SF Magazine Book Review



作品名インデックス

作者名インデックス

Back to SFM Book Review Homepage



2000年8月号

『タイムライン(上・下)』マイクル・クライトン

『斜線都市(上・下)』グレッグ・ベア


『タイムライン(上・下)』マイクル・クライトン

(2000年5月25日発行/酒井昭伸訳/早川書房/上下各1700円)

『ジュラシック・パーク』で旧態依然とした鈍重かつ愚鈍な恐竜像をうち壊し、俊敏で狡知に長けた恐竜のイメージを豊かに描き出してみせたマイクル・クライトンが、今度は中世社会のイメージを一新してみせた。新作長編『タイムライン(上・下)』は、量子テクノロジーを基本とした独自のタイムトラベル理論を使い、十四世紀半ば、英仏戦争さなかのフランス南西部に時間旅行を行う若者たちの冒険を描いた一大活劇である。

 フランス南西部のドルドーニュでイェール大学チームが遺跡の発掘調査を行っていた。リーダーであるジョンストン教授が、スポンサーのハイテク企業ITCに出かけた二日後、遺跡から本来なら見つかるはずのない遺物が発見される。直後にITCから、教授に危険が迫っているので助けに来てほしいとの連絡が入った。いったい教授の身に何が起きたのか? ただちにニューメキシコのITC研究所に飛んだ助教授のマレクと三人の院生たち。彼らは教授を救うために中世のフランスへと時間旅行を行うことになる。果たして教授を無事救出することは出来るのか……

『アーサー王宮廷のヤンキー』や『夕ばえ作戦』などのクラシカル時間旅行SFを例に出すまでもなく、現代人が過去へ時間旅行を行った場合、主人公が現代の知識を駆使して過去人よりも優位に立つというパターンの作品が多い。本書では、むしろ逆に、主人公たちは中世人の圧倒的な迫力の前にただ立ちすくみ、おろおろするばかり。かろうじて中世に詳しく、かねてから中世人の生活に習熟していた偉丈夫な実践考古学者マレク一人が中世人と互角に張り合える程度である。荒々しく暴力的で、むせかえるような血の匂いに満ちた中世の社会が実に生々しく描き出されており、読んでいるうちに本当に自分が中世の城塞都市に投げ込まれたような気すらしてくる。暗黒時代と捉えられることが多い中世であるが、本書で描かれた色鮮やかな城内、生き生きとした人々の姿を読めば、そのようなイメージは一新されることだろう。時間制限のある救出劇であるため、最後まではらはらドキドキしながら一気に読むことができる。まさしくジェットコースターノヴェルと呼ぶにふさわしい秀逸なエンターテインメントだ。

ページの先頭に戻る


『斜線都市(上・下)』グレッグ・ベア

(2000年5月31日発行/冬川亘訳/ハヤカワ文庫SF/上下各800円)

 グレッグ・ベアの『斜線都市(上・下)』は、『女王天使』『凍月』『火星転移』に続く〈ナノテク/量子理論〉シリーズの最新長編である。

 舞台は『女王天使』の結末から七年後、二〇五五年のアメリカ。ナノテクとセラピーが普及したこの国で、一度はセラピーが成功しながら退行してしまう患者が激増してきた。シアトル公安局のマリア・チョイは大富豪テレンス・クレストを捜査中であったが、クレストがポルノ・スターのアリスと一夜を過ごした後に自殺をしてしまった原因も、どうやらその退行現象にあったらしい。一方、カリフォルニアのマインド・デザイン社で復活した思考体ジルは、未登録の思考体からのコンタクトを受ける。ロディと名乗る思考体の真の目的は何か。すべての謎を解く鍵は巨大な霊廟オムパロスにあった……

『女王天使』との共通点はマリア・チョイと思考体ジルが登場していることぐらいなので、単独で本書を読んでも十分楽しめる。六つの視点からストーリイが語られており、取っつきにくいと思われる方もいるかもしれないが、読み進めていけばほとんど全ての人物がオムパロスに辿り着くので、物語の構造としては分かりやすいのではないだろうか。高さ百二十メートル、四十階建てのくさび型四面体である霊廟オムパロスは、メタリックな外観とは裏腹に、内部にすずめばちやみつばちが巣食い、土の匂いがする生物体的な建築物である。昆虫やバクテリアを一つのニューロンとして機能するバクテリア・コンピュータというアイディアは実に魅力的だ。子宮/墓のダブル・イメージを持つこのオムパロスという迷宮をくぐり抜けて、登場人物たちは人間的成長を遂げていく。凝りに凝ったスタイルで近未来社会の危機を描いた力作である。

ページの先頭に戻る