SF Magazine Book Review

1995年度(94年11月〜95年10月)翻訳SF概況

/1996年2月号


1 リストを眺めて

2 シモンズ・パワー爆発

3 マキャフリイ・パワーも爆発

4 九五年度総まくり

5 初登場作家に注目

6 シリーズもの

7 その他


 戦後五〇年を迎えたわが国の一九九五年は、一月の阪神大震災に始まり、オウム騒動に明け暮れた激動の年であったと長く人々の間に記憶されることだろう。
 海外SF出版においてはどうだったかと言うと、大作・話題作が多く、ここ数年の中でもなかなかのレベルであったのではないだろうか。ただし、数の上で見ると、総数はともかくとしてプロパーSFはますます減少の一途を辿り今後の展開に不安が残る。以下、具体的に見ていこう。

1 リストを眺めて

 九五年度(九四年一一月〜九五年一〇月)の翻訳SF点数(ファンタジイ、ホラー含む)は一八二点。九四年度が一一カ月分で一四七点、九三年度が一二カ月分で二〇六点であるから、まずは例年並である。このうち出版社別に見ると、早川五二点、創元一四点、角川一三点、文春、扶桑社ともに九点というのが主だった所。今年で創業五〇周年を迎えた早川書房の圧倒的優位は崩れていない。しかしその中核をなすはずの文庫SFが、今一つ生彩がなかったように思う。実際に点数を比較してみると、九二年度には二八冊あった文庫SF新刊(ローダン、スタトレ、再刊を除く)が今年度は一四冊しかない! 実に半数近くに減っているのである。ハードカバーの数を入れれば二〇冊は超えるとは言うものの、いささか少なすぎるのでは……。二位の創元はどうかと言うと、SF文庫のみの点数では九三年度六点、九四年度一〇点、九五年度八点と、ほぼ変わらず。しかしここでもシリーズものに頼っている現状は指摘できるわけで、シリーズものと再刊を除くと新刊SFは三冊しかない! 量より質で勝負という考え方もあるけれど、来年度はどちらももう少し点数を増やしてもらいたいものである。
 角川書店はノヴェライゼーションと、意欲的なハードカバー出版で点数を伸ばした。文芸春秋社、及び扶桑社はともにホラー系統に強いため点数が伸びているが、本格SFとしては文春の《チョンクオ風雲録》を数えるのみである。出版社別概観はこれぐらいにして、以下内容別概観に移ろう。

ページの先頭に戻る


2 シモンズ・パワー爆発

 今年度の目玉は、何と言ってもダン・シモンズであった。銀河系全体を揺るがす宇宙間戦争が始まろうとする中、それぞれの運命を背負って惑星ハイペリオンへの巡礼の旅を行う人々の姿を六つの枠物語の形で綴る『ハイペリオン』、その続編で、新たな主人公の視点から前作を見直し、数々の謎に全て解決を与えた『ハイペリオンの没落』という壮大かつ華麗なSF叙事詩二部作を始め、人の精神を操るマインド・ヴァンパイアと人間との壮絶な死闘を描いた力作ホラー『謀殺のチェスゲーム』、イリノイ州の架空の町を舞台に子供達が体験する一夏の物語『サマー・オブ・ナイト』、吸血鬼一族によってわが子を奪われた女医がルーマニアへと向かい、これまた死闘を繰り広げる『夜の子供たち』、バラエティ豊かな短編集『愛死』の六点を刊行。これまで一冊しか邦訳がなかったシモンズの全貌が一挙に明らかになった。それにしてもたった一年でほとんどの著作が紹介されるとはつくづくシモンズも幸せ者である。ジャンルはホラー、SF、ファンタジイと様々だが、通して読んでみると、異界のもの(ヴァンパイア、神に近づいた人工知性など)に対する人間側からの反抗というテーマがよりくっきりと浮かびあがってきて興味深い。また、本質的にはシモンズはアクション作家であり、テンポの速い活劇を描かせればピカ一の腕前を持っているとも感じた。しかし、『ハイペリオン』二部作に限って言えば、テーマや活劇の面白さだけが読者の心を掴んだわけではない。SFの醍醐味ってのはこれなんだ、という既視感を体験させてくれるディテール豊かで拡がりのある物語世界が、おそらく『ハイペリオン』二部作が読者を引きつけて止まぬ最大の要因であろう。こうしたヒューマニズムに裏打ちされたアクションの巧さ、スケールの壮大さを取りあえずシモンズの特色として挙げておきたいが、今後の紹介(特にPhases of GravityやThe Hollow Man)によってその印象がどう変わるかが楽しみでもある。

ページの先頭に戻る


3 マキャフリイ・パワーも爆発

 もう一人、点数で言えば負けていないのがアン・マキャフリイである。合作を含めて全部で七点。障害を負った身体を宇宙船と接続した〈頭脳船〉と、〈筋肉〉と呼ばれる乗員とがコンビを組んで活躍する《歌う船》シリーズからは『旅立つ船』『戦う都市』『友なる船』『魔法の船』の四冊(それぞれ新人作家との共作)が、竜が生息する惑星パーンの一大年代記である《パーンの竜騎士》からは正編の第七巻『竜の反逆者』が、銀河全体に人類が広がった時代を背景にして強大な超能力を持つ一族を描いた《九星系連盟》からはローワンの娘ダミアを主人公とした『青い瞳のダミア』が、その前史に当たる《ペガサス》二部作からは一冊目『ペガサスに乗る』が、それぞれ刊行されている。全てがシリーズものというのも凄いと思うが、四一冊のSF・ファンタジイ長編(九五年現在。本誌十月号〈マキャフリイ特集〉より)のうち、シリーズ外は四冊しかないのだから、まあ無理もない。マキャフリイの特色はと言えば、たとえ脳と機械とのサイバネティクスな結合を扱ったり、緻密に練り上げられた異世界を舞台にしていたとしても、結局はそのアイディアや舞台設定を展開させていく方向ではなく、そのまま止めておいて、後はキャラクターを描くことに専念するという、その小説作法にあると言える。キャラクター重視の方向性は間違っているわけではないし、実際に読めばそれなりに楽しく読むことはできるのだが、SFならではの魅力をもっともっとマキャフリイには打ち出してもらいたいとも思う。

ページの先頭に戻る


4 九五年度総まくり

 後は思いつくままに作品を挙げていこう。タイム・マシン誕生百周年を迎えた今年度であるが、タイムトラベルものとしては、歴史改変をもくろむ〈称揚主義者〉とタイム・パトロール員との手に汗握る戦いを名手ポール・アンダースンが描いた『時間線の迷路』、二一世紀から歴史研究のため中世ヨーロッパにタイムトラベルした女子学生の運命をコニー・ウィリスが雄大な筆致で描いて見事ヒューゴー、ネビュラ両賞受賞に輝く『ドゥームズデイ・ブック』があった。レイ・ファラディ・ネルスンの『ブレイクの飛翔』も一種のタイムトラベルものと言えなくはないが、余りにもブレイク個人のヴィジョンにこだわり過ぎて飛翔感に欠けてしまったようだ。
 気鋭の新人リチャード・コールダーによる長編第一作『デッドガールズ』は、ヴァンパイアならぬ機械人形が男性との性的接触を通じて娘たちをドールと呼ばれる機械人形に化してしまうという、かなりひねった形ではあるが吸血鬼のイメージを巧妙に取り入れることによって、最新のナノテクSFと伝統的ホラーとの結合を果たしている。
 純粋な宇宙SFとしては、奇才ビッスンが火星への旅をユーモラスに描いた『赤い惑星への航海』、『天の筏』に続いて新鋭バクスターが放つハードSF第二弾『時間的無限大』、巨匠クラークとリーの合作で巨大な宇宙建築物ラーマの中に入り込んだ家族の運命を辿るシリーズ完結編『宇宙のランデヴー4』などが挙げられる。特に『時間的無限大』は、ワームホールを利用したタイムトラベル、皮膚製船殻を持った巨大な生体宇宙船スプラインなどといったハードなアイディアと、一千万年後の宇宙の黄昏までを独自の未来史に沿って描く壮大なストーリーとが相まってバクスターの魅力を余すところなく伝えている。
 ギブスンが大地震によって崩壊したサンフランシスコのベイ・ブリッジを舞台に仮想視覚サングラスの争奪戦を描いて新境地を開いた『ヴァーチャル・ライト』、ホーガンが冷戦崩壊後の世界でのスパイ戦を多重人格と絡めて描いたアクションSF『マルチプレックス・マン』なども話題作として挙げることができるだろう。

ページの先頭に戻る


5 初登場作家に注目

 本邦長編初訳を果たした中で注目すべき作家を挙げていく。三部作を中心に著書多数、別名義のミステリーでは既に邦訳がある女流人気作家シェリ・S・テッパーは、五歳になると男性は出て行き女性ばかりが残される未来社会を描いた『女の国の門』でSF初紹介。本書ではかなり辛辣な男性性批判を展開している。濃密な文体とマジック・リアリズムを意識した手法で独特の幻想世界を造り上げているのがイアン・マクドナルドの『黎明の王 白昼の女王』。まずはファンタジイからの紹介となったが、私見では、この作者の本領はSFにあり。SF版『百年の孤独』と言われるデビュー作Desolation Roadの一刻も早い翻訳を望みたい。ジェフ・ライマンの『夢の終わりに…』は、『オズの魔法使い』の主人公ドロシーに実在のモデルがいたとしたら……というユニークな設定のもとで架空の人物の一生を辿る。物語のトーンの暗さ、重さがリアリティを支える力作である。ロバート・チャールズ・ウィルスンの『世界の秘密の扉』は、ストレートな物語展開で迫る異世界もの。軽い感じで一気に読めるのは作者の持ち味ゆえだろう。ピエール・ウーレットのデビュー作『デウス・マシーン』は、ヒトDNAのイントロン(無意味な配列)に隠された暗号と人工知能を結びつけた骨太のSFスリラーで、なかなか読ませる。マーク・ジェイコブスンのこれもデビュー作『GOJIRO』は、孤島に棲む怪獣ゴジロと少年の友情を軸に相対性理論、核問題など様々な要素をぶち込んでゴッタ煮にした怪作。カルト・フィクションとして米国での評価が高いのも頷ける出来映えだ。ドラキュラ伯爵が勝利を治めた架空の世界を見事に創造してみせたキム・ニューマンの『ドラキュラ紀元』も話題を呼んだ一冊である。

ページの先頭に戻る


6 シリーズもの

 既に挙げたもの以外で主なシリーズもの作品としては、お馴染み《宇宙英雄ローダン》《新宇宙大作戦》を除くと、カードがデビュー時から書き継いできた《ワーシング年代記》全二巻、アシモフの遺作となった《ファウンデーション》シリーズ第七巻『ファウンデーションの誕生』、冴えない宇宙商人と好青年のコンビが活躍するJ・C・ファウストの《エンジェルズ・ラック》三部作、ワトスンの奇想が炸裂した《黒き流れ》の最終巻『存在の書』などが挙げられる。特筆すべきは、やはりカードの《ワーシング年代記》だろう。ソメックと呼ばれる冷凍睡眠が普及した世界で長い眠りにつき一つの惑星の成長を見守ることになった男とその惑星の物語は作者の原点とも言うべき瑞々しさをたたえている。また、全一六巻予定のD・ウィングローヴ《チョンクオ風雲録》は、順調に七〜九巻を刊行。中国が支配する一大地球帝国の崩壊を雄大なスケールで描く大河SFドラマである。

ページの先頭に戻る


7 その他

 英米圏以外のSFとして、地球人が異星の戦争で傷ついた青年を救うストルガツキー兄弟の『地獄から来た青年』(露)、蟻の生態を克明に再現してみせたベルナール・ウエルベルの『蟻』、百年ぶりに発見されたヴェルヌの新作『二〇世紀のパリ』(ともに仏)などがある。境界作品としては、ポール・オースター『最後の物たちの国で』、ミロラド・パヴィチ『風の裏側』、カレン・テイ・ヤマシタ『熱帯雨林の彼方へ』、ニコルソン・ベイカー『フェルマータ』などが注目作。最後に、奇才ルーディ・ラッカーの日本オリジナル短編集『ラッカー奇想博覧会』は、奇想SF作家の本領を発揮した「慣性」「自分を食べた男」などの名短編に日本旅行記を加えたお買い得な一冊。ラッカー・ファンならずとも必読である。


作品名インデックス

作者名インデックス


Back to SFM Book Review Homepage