二千四年 六十句

 

【春】

春といふ春を吸ひ込む欠伸かな

水音に半分見たり春の魚

水紋は鐘の音のごと春の暮

巻物に紐ある春の正午かな

窓広きヘルシンキには風信子

進化する浅蜊の管の夜ごとかな

形状を記憶してゐる春の夜

併走の準急に友はるうらら

式次第簡潔にして辛夷かな

行列が階段曲がる日永かな

混乱の放物線や雪柳

宙空に白木蓮の錆びてをり

やはらかき弟とゐる花の留守

行商の関節太き桜かな

持つて来て麓で困る春の棒

 

【夏】

発表のマイクの太ささみだるる

都会では蝙蝠傘が増えてゐる

急須には見えぬかたちの薄暑かな

夕薄暑続く国技の生放送

友達になろうとしても蜥蜴去る

半獣となりて棲みたしオリンポス

魂の遠心力や雲の峰

爪先の面積広げ髪洗ふ

夏川は海の高さに満ちてをり

軒深きところに座して氷菓かな

人体の水いれかはる夏の月

干してあるものを身につけ夏の朝

室内を蝿の軌跡の残りけり

乃木坂の次は赤坂地下涼し

抽斗に工具と辞書と西日かな

突起するものみな赤き夜の秋

伏せてゐる本のかなしみ夜の秋

液晶に触れては滲む釦かな

私からどの惑星も去つてをり

 

【秋】

セロテープのやうな肩紐秋暑し

こすりては大男出すポルシェかな

残党のますます踊り高まりぬ

波平に徐々に似てくる野分かな

百円で何でも買へる秋の午後

天国のますます高き日和かな

フェレットの胴直角にして曲がる

絶倫のつややかにして栗饅頭

秋の夜の番号で呼ぶソナタかな

夜想曲弾くどの指も朔太郎

コピー機のみどりも秋の灯かな

梨を喰ふテレビ電話の世紀かな

システムを名乗る台所の俳句

はらわたの黒き女と秋刀魚かな

一塁の重たくなりし秋の雨

右腕をまくり菊人形となる

間取図に点線の部屋秋深し

 

【冬】

空耳の倍音清し神の旅

山の灰ありありと舞ふ小春かな

網棚で天井終はる小春かな

側臥位で冴えてをるなり冬銀河

最近の干支の獣の病ひかな

編んでゐる毛糸となりて編まれをり

セロテープから古びゆく障子かな

子の友は子ども枯野を駆けまはる

泳ぎ来て鴨立つ水の浅さかな

 

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