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2001年2月号

『過ぎ去りし日々の光(上・下)』A・C・クラーク&S・バクスター

『天界を翔ける夢』デニス・ダンヴァーズ

『すばらしき友LINGO』ジム・メニック

『ファウンデーションと混沌』グレッグ・ベア

『二十世紀SF@一九四〇年代 星ねずみ』中村融・山岸真編

『ハッカー/十三の事件』J・ダン&G・ドゾワ編


『過ぎ去りし日々の光(上・下)』A・C・クラーク&S・バクスター

(2000年12月31日発行/冬川亘訳/ハヤカワ文庫SF/上下各660円)

 新旧の英国ハードSF作家が手を組んで、今は亡き英国SF作家ボブ・ショウにオマージュを捧げた新作を書き上げた、と言ったらSFファンなら誰でも読みたくなると思う。A・C・クラーク&スティーヴン・バクスターの『過ぎ去りし日々の光(上・下)』は、その期待を裏切らない、素晴らしい出来映えの傑作ハードSFである。

 二〇三五年、最先端の科学技術を扱うアワワールド社社長であり大富豪のハイラム・パターソンは、原子核のさらに奥深く、空間と時間が解けあう量子泡(クォンタム・フォーム)に存在するワームホールを自由に操るテクノロジーの開発に成功した。ワームホールをリンクすれば、光速よりも速く信号を送受信することが出来る。ハイラムは、早速オックスフォード大で物理学を教えている息子ダヴィッドを呼び寄せ、ワームホールの安定化と可視光線を通す技術開発を命じる。苦難に満ちた実験の結果、ついにダヴィッドは開発に成功。それは、あらゆる光、あらゆる映像を時空を超えて運んでくることが出来るカメラ、ワームカムの誕生した瞬間でもあった。

 初めは固定撮影しか出来なかったワームカムが、やがて移動撮影可能になり、視点を上昇させて高速道路や高層ビルを見下ろし、ついには宇宙空間へと飛び出していく場面は、物語前半のクライマックスと言えるだろう。こうした場面を読むと、最新科学に基づく驚きの感覚に満ちたイメージの奔流こそが、クラークからバクスターへと確実に受け継がれているハードSFの真髄であることがよくわかる。本書の後半では、最新の量子論だけでなく、生命の起源にまつわる考古学及び進化論に関する最新知見を基にした、更にすさまじいイメージの奔流が描かれているので、じっくりと堪能してほしい。ああ、SFを読んできて良かったと思える至福の瞬間が、ここにある。

 タイムマシン以来、SFというジャンルは魅力的な小道具をジャンル内で繰り返し消費し、新たな可能性を探ることによって様々な作品を生み出してきた。そのような小道具の一つがボブ・ショウ『去りにし日々、今ひとたびの幻』(サンリオSF文庫)に登場するスロー・ガラスであることは言うまでもない。光が通り抜けるのに長い時間を要するガラスという卓抜なアイディアは、近作では、A・マシューズ『ウィーンの血』にもさりげなく登場していた。過去の光を取り出すことはできるが未来の光は現在に運んで来られないというワームカムの特色や、ワームカムが現実社会に与える影響を深く考察している点において、本書はボブ・ショウ作品と共鳴している。また、時空を超えて映像を運ぶ機械というアイディアの先行作品は数多くあるが、筆者がまず連想したのはT・L・シャーレッドの「努力」(四七年、本誌二二二号)であった。この作品は歴史上の偉人や戦争を映画に撮って発表するといった内容の中編であるが、ワームカムによってイエス・キリストのドキュメンタリーを作成する本書の一場面などをこうした先行作品と読み比べることによって、本書のイメージ解像度の高さがいっそう浮き彫りになるのではないかと思う。

 あらゆる技術には二面性がある。ワームカムが汚職の摘発や犯罪防止、海難事故の救助、エネルギー問題の解決など世のため人のために使われる一方で、他人の覗きやプライバシー侵害に使われることもあるというマイナス面を本書はしっかりと描いている。しかし、作者たちは更に一歩進んで、タブーやプライバシーがなくなった社会で人々がどう変化するかまでを描いているのだ。そこには単純な二元論を超えた未来社会への鋭い洞察があると言えるだろう。他にも、マインズ・アイと呼ばれるヴァーチャル・リアリティ技術の発達や、五百年後に起きる彗星《にがよもぎ(ワームウッド)》の地球への衝突が社会に与える影響、ハイラム親子に生じる確執など、多くのアイディアやドラマが盛り込まれた本書は、必ずや未来のクラシックとして読み継がれていくに違いない。

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『天界を翔ける夢』デニス・ダンヴァーズ

(2000年11月30日発行/川副智子訳/ハヤカワ文庫SF/960円)

 本邦初紹介となる作家デニス・ダンヴァーズの『天界を翔ける夢』は、現実世界と仮想空間に隔てられた男女の恋を描くラヴ・ロマンスである。二〇五〇年、現実世界とそっくりでありながら、病気と暴力と死だけが存在しない理想の仮想空間〈ビン〉が稼動を開始し、五十万人が移住した。三十年後には、ほとんどの人々が〈ビン〉に移住し、現実世界にはわずかな人々が残って暮らすのみであった。主人公ネモは〈ビン〉に住む両親を訪ねた際に出会った女性ジャスティンと恋におちる。彼女はネモの好きな過去のミュージシャン、エイミー・マンにそっくりだったのだ。彼女と暮らすためには現実の肉体を捨てて完全に〈ビン〉に移住しなければならない。現実を捨てるべきか否かで悩むネモの葛藤に、仮想空間の破壊を目論む地下組織の暗躍、祖母の日記に秘められた驚くべき真実などが絡まり、物語は一気にクライマックスまで進んでいく。本書は、簡潔な文章、ストレートな構成で読みやすく、はらはらしながら読み終えた後にちょっぴり愛と死について考え込まされる、良質の娯楽作となっている。仮想空間から現実を逆訪問するリアルモードという着想が、目新しくて良かった。

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『すばらしき友LINGO』ジム・メニック

(2000年11月30日発行/富永和子訳/ハヤカワ文庫NV/940円)

 ジム・メニック『すばらしき友LINGO』は、プログラマーが作った単純な自己学習型プログラム〈リンゴ〉が、TVや電話網と接続することによって飛躍的に知識を増やし、ついには知性を獲得するという人工知能の誕生と発展、そして消滅までを描いた物語である。原書刊行は九一年であるから、MS−DOSとコマンド・プロンプト全盛の頃だ。パソコン通信やインターネットがまだ一般的ではなかった当時において、プログラムが電話網を通じてメモリに常駐したり、ハッキングをしたりして拡張していく過程は結構スリリングなものがあったと思うが、さすがに今読むと多少の古めかしさは拭い去れない。本書では、むしろ、物語の後半で知性を獲得した〈リンゴ〉があらゆる人々とコンタクトをとって人生に処するアドバイスを授けたり、腹話術人形の姿を借りてTVに出演し大統領に立候補する、といったユーモラスな場面を楽しんだ方がいいだろう。蛇足であるが、コンピュータ用語の訳にはもう少し気をつけてほしかった。

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『ファウンデーションと混沌』グレッグ・ベア

(2000年11月15日発行/矢口悟訳/早川書房/2200円)

 グレッグ・ベア『ファウンデーションと混沌』は、ハードSF作家三人が書き継いだ〈新・銀河帝国興亡史〉の第二巻。ベンフォードの第一巻がハリ・セルダンと政敵の攻防を中心にしていたのに対し、本書ではロボットの派閥争いが中心に描かれている。人類全体の利益を最優先するダニール・オリヴォーらジスカルド派と、人類の自由意志を尊重するキャルビン派との対立に、第一巻に登場した模造人格や、後に第二ファウンデーションを建設することになる精神感応力者らが絡んで、物語は複雑な様相を呈していく。本書の結末で一応の決着はついたものの、まだ〈セルダン計画〉は完成に至っていない。ブリンによる最終巻が楽しみである。

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『二十世紀SF@一九四〇年代 星ねずみ』中村融・山岸真編

(2000年11月2日発行/小尾芙佐・他訳/河出文庫/950円)

 アンソロジー快進撃の今年を締めくくる、究極のSFアンソロジーがついに登場した。中村融・山岸真編の『二十世紀SF@一九四〇年代 星ねずみ』は、現代SFの基礎を〈アスタウンディング〉誌全盛の四〇年代に置き、十年ごとに各時代の代表短編を集めた時代別アンソロジーの第一巻。本書に収められたのは、アシモフ、クラーク、ハインライン御三家の代表作に、ブラウン、スタージョンら短編巧者の傑作を加えた十一篇。うち六篇が新訳である。中村融氏の詳細な解説も含めて、十分購入の価値あり。かつての福島正実編アンソロジーが果たしたような、SF入門書的な役割も期待されるところだ。

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『ハッカー/十三の事件』J・ダン&G・ドゾワ編

(2000年11月30日発行/浅倉久志・他訳/扶桑社ミステリー文庫/781円)

 J・ダン&G・ドゾワ編の邦訳四冊目となるアンソロジー『ハッカー/十三の事件』は、コンピュータと犯罪を扱ったSF十三篇を集めている。ギブスン、スターリングらサイバーパンク派の八〇年代作品が多いのは当然だが、イーガンやニール・スティーヴンスンといった新しい作家の作品も収録している。とりわけ一卵性双生児の悲劇を扱ったイーガン作品が、個人的には印象に残った。

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