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アサド兄弟 魅惑のギターデュオ


 2001.2.15(木曜日)19:00 開演  

調布市文化会館たづくり くすのきホール

平日でしかも調布駅前の文化会館内くすのきホールという場所の悪さもあってか指定席3000円というチケットでアサド兄弟の演奏が聴けたのは正にラッキー。ホールは500名以上は収容出来る立派なもので前から3列目の中央という彼らの演奏を見るのにはもってこいの席。今回チケットを取ってくれたアルペジオの串田さんと一緒に聴いた。会議が予定より長引いたせいでホールに着いたのは開演10分前のギリギリ。客の入りは8割方埋まっていた。会場で解説者の浜田滋郎先生と若手ギタリストの大萩君の姿が見られた。





プログラム

クラヴサン曲集より
リゴドン/鳥のさえずり/やさしい訴え/1つ目の巨人


ジャン・フィリップ・ラモー作曲

3つのソナタ ドメニコ・スカルラッティ作曲

ヒロシマという名の少年
不良少年

武満徹作曲

3つの協奏風舞曲


レオ・ブローウェル作曲

〜休憩〜

版画より
チャロのファンタンゴを踊りながら/収穫/村の祭り/夜明け/婚礼

モレーノ・トローバ作曲

ベルガマスク組曲
前奏曲/メヌエット/月の光/パスピエ

クロード・ドビュッシー作曲
スカラムーシュ
ダリウス・ミヨー作曲

アンコール2曲

ピアソラ トロイロ組曲よりシータ
ジャコードバンドリン ハエの飛行
(堀口さん曲名教えていただきThank youでした)



ステージに向かって右に兄のセルジオ、左に弟のオダイルが座る。
セルジオは終始にこやかで曲間にマイクを手にしゃべりながらの演奏。弟のオダイルは髪の毛をポニーテール風に後ろにまとめ、表情も硬くちょっと神経質な印象。緊張していたのかそれとも疲れていたのかは分からないけど。
兄セルジオは1952年生まれ、弟オダイルが1956年生まれ。オダイルは私より1つ年上ということになる。
セルジオの演奏スタイル、フォームは極めてオーソドックス対する弟オダイルは足台をかなり高めにし、右足を開かない変則的な姿勢。ギターと身体の空間が少なくあごがギターのボディーにくっつきそうな程。椅子の高さが低めの割りに足台が高いが、ネックはそれほど立っていない。多分ハイポジションを多用するオダイルのパートを演奏するのに適したフォームなのかもしれない。セルジオのテクニックの特徴は左手で、ローポジションからハイポジションまで全くよどみ無く移動する。後半のプログラムでハイポジションでの演奏が続いたが何の苦も無く左手が指板上を制覇していた。ステージで挨拶する時もセルジオはギターを脇に立ててお辞儀するが、オダイルはギターをフォルクローレのギタリストのようにストラップをつけているような構えでギターを胸に抱きながら挨拶していた。
ギターの音質はオダイルが甘い音色で歌わせているのに対し、セルジオはやや硬質な音でアレンジもオダイルが主に旋律を担当しセルジオはセカンドに徹していた。
演奏もセルジオは終始冷静で、オダイルは超人的なテクニックで身体全体で音楽を表現していた。演奏中の表情もオダイルの方が豊かで当初の神経質そうな印象とは打って変わって情熱的な演奏を聞かせてくれた。
終始対照的な二人ではあるが演奏後、ステージから退出する時、必ず弟のオダイルが兄の肩に手をやりながらいたわる様に消えていく姿が印象的だった。仲の良い兄弟で男の兄弟のいない私には羨ましい。
当夜のプログラムではアントニオソレールから変更されたブローウェルの3つの協奏風舞曲が白眉だった。鈴木大輔のCDで聴いてはいたが彼らの手にかかると全く別の曲のようだ。オダイルのピチカートとセルジオの迫力ある通奏低音が、異常なほど緊張感を高めていた。予想以上だったのが武満のヒロシマという名の少年。地味な曲だが、オダイルの1stのメロディーが余りにも切なく彼の全身から音楽がほとばしり出てくるかのような演奏。これは全ての演奏で感じたことだがオダイルは自分の表現しようとしている音楽世界が大き過ぎて、もはやギター一本で表現出来る世界の限界、壁にぶつかっているのではないか。ともすれば彼の内面の葛藤、もどかしさが彼の演奏からも伝わってくるようだった。
休憩までの演奏だけで十分来た甲斐があった。前半のプログラムでは譜面台を立てていたが譜面を見ていたのは武満の不良少年ぐらいで特にオダイルは譜面はほとんど見ていない。
休憩後は譜面台を片付け、自由自在といった感じの演奏。ただ選曲がギターには必ずしも向いている曲とは思えずすばらしい演奏ではあったがその割りに演奏効果の点で今ひとつだったのが残念。やはりアンコールでも弾かれたピアソラ等彼らの得意なレパートリーをもっと聴かせて欲しかった。
とにかく二人のテクニックは桁外れで、普通のギタリストがやればアクロバットに思えるフレーズも余りにも簡単に弾いてしまうのでかえって印象に残らなくなってしまう。もっと彼らのインスピレーションを刺激する素晴らしいギター作品を、色々な作曲家が作ってくれればいいのにと思う。