハヤカワ文庫SF/680円)

『ドルセイ!』を始めとする連作《チャイルド・サイクル》で知られるゴードン・R・ディクスン久々のSF翻訳となった『こちら異星人対策局』は、彼のユーモラスな面が打ち出された娯楽作品となっている。銀河文明連合に地球が加盟しようとしている時、有力異星人のオプリンキア人が地球を訪れる。彼の目的は地球人の夫婦の日常生活を体験する≠アとであり、できればペットを飼っている夫婦が望ましいとのこと。白羽の矢が立てられたのは、異星人対策局で働く三等事務官補のトム・ペアレント。愛犬レックスとともに、オプリンキア人を接待したトムと妻のルーシーは、それがきっかけで地球を代表する無任所大臣に任命される。銀河系内の文明惑星へ送り込まれ、他の知的生命体との友好関係を樹立するのが二人の仕事なのだ。かくして、様々な異星人の対立を、二人は知恵と勇気で解決していくのであった……。北アイルランド、パレスチナなど地球内での民族問題でさえ解決できずに苦悩しているというのに、銀河の種族問題を解決して回るという発想は余りに能天気でつきあいきれない気もするけれど、この手の娯楽作にそれを言っても始まらない。どうせ、どの異星人の対立も地球の民族問題の焼き直しでしかないのだから、ここは一つ民族問題のシミュレーションをしているのだと割り切って、楽しむのが得策だろう。ただし、もう少し異星人の設定は工夫できないものだろうか。異星人の姿が地球のトカゲにカブト虫にヤギにサメそのまんまで人間のように話すのでは、全然銀河の広がりが感じられないのではないかと思った。

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『地底大戦 レリック2(上・下)』D・プレストン&L・チャイルド

(1998年4月30日発行/富永和子訳/扶桑社ミステリー文庫)

 宇宙に行っても話すカブト虫にしか出会えないぐらいなら、地球で変な人々に出会う話の方がまだ面白い。南海の孤島や別の惑星にまで行かなくとも、地下や頭上など現実と隣あった所に別の人々の生活空間があるという発想は、多くの作家の想像力を刺激するらしく、リュック・ベッソンの映画『サブウェイ』や中井紀夫の短編「電線世界」を初め傑作は枚挙にいとまがない。最近では、マンハッタンの地下に住むホームレスの実態を描いたジェニファー・トスの『モグラびと』が話題を呼んだが、その『モグラびと』の影響を受けて書かれたバイオニック・ホラーが、映画化もされた『レリック』の続編『地底大戦 レリック2』(ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルド)である。前作も、迷路のように入り組んだニューヨーク自然史博物館の地下を舞台に神話上の猛獣ンブーンとの死闘が描かれ迫力満点であったが、今回はさらにパワーアップしている。ンヴーンが死んでから一年半、今度はニューヨークのハーレム川から首のない死体が二体見つかった。地下に住むホームレスたちの間にも被害が続出しており、どうやら犯人は同じ者らしい。死んだはずのンヴーンが甦ったのか。博物館の正式スタッフとなったマーゴ博士は、ダガスタ警部補らとともに捜査を開始する。そこで明らかになったのは、ンブーンの正体に関する驚くべき真実であった……。前作での疑問点や結末の弱さがすべて解決されており、さらに、ホームレスが反体制的なコミュニティを形成しているマンハッタンの地下都市の精密かつリアルな描写、クライマックスでの大勢のンブーンたちとマーゴたちの死闘といった読み応えある場面が付け加わり、前作を遥かにしのぐ面白さ。特ダネのためなら命も賭ける新聞記者スミスバックや博覧強記のFBI捜査官ペンダーガストといった前作からのキャラクターもいいけれど、ポープの詩を引用したりするインテリ・ホームレスのメフィスト、小柄で男まさりの婦警ヘイワード、娘の死をきっかけに平和運動を展開する大富豪パメラなど今回初登場の人物の活躍が本書では目立っている。キャラクターづくりの巧さ、綿密な取材の上での舞台設定、無駄のない引き締まった描写力と三拍子揃った大人のエンターテインメントとしてお勧めしておきたい。

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『伝説の船』ジョディ・リン・ナイ

(1998年4月17日発行/嶋田洋一訳/創元SF文庫/860円)

 マキャフリーは原案に退き今回はジョディ・リン・ナイが単独で執筆している『伝説の船』は、前作『魔法の船』の直接の続編である。頭脳船(ブレインシップ)キャリエルと筋肉(ブローン)ケフのコンビは、惑星オズランから蛙に似た両生類種族を乗せて、彼らの母星クリディに辿り着いた。クリディでは五〇年前からの宇宙計画がすべて失敗に終わり、自分たちの星系を脱出することができていない。宇宙へ出て行けないのには何か原因があるはず。〈中央諸世界〉の大尉の救出に向かうキャリエルたちはそこで三隻の宇宙船を発見する。これこそクリディの宇宙計画を妨害していた船だった……。二〇年前に意識不明のキャリエルから部品を盗んだ者は誰かという前作で残された謎も明らかになり、物語は大団円を迎える。ストーリイ展開の巧さは相変わらず。ただ、これもディクスン作品同様、蛙にグリフィンという既成のイメージに頼りきりの異星人描写が気になった。

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