SF Magazine Book Review

1997年5月号


『第81Q戦争』コードウェイナー・スミス

『デッドボーイズ』リチャード・コールダー

『インフィニティ・リミテッド』J・P・ホーガン


『第81Q戦争』コードウェイナー・スミス

(1997年2月28日発行/伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫SF/720円)

 七〇年代半ばにアメリカでまとめられたコードウェイナー・スミスの短編集二冊のうち、既に一冊は『鼠と竜のゲーム』『シェイヨルという名の星』(ともにハヤカワ文庫SF)の二分冊の形で刊行されているが、残る一冊が遂に刊行された。『第81Q戦争』は、スミス独自の未来史を構成する《人類補完機構》シリーズから九篇、それ以外の短編五篇を収録した短編集である。
 収録作には、二万二〇〇〇トンの空中艦によるアメリカ連合国とモンゴル同盟との限定戦闘を描いた作者十四歳時の幻の作品「第81Q戦争」を初め、第二次世界大戦中に開発されたロケットに乗ってドイツを脱出したフォムマハト三姉妹のうち、カーラとユーリの地球への帰還をそれぞれ描いた「マーク・エルフ」「昼下がりの女王」など、未来史年表の中でも初期に属する小品が多く、既刊の二冊に比べると落ち穂拾い的な印象を感じることは否めない。とは言うものの、あの孫文を名づけ親として中国で育ち、十四歳で大学に入学、中国学者であると同時に外交問題に関して大学で教鞭をとり多くの外交官を育てあげたという華麗なる経歴の持ち主コードウェイナー・スミス(本名ポール・ラインバーガー)の作品群である。落ち穂と言ってもただの落ち穂ではないことは本誌読者ならとっくにおわかりのはず。本書にも、独特の突き放した口調で語られ、未来の持つ異質な肌ざわりを感じさせる傑作が二編収録されている。
 光子帆船時代に長い期間をかけて宇宙を航行する途中で目覚めさせられてしまった男たちの孤独と狂気、また彼らに目覚めさせられた一人の美少女が如何にして危機的な状況を生き延びたかを描いた「青をこころに、一、二と数えよ」、愛する女性を追って誰も通り抜けたことのない空間(宇宙3)を身一つでくぐり抜け何万光年もの距離を旅した男ランボーの物語「酔いどれ船」、この二編を読むためだけでも十分に本書を購入する価値はあると断言しておこう。とりわけ後者は、ランボーの駆け抜けた宇宙3の神秘的な体験を、アルチュール・ランボーの同題の詩を元にしてめくるめくイメージとともに描き出した、独自の色彩を放つスミスの作品群の中でもイメージ喚起力においては一、二を争う傑作である。
 他には、中国奥地の山に住み西欧文明にあこがれる火星人をユーモラスに描いた「西欧科学はすばらしい」、死者からのメッセージがカセットテープを通じて送られてくる「アンガーヘルム」、「青をこころに」と同じく宇宙空間での孤独と狂気をテーマにして、一人の理想の女性(ナンシー)の幻覚を見ることによって生き延びた男の話「ナンシー」など、シリーズ外の作品もスミスの様々な面を窺わせており、面白く読むことができた。

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『デッドボーイズ』リチャード・コールダー

(1997年1月30日発行/増田まもる訳/トレヴィル/2472円)

 前作『デッドガールズ』で衝撃的な長編デビューを果たしたリチャード・コールダーの第二長編『デッドボーイズ』が刊行された。前作を遥かに上回る過激さ、複雑さを備えた極めて刺激的な作品である。
 自動人形ドールとの性的接触に伴う親の遺伝子改変によって〈デッドガール〉と化した少女プリマヴェラとともにイギリスを脱出しタイへと辿り着いた少年イグナッツであったが、結局はプリマヴェラを失い、保存液の瓶に浸けた彼女の性器を抱えて、退廃的な毎日を過ごしていた。そんなある日、イグナッツに未来の自分の娘であるヴァニティからの連絡が入る。メタという名の自己複製ミームによってひきおこされた精神身体的症状(サイコソマティック)を示すサイコイドの一員である彼女、〈デッドガール〉の一員である彼女は火星のパリに住んでいる。この火星では、〈デッドガール〉が〈デッドボーイ〉ないしはエロヒムと呼ばれる少年たちによって狩られ、残虐な方法で次々と殺されているのだ。そのような現実を変えるためにヴァニティは過去への侵入を図ったのだが、いつしかその行為はメタ自身の時空改変へとつながり、徐々に過去が書き換えられていく。メタの作り出した世界では、イグナッツは火星の〈デッドボーイ〉の一員であるダゴンと同一化され、プリマヴェラはその双子の妹となっていた……。
 というようなストーリーは決して直線的に語られることはなく、断片的かつ痙攣的に語られていく。ぶちまけられたジグソーパズルを組み立てていくような面倒くささはあるけれど、それが謎に満ちた世界を再構築していく面白さにつながっていることは否定できまい。「純粋情報にまで微細化した自己複製ナノウェア」(本書一六一頁)即ちメタが神となって時空を操作するという前作以上にユニークなアイディアも、人類と非人類との境界を無化していくという本シリーズの一貫したテーマをより際立たせている。弾むような勢いのある文体と、血と精液の匂いが漂ってくるかのような過激な性描写が相まって怪しい魅力を放つ問題作である。

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『インフィニティ・リミテッド』J・P・ホーガン

(1997年1月31日発行/内田昌之訳/創元SF文庫/上下各650円)

 ジェイムズ・P・ホーガンの『インフィニティ・リミテッド(上・下)』は、アフリカの第三世界に属する架空の国を舞台にイギリス出身の諜報員が活躍する国際謀略小説である。
 イギリス空軍特殊部隊出身、今は作家という隠れ蓑の元で個人的に諜報活動を続けているバーナード・ファロン。一仕事終えた彼の所に、ズゲンダというアフリカの独立国の国家保安局から、政府当局と内戦を続けている反乱勢力ZRF(ズゲンダ共和戦線)の最高指揮官を暗殺してもらいたいとの依頼があった。その直後、反乱側からも彼に接触があった。ZRFは、逆に、彼らのために保安局内部に潜入して活動してほしいと言うのだ。そこに現れた空軍特殊部隊時代の上司、マーロウ大佐は、自分達が作り上げた新組織〈インフィニティ・リミテッド〉と共に活動しているZRFの勝利のために、この依頼は両方とも引き受けてほしいとファロンに頼む。かくして、見かけは保安局の一員、実は反政府勢力の諜報員という二重スパイとして、ファロンはズゲンダに赴くこととなった。果たして彼の任務は成功するのか……。
 近作で顕著になってきたエスピオナージュ色が本書ではいっそう濃くなり、舞台設定が架空の国であることを除けば、物語の展開は冒険スパイ小説そのもの。敵と味方が入り乱れ、政府側と反乱勢力側とが睨み合ううちに政府側も二つの勢力に分裂し、最終的には三つ巴となってクライマックスへとなだれ込む。裏切りに継ぐ裏切り、密告に継ぐ密告を如何に効果的に描いて読者を楽しませていくかが謀略小説の腕の振るいどころだと思うのであるが、ホーガンの手つきはお世辞にも鮮やかとは言い難い。何だかもたもたしていて、スリルとスピードに欠けている。肝心かなめの〈インフィニティ・リミテッド〉の理念については、「基本的な人間の権利や尊厳を侵害する行為と戦うこと」(上巻九〇頁)を目的とするのはまだ肯けるとしても、経済の自由さえ保証してやれば自由な個人主義が育ち圧政もなくなるという楽天的かつ能天気な考え方には(ホーガンの作品には毎度のこととは言え)、その余りの単純さにあきれ果ててしまう。「どんな主義や信条にも忠誠を誓うことはない」と言いながら、資金を裕福な資本家に頼って何ら恥じることのない〈インフィニティ・リミテッド〉も馬鹿だし、それを聞いて「なるほど」と納得して協力を決意するファロンはもっと大馬鹿だ。
 科学に対する盲目的な信頼と愛情が強烈に伝わってくるホーガンのストレートなサイエンス・フィクションの中には好きなものもあるし(『星を継ぐ者』とか)、その魅力を認めるのにやぶさかではないのだが、こうした現実社会を舞台としたリアリティを要求される謀略小説にはホーガンは向いていないのではないだろうかと思わされた。

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