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1998年4月号

『ホーリー・ファイアー』ブルース・スターリング

『ワイルドサイド―ぼくらの新世界―(上・下)』スティーヴン・グールド

『ブレードランナー3―レプリカントの夜―』K・W・ジーター


『ホーリー・ファイアー』ブルース・スターリング

(1998年2月11日発行/小川隆訳/アスペクト/2600円)

 九七年度のヒューゴー賞ノヴェレット部門を「自転車修理人」(本誌先月号掲載)で受賞し、今ノりにノっているブルース・スターリングの最新長編『ホーリー・ファイアー』がいち早く翻訳・刊行された。
 時は西暦二〇九五年。二〇三〇年代、四〇年代の疾病流行により人類の数は激減した。残された人々は健康に気を遣い、健康であることが社会的な地位を保証してくれ、また安価な医療ケアが普及したために皆こぞって長命処置を受けている。サンフランシスコに住む医療エコノミストのミアも、繰り返し神経研磨を行って寿命を延ばし、現在九四歳。ミアは、九五歳で亡くなった昔の恋人の葬式に出席した後、芸術家を志す一九歳の少女と知り合ったことがきっかけで、最新の若返り処置を受けることを決意する。遺伝子レベルの修復を行うネオ・テロミア散逸性細胞解毒法によって、ミアは二十歳の女の子マヤとして生まれ変わったのだ。かくして、マヤの冒険の旅が始まる……。
 本書は、ヨーロッパへ行ったマヤが様々な人々に出会い真の自分を発見するまでの成長物語であるが、二つの意味で、単純な成長物語の域を超えている。一つは、マヤの心に九十年以上の経験を持つミアの意識があるため、無垢な少女性と豊富な経験を持つ大人という二重性をマヤが備えていること、もう一つは、細部に至るまで丁寧に描かれた未来社会や人々の異質さが際立っているために、マヤの成長が読者にとってそのまま異質な社会とのファースト・コンタクトになっているということだ。マヤの冒険を読み進めるにつれ、我々は、食生活や衛生観念の変化に戸惑い、医療技術の革新に驚き、ヴァーチャリティと呼ばれる電脳空間に漂い、芸術に関する様々な考察にうならされることになる。これこそが、最良のSFだけがもたらすことができる未来の衝撃(フューチャー・ショック)なのだ。異質な未来を描く一方で、スターリングは人間性への賛歌を忘れていない。聖なる火(ホーリー・ファイアー)とは、愛する人の眠りを見守るときの幸福感、深い人間的な喜びを表している。マヤが最後に聖なる火を手に入れる結末は感動的だ。若い女性を主人公としたこともあって本書は溌剌とした雰囲気に満ち溢れており、読んでいて理屈抜きに楽しめる。文句無しの傑作。一読をお勧めしたい。

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『ワイルドサイド―ぼくらの新世界―(上・下)』スティーヴン・グールド

(1997年12月15日発行/冬川亘訳/ハヤカワ文庫SF/上下各580円)

 これに対して、スティーヴン・グールド『ワイルドサイド―ぼくらの新世界―(上・下)』は、魅力的な設定の割には普通の成長物語に留まっており、物足りなさが残った。  高校を卒業したてのチャーリーは、相続した伯父の農場の納屋で不思議な扉を発見する。扉の向こう側は、一種のパラレルワールドになっており、マンモスやサーベル虎、マストドンなど絶滅した動物たちの住むワイルドサイドだったのだ。チャーリーは仲の良い四人に秘密を打ち明け、自分たちで会社を作り、その世界から利益を得ようと画策するのだが……。世紀の大発見を、個人的な利潤のために主人公たちが独占しようというせせこましさは、確かに現代的な展開なのかもしれないが、自己中心的でロマンがなさ過ぎる。大人たちを仮想敵とみなして戦う展開もジュヴナイルものの伝統なのだが、本書の主人公はいささか大人の世知に頼りすぎではないか。ワイルドサイドも、まるで子供の作った秘密基地のようで、現実世界に対する異化作用が全くない。せっかくの雄大な設定を本書は生かしきれていない印象を受けた。

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『ブレードランナー3―レプリカントの夜―』K・W・ジーター

(1997年12月15日発行/大野晶子訳/早川書房/2000円)

 K・W・ジーターの『ブレードランナー3―レプリカントの夜―』は、映画の影響を強く漂わせていた前作に比べると、ジーターらしさが色濃く出てきた佳作である。レイチェルのオリジナルであるサラと地球を脱出したデッカードは火星に足止めを食らい、食い扶ちを得るため、アウター・ハリウッドなる宇宙ステーションでの映画の撮影に同意する。そこで起きた殺人事件をきっかけにレプリカントの反乱に巻き込まれるデッカード。一方、火星にいたサラは地球に戻り、自らの出生の秘密を知る……。ジーターは、自作『ドクター・アダー』のキャラを登場させたり、話すブリーフケース、ドラッグによる小宇宙へのトリップなど本来のディック的なアイディアを盛り込むことによって、映画の世界からの飛躍を試みているが、これは見事に成功していると言ってよい。レプリカントと人間との生物学的な差違を無化していくメイン・アイディアも含めて読み応えある作品となっている。ノベライゼーションだからと見逃すのは惜しい一冊だ。

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