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2000年10月号

『ウィーンの血』エイドリアン・マシューズ

『隠し部屋を査察して』エリック・マコーマック

『パヴァーヌ』キース・ロバーツ


『ウィーンの血』エイドリアン・マシューズ

(2000年7月31日発行/嶋田洋一訳/ハヤカワ文庫NV/900円)

 本年度英国推理作家協会賞を受賞したエイドリアン・マシューズ『ウィーンの血』は、近未来のウィーンを舞台にして遺伝子工学の恐ろしさを描くSFミステリ。二〇二六年冬、ジャーナリストの主人公シャーキーは偶然知り合ったコンピュータ・マニアの若者レオが交通事故で死んだことをレオの妻から知らされる。彼女にレオの死は他殺ではないかと聞かされたシャーキーは、調査を進めるうちに、レオと妻の出生に関わる重大な秘密を突き止めるが……。物語の骨格は謎解きを主眼とした本格ミステリそのものだが、スローガラス、メタヴァースなど過去のSFに登場する小道具をさりげなく使用してみせたり、豊富な知識と濃密な描写を通じて近未来のウィーンを立体的に浮かび上がらせたりする巧みな手腕は、むしろSFファン向けであろう。ヒトクローンと人工受精を扱ったメインアイディアには無理がなく、遺伝子工学による人種鑑定が人種差別になりかねない点にもきちんと警鐘を鳴らしている。ミステリとしてもSFとしても読み応えのある作品だ。

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『隠し部屋を査察して』エリック・マコーマック

(2000年7月25日発行/増田まもる訳/東京創元社/1900円)

 エリック・マコーマックの第一短編集『隠し部屋を査察して』は、六年前に刊行されて評判となり本欄でも取り上げたことがある処女長編『パラダイス・モーテル』に続く二冊目の邦訳となる。マコーマックの短編と言えば、九年ほど前に訳された「『帯』の道」(本書では「刈り跡」と改題)の印象が強烈に残っていたので、かなり期待して本書を読んだのだが、果たしてその期待は裏切られなかった。想像力を存分に働かせて、途方もない発想やグロテスクな奇想、よじれたシチュエーションを描き出すマコーマックのアイディアの豊かさは、ミルハウザーやエリクソンなど同系統のスリップストリーム作家の中でもやはり群を抜いている。とりわけ、ある日突然幅百メートル、深さ三十メートルの溝が時速千六百キロで世界を削り取っていく「刈り跡」、七台の車両のそれぞれに森、大河、大海原、ジャングルなどの世界が収まっているとういう奇抜な着想が光る「庭園列車 第二部:機械」、自分が作り上げた鉄道模型の世界に男が入り込んでしまう「趣味」の三編は、SFファンなら魅力を感ぜずにはいられない作品だろう。

 もちろん、マコーマックの魅力はアイディアだけにあるのではない。こうしたSF味の強い作品であっても、世界を客体として認識する物理法則ではなく、悪夢の中に読者が入り込んでしまったかのような気分を味わわせる、言わば夢の文法に従って物語を構築していく、その語り口/騙り口の心地よさにこそ彼の本領は発揮されている。幼い頃自分の妹を豚に食わせてしまった宗教改革者(「海を渡ったノックス」)、四人の子供たちの体内に妻の死体を切り刻んで隠した男(「パタゴニアの悲しい物語」)、地下室に閉じ込められた恐るべき罪を犯した者たち(表題作)など、暗くドロドロした過去を持つ人々を描いても何故かカラッとした雰囲気を彼の作品が漂わせているのは、彼らが自分の悪夢の登場人物に過ぎないことを作者が十分自覚した上でリアルに描き出しているからかもしれない。浮遊感とともに、夢はしばしば強烈な感情を喚起するものだが、「祭り」(本誌四七二号掲載)の不条理さ、結末の悲しさは、本書に描かれた数々の悪夢の中でも特筆すべきものであった。同様に不条理さの際立つ「町の一番長い日」には、服の下にことばを記した紙切れをはさんでがさがさ音をたてる詩人が登場する。この「嘘を愛し、嘘の義務を愛する」詩人とはおそらくマコーマック自身の姿なのだろう。世界と自分との間には「ことば」が必ず介在し、その「ことば」の操り方でいかようにも世界は変幻する。このことを再認識させられた、優れた作品集である。

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『パヴァーヌ』キース・ロバーツ

(2000年7月発行/越智道雄訳/扶桑社/1429円)

 かつてサンリオSF文庫の掉尾を飾ったキース・ロバーツの名作『パヴァーヌ』が再刊されている。カトリックが支配し科学技術が抑制されたイギリスの人々の日常を情感豊かに描き出した架空歴史ものの傑作。未読の方は是非この機会に読んでみてほしい。

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