SF Magazine Book Review



作品名インデックス

作者名インデックス

Back to SFM Book Review Homepage



2000年9月号

『シビュラの目』フィリップ・K・ディック

『銀河おさわがせマネー』ロバート・アスプリン&ピーター・J・ヘック

『巡洋戦艦〈ナイキ〉出撃!(上・下)』デイヴィッド・ウェーバー


『シビュラの目』フィリップ・K・ディック

(2000年6月15日発行/浅倉久志・他訳/ハヤカワ文庫SF/740円)

 五〇年代の作品を中心とした作品集『マイノリティ・レポート』(ハヤカワ文庫SF刊)に続いて刊行されたP・K・ディックの日本オリジナル作品集第二弾『シビュラの目』は、六〇年代の作品が中心となっている。ディックの短編と言うと百二十篇以上はあるのだが、驚いたことにその九割以上は既に翻訳されているし、ベスト短編集も容易に入手可能なものが四冊刊行されている。どうしたって後から出る作品集は落穂拾い的な印象を免れ得ない。しかし、本書に収められた諸作は、習作とみなして切って捨てるには惜しい魅力を持っている。例えば、スーパーコンピュータが太陽系を支配する未来において、コンピュータが故障した場合に大統領としての任務を果たすため待機する男を描いた「待機員」と、その続編「ラグランド・パークをどうする?」には、ニュースクラウンとして絶大な人気を誇る黒人ジム・ブリスキンが登場している。彼は、権力ゲームに明け暮れる非情な登場人物の中では珍しく、人間味溢れる誠実なキャラクターだ。ディック自身も気に入ったと見えて、中編「カンタータ百四十番」では失業者の解消と娼館人工衛星の廃止を謳って大統領選に出馬することになる。『空間亀裂』(未訳)の前半を成すこの中編は本書の中で最も読み応えがあり、完成度も高い。他にも、半生状態となった権力者を描いて『ユービック』を連想させる「宇宙の死者」や、ディック自身が古代ローマ人の生まれ変わりであると語る表題作など興味深い作品が揃った本書は、初心者はもちろん、ある程度ディックを読み込んだ人にも十分楽しめる中級レベルの作品集と言えるだろう。

ページの先頭に戻る


『銀河おさわがせマネー』ロバート・アスプリン&ピーター・J・ヘック

(2000年5月31日発行/斉藤伯好訳/ハヤカワ文庫SF/820円)

 対照的なミリタリーSFが二冊。ロバート・アスプリン&ピーター・J・ヘックの『銀河おさわがせマネー』は、宇宙軍フール大尉の指揮によって、銀河一のダメ集団から優秀な部隊へと変貌を遂げたオメガ中隊の活躍をユーモラスに描いたシリーズの第三弾。今回は、運動能力に優れたネコ型エイリアン三名や、トカゲ型エイリアンの軍事オブザーバー、クァル大尉などの新メンバーも加わって、てんやわんやの大騒ぎ。数々の苦難を乗り越えて新たな任地ランドール星に向かった中隊は、何とそこでアミューズメント・パーク建設に携わることになる……。ヤクザにも一目置かれる日本人スシ、暴走族の過去を持つハリーなど一癖も二癖もあるレギュラー陣を初めとするキャラクターの魅力もさることながら、このシリーズの面白さは、カジノ経営やアミューズメント・パーク建設など、およそ軍隊とは無関係の事柄に中隊を参加させてしまう取り合わせの妙にある。上意下達の規律によるのではなく、個々のやる気を引き出すことによって中隊を一つにまとめていくフール大尉の手法は優れた経営者の発想そのもの。企業経営プラス軍隊ものといった趣の、ユニークなミリタリーSFである。

ページの先頭に戻る


『巡洋戦艦〈ナイキ〉出撃!(上・下)』デイヴィッド・ウェーバー

(2000年6月30日発行/矢口悟訳/ハヤカワ文庫SF/上下各660円)

 デイヴィッド・ウェーバーの『巡洋戦艦〈ナイキ〉出撃!(上・下)』は、銀河の小国マンティコア航宙軍宙佐オナー・ハリントンの活躍を描いた人気シリーズの第三作。前二作は強国ヘイヴン人民共和国との小競り合いを描いたに過ぎなかったが、今回はいよいよヘイヴンとの本格的な戦闘の端緒が開かれる。オナーも伝統ある巡洋戦艦〈ナイキ〉を与えられ、新しい提督のもと訓練を繰り返し万全の体制で戦闘に臨むはずであったが、一個戦隊のみで警備しているところを狙われ、大量の艦隊と戦わねばならぬ未曾有の危機に直面する。果たしてオナーと〈ナイキ〉の運命は……。今までよくわからなかったヘイヴン人民共和国の内情が本書では細かく描かれている。色気なしで仕事一本槍だったオナーにも恋人が出来た。ヘイヴン対マンティコアという構図がはっきりし、キャラクター的にも肉付けが施され、シリーズとしては次第に面白くなってきたと思う。ただ、筆者としては、どうしてもミリタリーものの枠組みを壊せないウェーバーの生真面目さよりは、軽々と枠を乗り越えてしまうアスプリンの軽快さをとりたい。

ページの先頭に戻る