■■■ 追悼 瀬川昌男さん(オロモルフ)■■■


訃報

 瀬川昌男さんが亡くなられたのですね。
 7月10日、急性肺炎。
 80歳。
 小松左京さんとほとんど同じ。
「火星にさく花」「白鳥座61番星」などのジュブナイルSFや、多くの科学解説をお書きになりました。
 科学解説には、「星座博物館 全五巻」という絢爛豪華な大作もあります。
 私はSF同人誌主宰の柴野拓美さんの紹介で知り合い、おつきあいしてきました。
 拙宅で毎月なされていたSF関連の科学勉強会「SFフ科会」には必ず出席されて、じつに楽しそうにいろんな話をしておられました。
 最近何年かは療養しておられたようです。
 ご冥福をお祈りいたします。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌5375『世相家事雑感』◆◆◆

▼瀬川昌男さん

 瀬川さんは、SF作家としてはあまり知られていないのですが、ジュブナイルの世界では有名人でした。
 前記しましたように、拙宅には「フ科会」*の会合で毎月欠かさず来られましたし、一度は瀬川さん宅で「フ科会」を開催した事もありました。それとは別にお邪魔したこともあります。用件は忘れましたが、家内と二人で伺って、とても親切にしていただきました。
 大学は心理学ですが、科学技術に詳しく、科学技術がとても好きな方でした。
 初期(昭和35年刊行)の宇宙旅行解説本『宇宙旅行の科学と夢』は名著で、類書に乏しかった当時、とても勉強になりました。
 中学生向けとされていますが、大人にも読み応えのある内容でした。
 現実のロケットから遠未来の恒星間飛行までの技術や理論の解説で、中にSF短篇(の形の解説)も入っていましたので、ノンフィクションではありますが、私は自分のSFデータベースに入れました。
 私が後に講談社から『SF相対論入門』や『銀河旅行四部作』を出しましたとき、私の脳裏には瀬川さんの『宇宙旅行の科学と夢』が浮かんでいました。
 このように初期の日本SF界で活躍した瀬川さんですが、知名度はさほどではありません。その理由の一つは、当時唯一のSF雑誌だった『SFマガジン』への登場が無かったことでしょう。その点が草下英明さんや日下実男さんとは違っていました。
 これについて、講談社の『少年マガジン』で大活躍していた大伴昌司さんが、私と二人きりになったとき、少々憤慨した口調で言っておられました。
『SFマガジン』編集長の福島正実さんは科学好きなので、瀬川さんに書いて貰いたいのだが、反発する作家がいて困っている。そこへ理系の君が出現したので、福島さんはとても喜んでいる。まあ、頑張ってくれたまえ・・・。
 たしかこんな風なお話しでして、私は何のことやら分からず困惑するだけでした。
(この事について少し後で強烈な体験をしましたし、福島さんのご意見も直接聞きましたが、やめときます)
 私はもともと人の集まりは苦手なのですが、そのころからとくに苦手になりました。しかし瀬川さんとのお付き合いは続けました。
 ここに記した方々はいまや全員鬼籍ですから、時は移り世は変わりました。もはや夢と現実の区別がつきません。

*:小松左京さんの提唱によって始まった「SFファン科学勉強会」の略称が「SFフ科会」、さらに略して「フ科会」なのですが、この略称は最初の例会の時に瀬川昌男さんが提案したものです。語呂の点で「SF不可解」に通じるというので、皆大笑いして決まりました。例会での瀬川さんは本当に楽しそうでした。たしか百回以上も続いたと思います。

▼名著『宇宙旅行の科学と夢』

 ↓↓↓↓↓




◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌5376『世相家事雑感』◆◆◆

▼Re:追悼(高千穂遙さんの追悼のお言葉に対して)

『白鳥座61番星』が高千穂さんがはじめて読んだSFだったとはびっくりです。
 しかも小学3年ごろ!
 さすがです。私より先輩です。
 奥付を見ると昭和35年なので、『宇宙旅行の科学と夢』と同じ年であり、瀬川さんはご自分の「宇宙への夢」を解説と小説の二つの面で同時に出版されたのですね。
 私は箱の無い汚れた古本しか持っておらず、SF図書目録を編纂する時に瀬川さんにお願いして箱つきの新品を一冊いただきました。
 それが下の写真です。
(ちなみに白鳥座61番星は、太陽系外惑星探索のもっとも初期の時代に、巨大な惑星があるのではないか――と言われた恒星です)

▼堀晃さんの追悼の言葉

 昨日の産経新聞に、SF作家堀晃さんによる「小松左京さんを悼む」が掲載されました。
 よく纏まった追悼文で、とくに私は神戸震災以後の様子は知りませんでしたので、参考になりました。

▼偶然?(瀬川さんとカミングス)

『白鳥座61番星』をパラパラと見ていて気づいたのですが、圧制者の名前がエスペラント語で「コンテゥラウ・ティラーノ」とあります。
 これは、レイ・カミングスの長篇『Tarrano Conqueror』の英語と語学的に同源なのでしょうか?
 あるいは偶然発音が似ているだけ?

▼写真

 瀬川さんにいただいた『白鳥座61番星』

 ↓↓↓↓↓




◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌5378『世相家事雑感』◆◆◆

▼昨日の件

 瀬川さんとカミングスの件ですが、瀬川さんの方は「反・圧制者」という意味で、カミングスのは「征服者タラノ」という意味でした。
 しかし何か共通するような雰囲気があります。

 瀬川昌男さんについての思出談は、また別の機会に纏めようと思っています。
 下は瀬川さんが25歳の時に書いた実質的デビュー作『火星にさく花』(昭和31年刊行)です。
 戦後に日本人が書いた初のハードSFかもしれません。

 ↓↓↓↓↓




オロモルフの論考リストに戻る