SF Magazine Book Review


1997年度(96年11月〜97年10月)翻訳SF概況

/1998年3月号



@はじめに

Aクロウリー渾身の力作

B古典および巨匠たち

Cサイバーパンクの宴の後に

D注目作概観

Eシリーズもの・その他


@はじめに

 一九九七年度(九六年十一月〜九七年十月)の翻訳SF概況である。星敬氏のリストによれば、ファンタジー・ホラーを合わせた新刊書の総出版点数は一四七点(周辺書、アンソロジー含む)。一昨年度の一八二点、昨年度の一八三点と比べれば、およそ二割減であり、この傾向が来年度も続くのか、それとも持ち直すのかが気になるところではある。全体の点数減少に伴って、出版社別点数も、早川四四点(昨年度五五点)、創元六点(一六点)、角川一二点(一二点)、扶桑社六点(九点)、文春六点(七点)と数を減らしているところが多かった。特に創元はSF文庫の新刊はわずか三点のみという少なさで、毎月出してくれとは言わないが、せめて二ヶ月に一度は生きがいい新刊を読みたいものである。ハヤカワの文庫SF新刊(シリーズものを除く)も二一点から一四点に減っており、他社がホラーやノヴェライゼーションを主体とした刊行方針を取っていることを考えあわせれば、早川と創元の頑張りがそのまま翻訳SF界の活況に結びついていることは三〇年前と何ら変わりはないわけで、特に来年度は点数面での創元の奮起を期待したい。
 さて、内容の方は、新人の意欲作から中堅・ベテランの話題作まで、幅広く紹介がなされ、例年同様バラエティ豊かな一年であったと言える。

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Aクロウリー渾身の力作

 鶴田謙二の傑作漫画『Spirit of Wonder』の中に、アルファ・ケンタウリまで四・三光年の旅を瞬時に終えてしまう話がある。身体を四・三光年分巨大化し、向こう側で元に戻してやればそれでもう着いてしまうのだ。科学的に可能なのかどうかは置いておくとして(かなり怪しいとは思う)、宇宙の広がりと人間の小ささを一瞬逆転して見せたときの頭がクラクラするような感覚は存分に味わえる。かねてより名のみ高かったジョン・クロウリーの八二年度世界幻想文学大賞受賞作『リトル、ビッグ』がついに訳されたが、その中にあったこんな一節を読んで、その感覚を思い出してしまった。「デイリィ・アリスには自分の身体が大きいようにも小さいようにも感じられた。この星を鏤めた宇宙全体を包含してしまうほど自分の頭が大きいのかしら、それとも、人間の自分の頭の広さに収まってしまうほど宇宙のほうが小さいのかしらと彼女は首を傾げた。」(T・二四一頁)もちろん、妖精の世界と人間の世界との侵犯を、ある一家の六代にも渡る年代記の形をとって描き出した本書はジャンルとしてはファンタジイに入るのだろうが、至るところに最良のSFが持つ視点の相対化による驚きが満ち溢れている。タイトルの「リトル、ビッグ」とは、妖精と人間、田舎と都会、小宇宙と大宇宙など様々な対立を表している。何か運命的な出来事が起きる度に、登場人物たちが「これは物語の一部なの?」と問いかける場面が目につくが、本書は、物語の中の登場人物が辿る不可思議な人生と現実の人生とを対比して等価にしてみせた一種の全体小説として読むことができると個人的には感じた。濃密な文体と場面転換を多用した巧みなストーリー展開も出色の出来であり、ジャンルを超えて様々な捉え方ができる重層的かつ意欲的な作品として高く評価すべきであろう。

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B古典および巨匠たち

 九五年に『タイム・マシン』誕生百年を迎え、ここ数年関心が高まっていたウェルズであるが、本年度はサンリオSF文庫から出版されていた『解放された世界』が新訳で岩波文庫に収録された。ヴェルヌも同様に岩波文庫に『地底世界』が収録されている。
 SFの黄金時代を作り出したビッグ3のうち、唯一生存しているクラークは、ついに《オデッセイ》シリーズの完結篇『三〇〇一年終局への旅』を刊行するなど、老いてますます意気盛んである。ディスカバリー号の副長プールが三〇〇一年の世界で蘇生され、惑星のテラフォーミングを行ったり人間の一生をディスクに保存したりする技術を発達させた驚異の未来社会を見聞した後、再び木星への旅を行うといった内容で、未来社会の現実感溢れる卓越した描写にクラークらしさを感じることができる。『宇宙のランデヴー』がWindows対応のゲームとなって発売されるなど、クラークの周辺は相変わらず賑やかなようだ。アシモフとハインラインについては、再刊がそれぞれ二点と一点刊行されるにとどまった。
 本年度の概況で特筆すべきは、ル・グィン久々の翻訳SFが一挙に二点刊行されたことだろう。八〇年代のル・グィンを代表する長編『オールウェイズ・カミングホーム』と、主に九〇年代に発表された作品を収めた短編集『内海の漁師』である。前者は、二万年後の北カリフォリニアで暮らす人々の姿を、さらに未来の考古学者が、神話、伝承物語、詩、戯曲など様々な技法を使って描き出すというユニークな形式を取っている。北米原住民を連想させる未来の共同体の姿が多角的に浮かび上がり、一種の理想主義的な共同体を描いているとともに、小説パートの女性主人公が苦難を経ながらも成長していく物語も同時に楽しめるという複合的な作品となっていることに特色がある。後者は、軽いユーモア物から、傑作『闇の左手』をその中に含む《ハイニッシュ・ユニヴァース》シリーズの新作まで、幅広い作風が存分に味わえる作品集である。経験の解釈の多様性を扱った「ショービーズ・ストーリー」や「踊ってガナムへ」も読み応えがあるが、物質の瞬間移動を可能とするチャーテン理論をもとにして、ウラシマ効果とタイムトラベルを組み合わせたラヴストーリー「もうひとつの物語――もしくは、内海の漁師」が特に印象に残った。
 コードウェイナー・スミスの未訳作品紹介も順調に進み、《人類補完機構》シリーズ九編とそれ以外の短編五編を含んだ短編集『第81Q戦争』が刊行された。作者一四歳時の幻の作品「第81Q戦争」を初め、未来史年表でも初期の小品が多いが、その中では、長期間の宇宙旅行中に狂気に取りつかれた男たちに目覚めさせられた美少女が如何にして危機的状況を脱したかを描いた「青をこころに、一、二と数えよ」と、愛する女性を追って誰も通り抜けたことのない空間を身一つでくぐり抜けた男の神秘的な体験をめくるめく文体で描き出した「酔いどれ船」の二つが抜きん出た傑作。未来の持つ異質な肌触りを感じさせる独特の語り口は相変わらずである。別名義で書かれた普通小説三冊を除けば未訳はあと一冊。一刻も早い刊行を望む。

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Cサイバーパンクの宴の後に

 本年度の概況でもう一つ特筆すべきなのは、ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングというかつてのサイバーパンク運動を実践(ギブスン)と理論(スターリング)で支えた両雄の最新作が揃って刊行されたことだろう。
 ギブスンの『あいどる』は、前作『ヴァーチャル・ライト』と同様な設定の近未来を舞台にして新たな電脳都市文学を切り開いた意欲作。ロックバンドのメンバーがヴァーチャル・アイドルの投影麗と結婚するという噂の真偽を確かめるため、一人の少女が大震災後の再建が進む東京にやって来る場面から始まって、一つの都市を建設する力を持つナノテク・アセンブラの行方を巡って様々な登場人物が交錯していき、一同に会するクライマックスへと辿り着く。ストーリー展開そのものよりも、本書においては、むしろドラマの背景にある実際の都市空間やヴァーチャルな都市空間のディテール描写が何よりも楽しめる。コラージュ・アーティストとしてのギブスンの腕は相変わらず冴え渡っているようだ。
 スターリングの『グローバルヘッド』は、一九八五年から九一年にかけて書かれた十三の中短編をまとめた作品集。スプートニクの成功に沸くソ連でKGBの主人公が科学者とともにツングースカへ行き、宇宙から来た星間エンジンを入手する「宇宙への飛翔」、イスラームの科学者が作り出した人工知能がアッラーへの信仰を得々として語りだす「あわれみ深くデジタルなる」などに見られるように、スターリングは、どうしてもアメリカを中心とした展開に陥りやすいSFの中で、幅広い視野のもと、ソ連やイスラム社会に生きる人々の姿を鮮やかに描き出す。様々な国家と文化を相対化して描いた本書は、狭い意味での人種の文学ではなく、まさしくグローバルな人類の文学としてのSFの可能性を示していると言えるだろう。ギブスンとスターリング、両者の作品は、あの狂乱的なサイバーパンク・ムーヴメントの宴の後で、やはり本物だけが生き残るのだという事実を我々に教えてくれている。

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D注目作概観

 後は、中堅、新人とりまとめて、注目作を概観していきたい。
 宇宙を舞台にした本格SFとしては、火星の太陽系からの独立という壮大な物語を架空の物理理論をもとにリアルに描き出したグレッグ・ベアの『火星転移』や、有機生命と機械生命との対立を描くシリーズの最終巻であるグレゴリイ・ベンフォードの『輝く永遠への航海』、『ヴァーチャル・ガール』で評判を呼んだ新鋭エイミー・トムスンが、皮膚の体色を変化させてコミュニケーションを行うエイリアンとのファースト・コンタクトを描いた『緑の少女』などが挙げられる。ベアはもう一作、二〇四七年のLAで起きた大量殺人事件の犯人の精神世界に女刑事が入り込んで捜査を行うというサイコホラーSF『女王天使』も刊行され、作風の幅広さを印象づけた感がある。また、本格とは言い難いが、イアン・マクドナルドの処女作にして世評の高い『火星夜想曲』は、テラフォーミングの進む火星で一つの町が作られ、様々な階層の人々が集まり、鉄道会社とテロリストと議会派が抗争を始め、ついにはその町が消えてしまうまでをマジック・リアリズム的な文体で寓話的に描いた傑作。『リトル、ビッグ』と同様に様々な解釈を読者に許す多層的な作品である。ニーヴン&パーネル&フリンの『天使墜落』は、宇宙開発が禁じられた未来社会で不時着した宇宙飛行士をSFファンが無事助け出し宇宙に帰してやろうとする楽しい物語。ジョン・バーンズの『大暴風』は、一見、ハリケーンの異常発生から人々を如何に救い出すかというパニック小説の趣なのだが、結末に至って、太陽系内惑星のテラフォーミングが千年以内に実現する可能性が語られ、一転本格宇宙小説の結構を示してみせた力作。イアン・バンクスの『フィアサム・エンジン』は、遥かな未来、衰退した地球に近づく暗黒星雲から逃れるための方策を探る人々の姿を描いた本格SFである。国王が統治する中世風の現実世界と一種の電脳空間であるクリプトスフィアとの対比も面白く、人類の再生を描いたスケールの大きな傑作となっている。日本での人気も高いロバート・J・ソウヤーのネビュラ賞受賞作『ターミナル・エクスペリメント』は、スーパー脳波計の発明によって「魂」の実在を図らずも証明した男が、死後の世界を探るために作り出した人工知能の犯罪を止めようとするというサスペンスフルな作品。リチャード・コールダーの『デッドボーイズ』は、前作『デッドガールズ』の続編。保存液に浸された性器だけの存在と変わり果てた少女プリマヴェラを抱えて退廃的に暮らしていたイグナッツのもとに「純粋情報にまで微細化した自己複製ナノウェア」であるメタが時空を超えた介入を図るという物語が過激に且つ複雑に語られていく。ジェフ・ヌーン『花粉戦争』も、前作『ヴァート』の続編であるが、連続性は薄い。花粉症が蔓延するマンチェスターで、ヴァート世界の支配者と現実世界の人間たちが死闘を繰り広げる。ダン・シモンズ『うつろな男』は、人の心を読むことができるテレパスと障害者の少年との触れ合いとカオス理論を基にした平行宇宙論を結びつけてコンパクトにまとめた美しい作品。J・P・ホーガンの『インフィニティ・リミテッド』は、アフリカの架空の国で諜報員が活躍する冒険スパイ小説。ベストセラー『リプレイ』の作者ケン・グリムウッドの『ディープ・ブルー』は、幼い頃にイルカと運命的な出会いを果たした四人の男女が人類とイルカとの新しい未来を開く心温まる物語。映画『ロスト・ワールド』公開に影響されたのか、二一六二年にタイム・マシンを発明した男が、誤って八千万年過去へ飛ばされ、白亜紀の恐竜とともに生きることになるというジョージ・ゲイロード・シンプソン『恐竜と生きた男』や、現代に生き残った恐竜と人間との闘いを描いたスティーヴ・オルテン『メグ』など、恐竜物もよく刊行された。

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Eシリーズもの・その他

 L・M・ビジョルドの人気シリーズ《マイルズ・ヴォルコシガン》は、マイルズの両親の出会いを描く『名誉のかけら』を刊行。青年士官候補生の成長を描いたD・ファインタック《銀河の荒鷲シーフォート》が好調なスタートを切り、『大いなる旅立ち』『チャレンジャーの死闘』の二冊を刊行した。大河シリーズ《チョンクオ風雲録》は、順調に十二、十三巻を刊行した。特別編の公開に合わせたためか、映画「スター・ウォーズ」のノヴェライゼーションが何と一二点も刊行されている。
 境界作品では、それまでの作品の集大成とも言うべき第四長編『Xのアーチ』と処女長編『彷徨う日々』の二冊が一気に刊行されたS・エリクスンが何といっても飛び抜けている。非英語圏の作品は、ストルガツキイ兄弟が二〇年近くに渡って書き続けてきたライフワーク的な作品『滅びの都』がついに刊行されたぐらいで、翻訳状況としては少し寂しいものがある。注目すべきノヴェライゼーションとしては、テリー・ビッスンによる『フィフス・エレメント』があった。

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作品名インデックス

作者名インデックス



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