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デビッド・ラッセルギターリサイタル
DAVID RUSSELL GUITAR RECITAL

 2000.9.27(水曜)19:00  紀尾井ホール(四谷)





プログラム

ブロカ 
Jose Broca
(1805-1882)

幻想曲ホ長調
スカルラッティ
Domenico Scarlatti
(1685-1757)

ソナタK.490ニ長調/K.491ニ長調
バリオス
Agustin Barrios Mangore
(1885-1944)


森に夢見る
ワルツ ニ短調 作品8−3
ワルツ ト 長調 作品8−4
2つのパラグアイ舞曲
ヴィヴァルディ
Antonio Vivaldi
(1678-1741)

ソナタ 作品14−6
(原曲 チェロソナタ 作品14−6)
デヴィッド・ラッセル編曲
クレンジャンス
Francis Kleynjans
(1951〜 )

ファリャ賛歌 作品118(D.ラッセルに捧ぐ)
2つの舟歌  作品60
ラウロ
Antonio Lauro
(1917-1986)

ラ・ネグラ
マリア・ルイサ
セイス・ポル・デレーチョ



アンコール

Traditional Irish
My Gentle Harp
Traditional Irish Reel
Neil Cow's lament for the Death of His second Wife
Neil Cow arr,David Russell
Spatter the Dew
バリオス
最後のトレモロ



紀尾井ホールに来たのは初めて、一応事前に地図は見てきたのだが四ッ谷駅から素直に上智大学の脇をまっすぐ来れば良いものをわざわざ迂回してホテルニューオータニの方から遠回りしてしまった。我ながら方向音痴。
会場に着いたのが、丁度会場時間の6時半。既にかなりな人がホール入り口付近に集まっていた。意外だったのが、年配の女性の姿が結構多く見られたこと。ギター愛好家の層が拡がっているせいなのか。鎌田先生ご夫妻をロビーでお見かけしたが忙しそうにされており挨拶だけで失礼した。ロビーではでラッセル編曲による楽譜(バッハ、スカルラッティ等)とCDが販売されていた。

紀尾井ホールは天井は高いがそれほど大きなホールではない。一見ギター向きかと思われたが、いざ演奏が始まってみると残響が予想以上に感じられ、もう少し反響が少ないほうが細かな音が明瞭に伝わってきて良いと感じた。それでもゆったりとした曲ではラッセルの美しいギターの音色が良く響き楽しめた事は確か。自分の座席(一応S席)は中央よりやや後ろでステージから結構遠く感じた。ラッセルの左右の指の動きが見難くそれだけがちょっと残念だった。
コンサートを通しての印象は、プログラムの構成のせいもあるが、テクニックで圧倒するというよりギターの美しい音で優しく語り掛けてくるような演奏であった。ラッセルの素晴らしいテクニックと美しい音色を聴いていると自分でギターを弾くのが嫌になるほど。私見だがラッセルのギターは、明るい長調の曲より、短調の曲の方が音色に一層陰影が感じられ印象に残る演奏が多かったように思う。

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第一曲目の幻想曲は、オープニングを飾るにふさわしい演奏で、想像していたよりずっと大きな音量。技術面ではpiのスケール、トリル(良く見えなかったが多分)が目を引いた。それとネックを立てている割に右手の弦に対する角度が随分斜めに(弦に水平に)見えた。右手の位置は、サウンドホール真上よりややブリッジ寄りがノーマルポジションで、その割に出て来る音は甘く柔らかい音色なのが不思議だった。勿論音色の変化は多彩。続くスカルラッティの曲は、私にはやや冗長な音楽に聞こえ途中退屈してしまった。技巧的には高音部のメロディに復弦のトリルを織り交ぜながらポリフォニックに3声を明瞭に弾き分けたり、3度の和音によるかなり早いメロディをいとも簡単に弾き切ってしまうテクニックには感心させられた。前半を締めくくるバリオスの作品4曲は、曲間に拍手が入らず一気に通して演奏された。スカルラッティの直後であったせいもあるが、最初の「森に夢見る」の前奏部分の数小節だけで、すっかり演奏に引き込まれてしまった。特に右手親指のプルガールの素晴らしく美しい音は未だに頭に残っている。中間部からト短調に転調した出だしのトレモロでは、本当に泣けてきた。ところで幻の20フレットのドの音はちゃんと楽譜通り演奏されていた。遠くて右手が良く見えなかった為、終了後、アンダンテ主催のラッセルの公開レッスンを受講された甘利さんにこの個所をラッセルがどうやって弾いているのか伺った所、20フレットをつけた楽器(ダマン)を使用しているとの事。。
2曲目のワルツは、最初のメロディーのグリッサンドが、全て省かれて弾かれていた。また伴奏部の和音がベニーテス版の楽譜より3度下の音が増えていた。主旋律のエンディング部のリタルダンドの処理(歌わせえ方)は、心憎いほど。2弦のメロディーが泣けるほど美しい音だった。続くト長調のワルツは、私にはややアゴーギクをかけ過ぎたように感じられた。アルペジオの中間部も最初からテンポを飛ばしすぎたせいかクライマックスが今ひとつ盛り上がりに欠けたように思う。最後の2つのパラグアイ舞曲は、高速でリズミカルに演奏された。特に後半に近づくにつれ、アクロバット的な演奏で、まるでアドリブが混じっているかのように聞こえた。多少ミスがあっても緩急を付けて例の美しい音でたっぷりと歌われると直前のミスが傷にならなくなってしまう。もちろん意識等せずごく自然に弾いているのだろうが本当に上手い。
ここで前半終了。拍手する手が熱い。

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休憩をはさんで、ラッセル自身の編曲によるヴィヴァルディのソナタで再び演奏が始まった。初めて聴く曲だが、ラルゴの部分が室内楽的な雰囲気が良く表現されていて楽しめた。この曲は、唯一譜面台を使用。
次に演奏されたクレンジャンスの「ファリャ賛歌」は、当夜の白眉で、右手のタンポーラ一つとっても腕の振りが音楽にマッチした美しい動きで実に素晴らしい演奏だった。この曲は是非弾いてみたい。ファリャ賛歌がスコットランドの暗く重い空をイメージしていたとすると、続く2つの舟歌は明るく穏やかに波が打ち寄せる静かな海岸が目の前に拡がっていたかのように感じられた。
コンサートのフィナーレを飾るラウロ3曲で一番印象的だったのは3曲目のセイス・ポル・デレーチョ。素晴らしく早いパッセージの連続から Fade out で一気に消え入るように終わった。全く予想のつかなかいエンディングの演出に聴いているこちらも思わずニヤリ。ラッセルの茶目っ気たっぷりの笑顔が聴衆との距離をグット縮めた感じ。

聴衆の拍手に引っ張られるようにアンコールは4曲演奏された。ラッセルお得意のレパートリーであるスコットランドのケルト音楽を3曲。素朴な旋律が、ラッセルの手にかかると溜息が出るほど美しい曲に変わる。アンコールの最後は、バリオスの最後のトレモロ。まだまだ聴きたかったがホールのライトが明るくなりようやく席を立つ。

ホールから四ッ谷駅に向かう道すがら、歩く人々の会話から、今日の演奏は良かったという声が聞かれた。すがすがしい気分でホールを後にした。次の来日が待ち遠しい。