☆桃兎の小説コーナー☆
(08.02.24更新)

↑web拍手ボタンです。                    
 レスは日記でしております〜。



 ドラゴンマウンテン 
  第15話
  運命の叫び(上)
 
*18禁注意!
 

        1

 ドラゴンマウンテンの麓の町、チーク。
 ニ月も半ばを過ぎ、徐々に暖かくなってきた町に柔らかい日差しが降り注ぐ。
 今は町を覆っていた雪も溶けて、少し残っている程度になっていた。
 だが、山の上となるとまた話は別で、マリンの研究所のある辺りはまだ雪は深い状態だ
った。
 ドラゴンマウンテンの中腹にある小さな研究所<A−K>(アーク)。
 強力な結界に守られたA−Kは徒歩でたどり着く事もできなければ空からの進入もでき
ないという、まさに秘密の研究所だった。
 結界のお陰で雪も通らないので、建物の前にある小さな庭は冬に咲く花で彩られていて
そこだけ春になったように見える。
 だが、いくら強固な結界とはいえ空気や冷気だけは容赦なく通り抜けてくるので、地面
は薄く凍っている状態だった。
 ましてや今の時刻は早朝。
 その冷え込みようは半端無い。
 不意に誰も居ないはずのその空間に光の筋が走り、ぐんと広がって宙に魔方陣が展開さ
れる。白い光を放ちながら魔方陣は空間と空間をつなげ、人が通れるほどの入り口を作り
だす。暫くして、展開された光の円からぽーんと少女が飛び出す。
 だが少女は着地の瞬間に足元を氷で滑らせ、てーんと派手にしりもちをついたのだった。
「いったぁっ! 氷張ってる?! うぅう……、まだこっちは寒いなぁ」
 少女はお尻を撫でながらゆっくり立ち上がると、ふるふると身を震わせた。
 それもそのはず、少女の格好は半そでのTシャツにピンク色のワンピース型のレンジャ
ー服、それにスパッツにブーツといった出で立ちだったのだ。
『マリン! 大丈夫!?』
 研究所の煙突からきゅー!という鳴き声と共に光の玉が勢いよく飛んできて、少女の周
りを心配そうに飛び回る。
「えへ、大丈夫大丈夫、お留守番ありがとね、ナイト」
『あぁもうビックリした。気をつけてよね。それにまた薄着で来てるし……』
「あはは、もうこっちも暖かくなってるかなー、って思ったんだ」
 マリンは光の玉に向かって苦笑する。
 光は一瞬眩しく輝くと小さなドラゴンに姿を変え、はふぅとため息をついた。
 光の正体はフェアリードラゴンのナイトだった。
 ドラゴンフェスティバル以来すっかりマリンに懐いてしまい、ナイトは今や研究所の管
理人として掃除をしたり花壇を作ったりと有意義に過ごしているのだった。
「だから寒いと言ったろうが。ほら、これでも羽織ってろ」
 マリンの後に魔方陣から出てきた男が、ジャケットを脱いで少女の肩にそっと着せる。
「あ、ありがと、ガント」
 少女は少し照れながら、自分が二人ほど入ってしまいそうな大きなジャケットに包まる。
 男の体温が残っているジャケットは暖かく、優しさを直に感じているような気がして思
わず表情が緩んでしまう。
「で、俺に休みを取らせてまで見せたいものって何だ? マリン」
 レンジャー服に身を包んだ男がマリンに尋ねる。
「ふふふー! 遂に研究の成果を見せる時が来たのよ! どうしても一番に見て欲しくっ
て。……ごめんね? 休ませちゃって」
 申し訳なさそうにするマリンの頭を、ガントはぐりぐりと撫でる。
「いや、構わないさ。ここの所、体を休める以外の休みは取っていなかったからな。それ
にしても、いつの間に完成させてたんだ?」
 不思議そうにするガントに、マリンは満面の笑みで答える。
「ガントが頑張って仕事してる間に、こっそりとだよ! ね! ナイトー!」
『ねー!』
 マリンとナイトが同時に首をかしげて、楽しそうに笑う。
 そんな二人を見てガントが小さく笑う。
「じゃ、ナイトとそこで待ってて!? 中に行ってすぐ戻ってくるから!」
 リボンでくくられたポニーテールを揺らしながら、マリンは元気よく研究所の中へと走
っていった。

 少し寒い庭に二人が取り残される。
 ナイトは寒さに弱いのか、ふるふると震えてガントの頭の上にちょこんと止まった。
 一方のガントは少しも寒がる様子など見せず、腕組みをしてマリンが帰ってくるのを待
っていた。マリンにジャケットを渡して半袖姿のはずなのに、鍛えられた褐色の体をその
冷たい空気に平然と晒す。ガントは例え寒くても寒いなどとは言わない、そういう男なの
だった。
「…、マリンもバイトだ何だでそんな余裕は無いと思っていたんだが…何時の間に」
「きゅー、きゅきゅー、きゅーきゅー」
「……、夜に来て徹夜でやってたのか?」
「きゅー」
「無茶しやがって」
 アニマルバングルを装備するマリンと違ってナイトの言葉など解らない筈のガントだが、
意外に意思の疎通が出来ていたりする。
「きゅきゅ、きゅきゅきゅきゅ」
「見せたい半分、一緒に居たい半分? ……俺が仕事詰めだったことをお前に愚痴ってた
のか、アイツは」
 小さな竜の意外な返答に、ガントは少し照れながら眉を寄せる。
「きゅーきゅきゅ?」
「仕方ないだろう。アイツの為だからな。一番……ん?」
 勢いよく研究所から出てきたマリンに気付き、ガントが顔を上げる。
「おまたせっ!」
 両手を広げてポーズを決めるマリンだったが、それを見てガントは首を傾げた。
「何か持ってくるもんだとばかり思っていたんだが……、違うのか?」  

 ガントはマリンが『何か』を作っているのをずっと見てきた。
 それが何かはわからなかったが、何か『物』であることは確かだった。
 だが今のマリンは、何も『持っていない』状態だったのだ。

「まぁ、見てて?」
 マリンは得意げに笑うと、すぅっと呼吸を整え、流れるような旋律で呪文を唱え始める。
「……魔法か? いやでも…
 明らかにマリンは魔法を唱えようとしていた。だが、マリンは魔石の一つも装備しては
居なかった。もちろん両手は空のままだ。

 マリンは魔力が限りなくゼロに近い体質だった。
 故に自力では魔法が唱えられず、普段は魔石を消費する事によって魔法を使っているの
だった。だがそれは全くの我流で、通っていた魔法学校<アカデミー>の教師達も驚愕す
るほどのイレギュラーっぷりなのだ。
 メディ曰く、『魔法・精霊・何よりマジックアイテムに相当詳しくないと出来ない』事
らしい。
 そんなマリンが、魔石を一つも持っていない状態で呪文を詠唱している事が、ガントに
は理解できなかった。
 魔石を持たないマリンが呪文を詠唱しても、魔法は発動しないし、場合によっては精霊
の機嫌を損ねて体力を奪われることだってある、と以前聞かされたからだ。

「茂れ! 恵みの樹木!!」
 マリンが印を宙で結び、研究所の脇の地面に向かって呪文をかける。
 するとマリンの指先から魔力が走り、その魔力に精霊が答え、薄く氷の張った地面に下
からゴッ!!と根が飛び出してきた。
「!?」
 根はあっという間に成長し、葉を茂らせ一本の小さな木へと成長する。
 木はピンク色の可憐な花を咲かせ、あっという間に散り、実へと姿を変える。
「あーだめ! ここまでー!!」
 マリンは叫ぶと目を回しふらふらとよろめく。
「大丈夫か!?」
 ガントが慌てて駆け寄り、マリンを抱きとめる。   
「どぉ!? 凄い?」
「あぁ、まさか木が生えるとはな…この呪文を研究していた訳じゃないんだろう?」
「うん、違うよ、呪文は昔に編み出した奴なの」
 一体何の目的で編み出したのかは謎だが、それ以上にガントは問題なく魔法が発動した
事の方が気になっていた。
「一体どうやって魔法を発動させた?」
 不思議そうにするガントに、マリンは目を回しながら首に掛かったニ本の革の紐を指さ
す。一本の紐の先には先に贈った指輪が掛けられているが、もう一本の方には紫色の三日
月の形をした中指ほどの大きさの物が掛かっていた。  
「……これか?」
 数ミリの厚さのそれをそっと手に取ると、それはガントの内に秘められた魔力に呼応す
るように光を放った。
「そ、それ! 魔力の器の無い私の代わりになってくれる物なの!」
「……魔力の器を…、自分で作ってしまったというのか?!」
 予想外の展開に、ガントは思わず声を大きくしてしまう。
「そ! びっくりした? 詳しくは中で説明するね。此処じゃ寒いし…」 
 マリンはふらふらしながら研究所の扉に手をかける。
「全く」
 マリンは何時だってガントを驚かせる。   
『マリン!! これ、木の実、もいでもいい!? 桃、おいしそうだよ!!』
 そんな事など全く気にせず、ナイトは目を輝かせながら木の周りを飛び回っていた。
 小さなドラゴンには研究の成果より、目の前の果実の方がよっぽど魅力的な様だ。
「いーよー、出来れば私達の分も頼むよー」
『任せて!!』
 良い香りに鼻をくんくんさせながら、ナイトはぴっと敬礼した。

     2

「さてとー」
 薪のくべてある暖炉にむかって指をさし、マリンは短く呪文を唱える。
 その瞬間炎が上がり、部屋が一気に暖かくなる。
「あーん!! 魔法って便利っ! おぉう大好き!」
 自分を抱きしめ部屋の真ん中でくるくる廻るマリンに、ガントが小さく笑う。
 あれほど魔法を愛しているマリンだ。その喜び様は半端無い。
「でも、これで限界かぁ。うん、大規模魔法一回に簡単な魔法一回分、簡単な魔法だけな
ら十回は使えそうね」
 マリンは椅子に座って、嬉しそうに机の上のメモにペンを走らせる。

 マリンの魔法の熟練度は高い。
 普通の魔法使いが中級の呪文だという物を簡単と言ってやってのけてしまう実力がある。
 その事からこのアイテムの魔力の器としての性能が高いものであろうことは、マジック
アイテムに疎いガントにも理解できた。 

 一方、机の上では桃を三つとってきたナイトが、すっかりばてて息を切らせていた。
 自分の半分はある大きさの桃を一体どうやって運んできたのかは謎だ。
「で、どうやって作った?」
 ナイトが取ってきた桃をかじりながらガントが問いかける。
 するとマリンは、背後の書棚から青い背表紙の本を取り出し、机の上に広げた。
「それは…、レイシーから貰った本か?」
 その本はマリンにとってもガントにとっても印象深い本だった。
「そう。すっごく難解で解読するのに丸一ヶ月かかったけどね。これね、レイシーのお父
さんの研究ノートだったのよ。……でもこの本、実はとんでもない本だったの」
 急に真剣な顔になるマリンに、ガントが眉を寄せる。
「とんでもない?」
「そう……まさに禁断の本。内容は『ホムンクルスの作り方』」
 マリンの呟くような低い声に、ガントの手が止まる。

 命を作り出す技術ともいえるホムンクルス等魔法生物の作成は、魔法使い達の中でも禁
断の術として扱われている。
 ホムンクルスはスケルトンや竜牙兵のように仮初の命でもない、意思のある生命だ。 
 学問至上主義のフェローチェでは盛んに研究が行われているというが、その他の国では
研究することを禁じている国もあるほどの代物だ。

「正直、解読した時はビックリしたよ。中身がばれちゃったらこの国じゃ所持してるだけ
でアウトだもん。きっとレイシーのお父さんはフェローチェの人だったんだね」 
 山に消えていったレイシーを思い出し、マリンは俯く。
「ホムンクルスは魔力核で動く。元々魔力の宿りやすい触媒に沢山の術をかけて、それを
核に肉体を与えて、魔力を注いで生き物にする。それがホムンクルス。でも、私はそんな
怖い事…したくなかったし。最初はこの本、燃やしてしまおうかと思ったの」
「確かにな。この国の法律でも禁じられているからな」
「でもね、これを読んでひらめいたの! 『これ』を作ろうって!」 
 マリンは首から紫色のそれをはずし、机の上に置く。
「ホムンクルスは魔力で動く、つまり核には魔力を溜める事が出来るって事。って言う事
は…
「なるほど、魔力の器の変わりになると言う訳か。」
「そう、魔力を溜める部分だけ応用してみた訳なの。別にホムンクルスのシステムを応用
しないで作る方法もあるんだけど、根本が一緒みたいだったからやってみたの。上手くい
くか賭けだったんだけどね。材料は一個しかなかったし」
 三日月の形をした紫色の物をつんつん突っつきながら、マリンは微笑んだ。
 そんな事をやってのけるマリンに、ガントは素直に感心してしまう。
 マリンの魔法に対する愛は本物なのだ。
「こんな小さな物でアレだけの魔力を溜めておける触媒……これの元はなんだ?」
「これはね、あのポイズンドラゴンの牙だよ。いろいろ凝縮した結果、こんなサイズにな
っちゃったけどね。色も紫になっちゃった。きっとゾーインの色だよ」  
「あの牙が触媒か…確かに触媒としては十分だろうな。なんというか、良く頑張ったな」
 ガントに褒められて、マリンは照れて俯く。
 マリンにとってはガントに褒められる事が、他の誰に褒められるよりも嬉しい事だった。
「えへへ! でも、ちょっと使うのにコツがいるんだ。だから、いっぺんに使うとさっき
みたいに反動が来ちゃうの。だから、今までどおり魔石も使う事にはなると思うんだ。う
ぅ、これからは魔石は使わずコレクション出来ると思ったのに」
 本当に悔しそうにマリンは首を横に振る。
 マリンの魔法に対する愛は深いが、それと同じくらい魔石の事が好きなマリンだ。
 その気持ちは分からないでもない。
「あ、あとね、魔力が空になったら月の光に当てるか、ここでそこの水晶から補充してや
んなきゃいけないんだ。ここの備蓄分で補充するのは良いんだけど、月の光だと満月の夜
で一晩、月が欠けてたら数日掛かっちゃうのがネックかな」
 そういうとマリンは紫の牙をこつんと水晶に当てて、短く呪文を唱える。
 月の魔力の溜められた水晶が淡く光り、その光がそのまま牙へと移っていく。
 魔力を帯びた牙はどんどんと透き通っていき、最後には紫水晶のようになっていった。
「補充完了!」
 補充を終えた紫の牙を首にかけ、マリンはぐっと拳を突き出した。
 その拳にガントがこつんと拳をあてて小さく笑う。
 不意に、マリンの表情が申し訳なさそうに変わり、上目遣いでボソリと呟く。
「……ねぇガント、休みとっただけの価値、あったかな」
「あぁ、あったさ。……こいよ」
 ガントは小さく笑って腕を広げた。
 その一言でマリンの顔にぱっと笑顔が戻る。
 マリンは腕を広げるガントに飛び込み、その胸に頬をよせた。

 分厚くて暖かい、マリンの心が一番安らぐ場所。
 その体に触れるだけで体は熱くなるし、胸がきゅんと締め付けられる。
 その膝に乗って抱きしめられていると、例えようもなく安心するのだ。  

 マリンは小さく頷いて口を開いた。
「あのね、ガント。私に一番最初に魔法を教えてくれた師匠が居るの。その師匠はね、オ
ークに襲われた私と友達を助けてくれたの。……友達は助からなかったんだけどね。その
時私はまだ十歳でね? ダメだって言われたのに、村の外へ二人で遊びに行っちゃったの。
その時に襲われて…。泣きながら師匠と村へ戻ったら、村はオークに襲われて壊滅してた。
意味が解らなかったよ。家が燃えてて、みんな居なくなってて」
 突然話し始めたマリンの過去の話を、ガントは小さく頷きながらゆっくりと聞く。
「暫く、師匠について行って旅をしたの。その時、魔法の基礎を教わって…、なんだか
その時の事は上手く思い出せないんだけど、一年位して師匠の反対を押し切って魔法学校
に行く事にしてね? 師匠、ずるいんだ。私に才能があるって言いながらも、魔法の勉強
を止めるんだよ。でもどうしても行くっていったら許してくれてね、一番良い学校に編入
させてくれたの。私、頑張ったの。魔法で誰かを師匠の様に救えるんじゃないかって。
…まぁ、絵本の魔法少女に憧れてたってのもあるんだけどね!」
 少し照れてマリンは頭をかく。
「マリンの魔法はチークの町を救ったし、人の命も救った。お前の師匠がどんな人かは知
らないが、お前も負けてはいないはずだ」
「ホント!? でも、私…、私……!」
「ん、何だ?」
 不意にマリンが俯き、小さな声で呟く。
「一番……、大事な人に苦労かけてばっかりだったの。でもこれで…! 何かあった時
でも、ガント変身しなくてすむかもしれないから!」
 今回のアイテム作成を此処まで頑張れたのは、魔法を自由に使いたかったという理由よ
りも、実はガントに無理をさせたくなかったという事の方がマリンにとっては大きかった。
 それに魔法を魔石を使う時とは違って何も気にせず使う事ができれば、一緒に依頼をこ
なす時もより力になれる筈だ。
 これでガントへの負担が少しでも減ると思うと、マリンはそれだけでも嬉しかったのだ
った。
「あぁ…、解っている……」
 ガントはマリンの体を抱きしめ、その腕でぐっと包み込む。

 ガントにはマリンの気持ちが痛いほど解っていた。
 腕の中にすっぽりと納まってしまうこの存在が、愛しくてならなかった。
 運命に翻弄されるであろうこの少女を、何処までも守り通す覚悟はとっくについている。  

「でも一つだけ解ってくれ。マリンの為に変身する事など、苦労などではない。お前を失
うくらいなら、多少の無理は……」
「ありがとう、ガント。でも、無理は無い方が…いいな」
「俺達はレンジャーだ。レンジャーをしている限りは、何も起こらないとは限らないから
な。それとも……マリン、お前引退したいのか?」
 ガントの言葉にマリンは勢いよく首を振る。
「だろ? 大丈夫だ。今までだって色々越えてきた。これからも…一緒に越えていけば
良い」
 ガントの言葉が熱くて、マリンはぐっとしがみつく。
 だが幸せを感じているはずのマリンの表情が不意に暗くなる。
 何故か最近不安になるのだ。
 不安になる要素など無いはずなのに、一瞬冷たい予感のような物が心にのしかかる。
 そのよぎる不安をかき消したくて、更に強くガントを抱きしめる。 
「ね、私ね、夢があるんだよ?」
「夢?」
「うん…あのね、皆には秘密だよ?」
「あぁ、誰にも言わない」
「あのね……」
 ガントの耳に囁かれた小さな願い。
 その夢はささやかで、そして叶えてあげたい願いだった。 
「その夢、俺が引き受けよう」
「ホント!? 私に、出来ると思う!?」
「あぁ、きっとな。その姿、俺も見てみたい」
「私、頑張るね!! 今よりもっと……!」 
 ガントに思いっきり抱きつき、マリンはちゅっ、とキスをする。
「約束…、だよ?」
「あぁ、誓おう」
 今度はガントがマリンの唇に自らの唇を重ねる。
 少し長い、誓いのキスだった。
 キスは止むことなく二人は幾度も唇を合わせ、そして舌を絡ませる。
 徐々に互いの呼吸が荒くなり、熱が上がっていく。
『はいはい、それ以上は上でやって…ってうわ、聞いてないし』
 桃の汁でベトベトになったナイトを無視して、ガントはマリンを机の上に寝かせる。
 机は研究用に作られていて人一人は軽く乗っかる大きさだ。
「ガント、ここでするの!? やっ、まって……んぅ!」
「だめだ、此処で抱く」
「! そんな恥ずかしい事絶対やだ……、あぁっ?!」
「誰も見てない。それに上より此処の方が暖かい」
『……僕の事は完全に頭に無いな、もう、僕、上で寝てるからね。帰る前には一声かけて
よー』
 パタパタと飛んでいくナイトの事など気にもせず、ガントはするするとマリンの服を脱
がせていく。
「やだもう、今日、は……」
「……今日は何だ?」
 ガントが服を脱がす手を止め、頬を染めるマリンに目を移す。  

「きょ、今日は……その、わ、私から、しよ? って、言おうと……思ってたのに」

 しどろもどろになりながら小声で喋るマリンに、ガントの瞳から理性が消える。
「…しらねぇぞ? 煽ったのはテメェだからな、後悔するなよ?」
「ヤダ、ガント、目がマジだ!! ちょ、なんで、ふあぁっ!?」
 マリンは抵抗する間もなくあっという間に素っ裸にされてしまう。
 暖炉の炎に照らされて、マリンの体の輪郭が浮き上がる。
 幻想的なその光景に、ガントは目を細める。
 その深い紺色の瞳に見つめられて、マリンの心臓が激しく鳴る。
「あんまり…じっと見られると、困る!」
 真っ赤になって机の上でうずくまりいやいやするマリンを、ガントは少々強引に組み伏
せる。
「全部見てやる。お前の笑う顔も、泣く顔も、悦ぶ顔も、全部だ」
「ガン……ふあああああああああっ!?」
 何の準備もなく不意に入り口を押し広げられ、マリンは声をあげる。
「悪い、……って、お前、なんでこんなに濡れてんだよ」
 前戯も何も無かったというのに、先端がするりと入ってしまいガントがニヤリと笑う。
 くちゅ、と愛液が音をたてガントの肉棒に絡みつく。
「し、知らないっ」
 マリンは真っ赤になってぷいっと横を向く。
「ちょっと弄ってやろうと思ってたんだが…、今日は必要なさそうだな」
「やっ…
「……じゃあ、どうして欲しい?」
 突然問いかけられ、マリンは固まる。
 頭が考えるよりも先に、体はそれ以上を望んでいた。
「もっと…
「ん?」
 恥ずかしさと照れくささで、それ以上の言葉が中々出てこず、マリンは戸惑う。
 少し入ったままで動かないガントのモノに反応して、マリンの体は予想以上に熱くなっ
ていた。その先を望んでびくびくと体が震え、きゅんっと膣口が締まる。
 くちゅ、と、ガントのモノがほんの少しだけ動かされた。
 その刺激でマリンの理性が吹っ飛ぶ。
「お願い、動いて、奥まで来て欲しいのぉっ!!」
「よく言った」
 ずんっ、と深く奥まで貫かれ、マリンは大きく声をあげる。
 叩きつけられるような激しい交わりに、マリンの呼吸が途切れ途切れになる。
「あっ…、んぅ、ガントぉ、がんとぉっ!」
「マリンっ、……っ!」
 初めて交わった時から、もう幾度体を重ねたのか。
 ガントは目の前で啼く女から目が離せないでいた。
 いくら抱いても抱き足りなかった。
 重ねれば重ねるほど、想いは強くなっていく。
 目の前で溶けそうな顔をしているマリンを見ると、もう獣の様に本能のまま動く事しか
できなくなってしまう。
「らめ、あ、い…いき、そ……も、だめっ」
「あぁ、イけっ」
「ふあ、あ、あああああああああああうううううううっ!」
「……っ!!」
 マリンに少し遅れて、ガントがマリンの中に精を放つ。
 放たれた精液はマリンの中を満たし、そしてあふれ出す。
「ガントの、熱い……ねぇ、ぎゅってして…
 ガントは無言でマリンをそのまま抱きしめる。
 二人は暫く、そのままで抱き合っていた。

       3

 『今昔亭』の裏庭に魔方陣が展開され、そこからマリンとガントが飛び出す。
 時間はもう昼になっていた。
「もう…、ガント、無茶だよ…。あれから…何回も」
 照れながら膨れるマリンの頭を、ガントはくしゃくしゃと撫でる。
「悪かったな。だが煽ったのはお前だ」
「うぅ、いじわる」
 さらに顔を真っ赤にしてマリンはぷいっと横を向いた。

「まぁ! なんて事! いやぁん嬉しいわっ!」

 突然中から聞こえてきたメディの声にマリンがビクリとなる。
「うわ! なんだろ、メディがあんな大声出すなんて」
「ま、行ってみれば解るだろ。…歩けるか?」
「だ、大丈夫だもん!」
 少しふらつきながら、マリンは裏口の扉を開ける。
「光栄ですわ! かの有名な大魔道士に会えるなんて!」
 興奮したメディの声に、何事かとマリンは思わず噴出す。
 どうやらクロフォードとアレイスと女将も居るらしくロビーは賑やかになっていた。
「お客さんかー、ね、メディ、誰が来たの――、……っ!?」
 ロビーに着いたマリンがその魔道士を見て思わず固まる。
「どうしたんだマリン………!?」  

 ガント達の目の前に居たのは、黒い髪の魔道士。二十代の後半だろうか。
 ぱっと見た感じでは優しそうにも見えるが、どこか冷たい波動が感じられる。
 金色に輝く瞳には魔力が滲み、魔力を感じる事の出来るものはその目を見ただけで竦ん
でしまう程の圧力がある。
 使い込んだ茶色のマントに身を包み、おそらく魔力が封じられた杖を片手に持った魔道
士は、その場に立っているだけでなんとも言えない存在感がある。
 魔法使いという事だがとてもそうとは思えない体躯で、クロフォードと並んでも見劣り
しないその姿にメディは大興奮だった。

「あぁ、マリン! 凄いお客さんよ?! この方ね、これから山へ向かうらしいんだけど、
なんとこのお方は…!」
 興奮して駆け寄るメディに目もくれず、マリンは魔道士の方へ真っ直ぐに歩いていく。
「……、師匠? ……師匠ぉっっっ!!」
 マリンは涙を浮かべてその男のマントにしがみつく。
 男は少し驚いた顔をしたが、暫くして優しい顔に変わりマリンの肩にぽんと手をのせる。
「驚いた、マリン…か?」
 少し低く鋭いその声に、マリンはこくんと頷く。
「な、なんですって!? マリン、今なんて!? 大魔道士アークの事を……師匠って!」
「ま、まじかよ」
「嘘やろ? 伝説になってるくらいの魔道士やで!?」
 レンジャー達は驚きのあまり、口が開いたまま塞がらない。
「…、え、師匠ってそんな凄い人だったの?」
 涙を拭きつつ、マリンは首を傾げる。
「何ですって!? 知らないとかありえないわっ!」
「そ、そう言われても…!」
 戸惑うマリンに、いかにアークが有名人かメディは流れるように語りだす。
「大魔道士アーク! 大昔に魔王の手から世界を救った勇者グレインの仲間、賢者アーガ
スの再来と言われる偉大な魔法使いよ! 一人で何千の兵士を相手に出来るほどの力があ
ると言われていて、最早その存在は伝説。今は諸国を旅してまわっていて、会うことすら
不可能に近いと言われるくらいよ。もう齢五十になると言われているけど…若いまま姿
を保っているだなんて、あぁ、奇跡だわ……」
「え!? 師匠ってそんな歳だったの!?」
 うっとりするメディに、驚愕するマリン。
 その脇でクロフォードがぼそりと呟く。
「師匠が高名な大魔道士かよ、そりゃあんな魔法も…って、ん?」
 クロフォードがちらりと横に立つ男を見る。
 そこには何とも微妙な顔をしたガントが立っていたのだった。
「師匠、山へ向かうの? レンジャー雇うの?!」
 マリンの質問にアークは小さく笑う。
「山へは行く。でもレンジャーは雇わない。一人で十分だからな。此処には雪の様子を聞
きに来ただけだ」
「さっすが大魔道士は違うわ。一人で十分、かいな」
 アレイスがまいったと言わんばかりに頭をかく。
「ん……、マリン、そのバッジ、もしかして……」
 アークがマリンの胸元に目をやって、そこで輝く金色のバッジに目を留める。
「うん! 私、レンジャーやってるんだよ! 魔法だってちゃんと腕磨いてますよ!」
 その言葉にアークは一瞬眉をピクンと動かしたが、すぐに笑顔になってマリンに問いか
ける。
「そうか。学校に行ってからどうなったかと思っていたが、ちゃんと元気でいるようで嬉
しいよ」
「そうだ、すぐに山に行くんじゃなかったら、後で私の魔法見て欲しいの! 良いかな?!」
「あぁ…もちろんだマリン。ただ、その前に食事をしたいんだ。もう三日も食べていない
となると流石に死にかねない。どこか食べれる場所を教えてくれないか?」
「ご飯! ご飯いえば女将さんだよ!! ね、女将さん、師匠も一緒にお昼、だめかな?!」
 必死に訴えるマリンに、女将は明るく大笑いする。
「良いに決まってるだろう? マリンのお師匠さんなんだろ? じゃ、みんなで昼ごはん
にしようじゃないか」
「おー!」
「まぁっ! 大魔道士様と一緒に食事ができるだなんて…! マリン! 偉いわっ! 
お手柄よ!」
 思わずメディに抱きつかれ、マリンはその胸に埋もれてしまう。
「やー! く、くるしい…」
 軽く酸欠になりながら、マリンはメディに抱かれたまま食堂へと引きずられていった。
 その後を追うように皆が移動を始める。
 やれやれと嫌そうな顔をしたクロフォードが、一人動かない男の前で足を止める。
「…、ガントどうした? 行かないのか?」
「あ、あぁ、行く」
 クロフォードに声を掛けられはっとなったガントは、複雑な表情のまま皆の後を追った。

     4

「あー、おなかいっぱい!」
 いつもどおり思いっきり食べたマリンがおなかをぽんと叩く。
「……、マリン、食べるようになったんだな」
 その様子をアークだけが驚いた様子で眺めていた。
 驚きながらもどこか探るようなその視線を、ガントは少し気にしてしまう。
「あら、マリンはいつもこうですのよ?」
 ちゃっかりアークの隣に座ったメディが、にこりと笑う。
「昔は食べろと言っても食べない子だった。驚いたよ」
「俺様はそっちの方が驚いたぜ」
 眉を寄せて嫌そうな顔をするクロフォードの横で、アレイスが激しく同意する。
「師匠、この後西の丘まで行こうと思うの! そこなら、魔法使っても誰にも迷惑掛から
ないから…、そうだ、ガントも一緒に行ってくれる?」
「あ? あぁ、構わない」
「ん…君は?」
 アークは斜め向かいに座る銀髪の男に視線を向ける。
「あ、ガントはね、私の今の師匠なんだよ? あとね…、あと…」
 さっきまでの勢いが無くなり、マリンが急に小声になったのを見てアークは首を傾げる。
「やん、マリン照れちゃって!」
 照れるマリンがなにやらツボに入ったのか、メディは思わず横に座るマリンを抱きしめ
る。
「俺はガントレット・アゲンスタ。マリンとは将来を誓い合った仲だ」
 堂々と言い放つガントに、思わずマリンの顔が真っ赤になる。
「うっわ、よう照れもせんと真顔で言うわ」
「おう、よく言った! 女の子には真摯な態度でいたいものな、分かるぜ」
「お前のどこが真摯やねん」
 アレイスがここぞとばっかりに突っ込む。
「……そうか。君がマリンの……」
 何かを言いかけて、アークは言葉を飲み込む。
 その瞳の奥の何かに気付き、ガントとクロフォードがぴくりと眉を動かす。
 その視線に気付いたアークは何事も無かったようににこりと微笑んだ。
「女将さん、美味しい料理、ご馳走様でした」
 アークは空になった皿を調理場に返し、台所に居る女将に頭を下げる。
「いやいや、良いんだよこれくらい。マリンに魔法を教えたお師匠さんなんだろ? マリ
ンは今や『今昔亭』には欠かせない子なんだよ。これくらいの事、気にしないでおくれ」
 気前のいい女将に、アークは思わずその表情を緩める。
「さて、もう1時だ。実はあまりゆっくりしていられないんだ。マリン、すぐに行けるか
?」
「私もガントもすぐ動けるよ? 急ぐって何…
「なら俺らも一緒に…!」
 勢い良く手を上げるアレイスに、アークが苦笑する。
 そしてちらりとマリンを見て、一瞬眉間に皺を寄せる。
「すまない、定員が三名までなんだ」
「三名?」
 不思議そうな顔をするアレイスをよそに、アークが立ち上がる。
 アークは深々と女将に礼をして、杖を床に突いてシャンと一回鳴らした。
 まるで流れる川のような鈴の音だった。
 瞬間、ぱっとマリン達がその場から消え去ってしまった。
 あまりのあっという間の出来事に、残された皆はぽかんと口をあけてしまう。
「……あらあら、きえちまったよ」
「女将さん、あれ、瞬間移動ですわよ。詠唱も無しに…す、凄いわ」
 メディはアークのいた場所を、ただただ眺める。
「ほんまに凄い魔法使いやったんやなぁ。って、クロフォード、どこいくねん?」
 席を立ち、食堂を後にするクロフォードにアレイスが声をかける。
「野暮用さ。レディとの約束もあるしね。あ、女将、ご馳走様」
「またかいな」
 ひらひらと手を振りながら去っていくクロフォードに、アレイスははぁ、とため息をつ
いた。

       5

「っは! 師匠、いきなり移動って!」
 昼下がりの西の丘。
 少し冷たい山の風が丘を駆け抜け、枯れた芝を揺らす。
 丘に住む野うさぎ達は、突如現れた人間に驚き慌てて逃げ出すと、少し離れた所からち
らちらと様子を伺う様に覗き込んでいる。
「……随分と突然だな。移動すると一言言ってくれても良かったと思うが」
「すまない、本当に急いでいるんだよ」
 アークの表情からはほんの少し焦りの色が滲んでいる。
「ど、どうしたの? 師匠…」
「実は今夜中にカヒュラの元へ向かわねばならないんだ。カヒュラというのは……」
「知ってるよ! シルバードラゴンのカヒュラ! 四天王で、私とガントとも顔見知りな
んだよ!」
「!?」
 アークは驚き、目を見開く。
「先のドラゴンフェスティバルで認められたんだ」
 ガントは短く事を説明する。アークはそれを聞き、浅く頷くとガントの目をじっと見つ
めた。
「そうか」
 何かを確信したのか浅く頷くと、アークはマリンに向かって杖を構える。

「マリン、魔法を見せると言っていたな。魔力の無いマリンが一体どうやって魔法を使う
のか、見せてもらおう」

 アークの目が鋭い物に変わり、その魔力が解き放たれる。
 明らかに全力ではないようだったが、その魔力は十分な物だった。
 アークは短く呪文を詠唱してシールドを張り、更に杖を鳴らして呪文を唱える。
 二つ目の呪文に反応して精霊が答え、魔力の壁が大きく広がる。
「これは…結界か?!」
 それは西の丘全てを覆い尽くすような規模の結界だった。
 あまりの大きな結界に、マリンもガントも思わず息を呑む。
「わ、師匠本気だ……、分かった、じゃ、まずこれから!」
 マリンは腰のポーチから魔石を取り出し、アークに向かって構える。
「師匠、私の一つ目の成果。学校で編み出したのがこれ!」
 マリンはすぅっと息を吸うと丁寧に詠唱を始めた。
 歌うような旋律の素早い詠唱に、アークが少し驚きを見せる。
 詠唱にあわせて赤い魔石が光を放ち、それに精霊が答え、マリンの指先が印を結ぶと同
時に魔石は秘められた魔力を一気に解き放つ。
「疾れ! 炎!」
 それは人を一瞬で包み込めるほどの炎だった。
 マリンの指差した方向に向かい、炎が奔る。 
「!」
 真っ直ぐアークの方向に向かった炎はシールドに直撃し、そのシールドを破壊する。
 が、パンパンと二回割れた音がしただけで、炎はアークには届かず消えてしまった。
「うー、悔しい! もう、師匠はシールド何枚張ってるのよ! 折角魔石まるまる一個使
ったのにぃ……」
 すっかり涙目なマリンだったが、アークは驚きの表情のまま固まっていた。
 暫くして、ようやくアークが口を開く。
「魔石からの魔力の直接抽出か……、なんて事を考えついたんだ。それに、呪文の詠唱の
熟練度、精霊との相性、行使、術式の正確さ、破壊力。格段にレベルを上げたな」 
 そんなアークの言葉に、マリンはにやりとなる。
「まだあるんだよ師匠? 今までのは学校卒業までの私。ガントに鍛えられてからの私が
今の私!」
 マリンは両の手の平を上に向けて詠唱を始める。
 両方の指先はそれぞれ違う印を器用に描き、両の手にそれぞれ違う属性の精霊が宿る。
「魔石を……使わずに詠唱?!」
 アークは目を細め小さく呪文を唱える。
 その魔法はアークの脳裏に直接情報を写し、今のマリンの状態を伝える。
 それを読み取ったアークが一瞬安心した表情を見せる。
「……なるほど、アイテムを使っているのか。が、それを作ったのはマリン本人か! そ
れにこの術式は……!」
 アークはこれから発動する魔法の大きさに気付き、金色の目を光らせる。
 聞き取れぬほどの速さで呪文を詠唱し、杖をマリンに向かって構える。
「破壊力最大! レッドサイクロン!!」
「くっ!!」
 魔力と炎の風に押されて、ガントは思わず防御姿勢をとる。
 ワイバーンを倒したときより、明らかに威力は上だった。
 アークに向かって炎の渦が真っ直ぐに放たれ、それが到達する前にアークが呪文を完結
させる。
「オーバーレイ!」
 巨大な光の塊がアークの目の前に出現し、渦を巻く炎を巻き込むように輝く。
 ぶつかり合った魔法はその場で爆発を起こし、丘を揺らす。
 アークの張った結界のお陰でその外には影響が無かったようだが、もし張っていなかっ
たら、二キロほど離れたチークの町にも爆音が聞こえたに違いなかった。
「はー、はー、だめ〜」  
 一気に牙の魔力を使い果たしたせいか、マリンがふらりとよろける。
「マリン!」
 ガントは素早くマリンの肩を支え、はぁ、とため息をついた。
「いくらなんでも全力出しすぎだ。相手は人間だぞ?」
「大丈夫、師匠だもん。……ほら」
 マリンのいうとおり、その場に立つアークは無傷だった。
「私に対抗呪文を打たせるようになるとは、本当に成長したんだな」
 アークは表情を緩ませてマリンに近づく。
「十七でこれか。……、心配だ」
「え、師匠、何が?」
 マリンは表情を曇らせるアークに首を傾げる。が、同時にガントも同じ様な表情をして
いる事に気付いて、マリンは焦ってしまう。
「え、何よ二人とも、何? 何?」
 マリンは二人を見比べるが、二人はじっと互いを見たまま動かない。
「君はマリンの事に何処まで気付いた?」
「さあな。あくまでも予想する範囲でしかない」
 二人の会話の意味が分からず、マリンは眉を寄せる。
「なるほど……、ね。了解した。ならば、君はそこに居てくれ。マリン、こっちに」
「ん? なぁに師匠……、っ!?」 
 アークは不意にマリンを抱きかかえ、呪文を唱える。
「貴様っ……、何をしている!?」
 マリンの瞳の色が無くなっていくのに気付き、ガントは思わず身構える。
 だがアークは首を横に振り、更に詠唱を続けた。
 印を結びアークが呪文を唱え終わると、マリンの体が黄色く光り、マリンはそのままが
くりと意識を失った。
「別にマリンに危害を加えたわけじゃない。怖い顔をするな。さ、マリンを君に返そう」
 ガントは奪い返す様にマリンを抱きかかえ、何事も無かったように眠るマリンを見つめ
る。
 アークはようやく安心したような表情になり、ふぅとため息をついた。
「マリンが自然に目を覚ますまで起こさないで欲しい。今、再封印をかけた」
「再……封印?」
 ピクンと眉を動かし、ガントはアークの金色の瞳を見つめる。
 あくまでも冷静に、アークは言葉を続けた。

「君はもう気付いているはずだ。そうだろう? ハーフウルフの青年よ」

 その言葉に、ガントの体がビクンと反応する。
 アークは全てを見通すような目で二人を見つめていた。

      6

 結界に守られた空間の中で、二人の男が向かい合う。
 銀髪の男は眠る少女を抱きかかえ、眉間に皺を寄せていた。
 目の前に居る魔道士は確かに自分の事をハーフウルフだと言った。
 ワーウルフではなく、『ハーフ』だと。

 ガントは人間の魔法使いとワーウルフの血を受けて生まれた。
 だがその妊娠は決して望まれたものではなく、強引な行為の上で授かった命だった。
 狼の姿をした父は何処かに去り、母は罪の無い我が子を愛を持って世に産み落とした。
 産み落とされた子は父の能力を濃く受け継いでいた。
 月が満ちるたびにその身を変え上手く制御も出来ず暴れ、村の人々からは恐れられ、幾
度も殺されかけた。
 母はいつだってそんな息子を身をもって守りつづけた。
 村に居られなくなりそこを出た後、母は病で死んでしまい少年は一人になった。
 その時少年は八つだった。 

「何故……そんな事が解る?」
 ガントは眉を寄せ、アークを睨みつける。
「私は人間だが、この目は竜の物だ。竜はこの世の全てを見通し、見守る。私は竜と同じ
とまではいかないが、そのくらいの事はこの目で見えるんだよ」
 瞳孔が収縮し、人のものとは異なる縦のスリットに固定される。
 その目はまさしく竜の目だった。
「マリンを愛し守る君には知る権利がある。私の名はアーク。今はドラゴンの使いとして
世界の均衡を維持する旅をしている」
「世界……?」
 突然のスケールの大きな話に、ガントの眉がピクリと動く。   
「……さて、何処から話せば良いか」
 すこし考え込むアークに、ガントが口を開く。
「……ならば俺が聞こう」
 ガントはそっとその場にマリンを寝かせ、ぐっと立ち上がる。

「今『再封印』した物は……『マリンの魔力』、……それで間違いないか」

 結界に守られた沈黙の空間で、アークはその言葉を聞いて、竜の目を細めた。
「その通りだ。マリンの魔力は決してゼロなんかじゃない。むしろ人が持つには大きすぎ
る器をこの子は持っているんだ」
「何故、封印の必要がある?」
 ガントの問いに、アークは憂いの表情を浮かべた。  
「強すぎる力は本人の望む望まないに限らず、世界に影響をもたらすものだ。私の存在が
すでにそうだ。過分な力は人々から恐れられ、最早『人』として扱われない。大昔の勇者
と呼ばれる存在が、魔王を倒した後に姿を消したのもそのせいだ。どこか国にとどまれば
今度は戦争の火種になる。ひとたび戦争が始まれば戦いは終わることなく続く。隣の二国
を見れば明らかだ。」
 西の空に目をやり、アークは息を吐く。
 暫くしてアークは視線をガントに戻し言葉を続けた。 
「君はこの言葉を知っているか?『天が乱れる時、地もまた乱れる。人の世が乱れる時、
異世界の入り口が開く』」
 ガントはその言葉にピクンと反応する。
 以前マクスと組んでいた時にそんな話を聞かされた覚えがあったのだ。
「確か…、賢者アーガスの残した不文律だ。……つまりはこれ以上この世界で争いが起き
れば<魔>や<聖>の存在を呼び込むことに繋がる、そういう事だな」
 その言葉にアークが深く頷く。
「理解が早いな。そう、あの二つはいずれもこの世界に降りるべく何時だって機会を伺っ
ている。その二つに対抗しているのがドラゴンだ。ドラゴン達は争いを望んでいない。こ
の世界を愛しているんだ。彼らは自分達の力の影響を考えて極力人間社会に直接関わる事
を避けている。だが、最近はそうも言ってられなくなった。だから人知れず私のような者
がマリンのような『ディファー』と呼ばれる者達を封印して廻っているんだ」
「ディファー、過ぎた力を持つ者達……か」  

 アークの言う事はガントにも良く理解できた。
 確かにマリンの魔法の才能は非凡な物だし、魔力が無いという逆境にも負けず魔法を使
って見せた。もし今の状態で何時でも無制限に魔法が使える様になったとしたら、明らか
にそれは異質な力となる。

「『今昔亭』にいるマリンを見て思ったよ。今のマリンは幸せなんだと。そしてそんな日
々をマリンも望んでいると。もしマリンの封印がなければ……いや、今でも十分に危険だ
が、ごく普通の生活を望むマリンの日常は確実に崩れ去る事になるだろう。本人が望まな
くてもそれが本来の運命だからだ」
 ガントはその事に薄々気付いていた。
 だが改めて知ったその運命の重さに、ガントは低く唸る。

「私はマリンに初めて出合った時、その魔力の大きさに気付く事が出来なかった。精霊に
愛される素直な子なんだ、とそれくらいに思っていたんだ。十歳にして既に複数の精霊を
連れて、精霊と語らう姿に驚きはしたが、魔法の才能を見抜けても、その魔力の大きさだ
けは見抜けなかったんだ」
「何故……? 大魔道士ともあろう者が気付かないなど……」
 ガントの問いかけにアークは苦い顔になる。
「彼女は生まれながらに精霊を連れていたらしい。そして精霊達は精霊達でマリンを守り
たかったのだろう。魔力が常に少ない状態でいられるようにカモフラージュしてたんだ。
だがその事に気付いたのは、マリンに魔法の基礎を一通り教えた後だった」
 アークは足元で眠るマリンに目を落とし、表情を曇らせる。
 マリンはそんな事も知らずに、幸せそうに寝息をたてている。
「両親の居なくなった彼女が一人でも生きていけるように、と教えた魔法が仇になった。
マリンは魔法を愛していた。故に努力を惜しまず、私が教える事をいくらでも吸収してい
った。可愛い弟子だったよ。そしてある日、マリンの唱える魔法に反応して精霊達のカモ
フラージュが解けて、魔力が……あふれ出した」
 アークが杖を掲げ短く呪文を唱えると、マリンの周りに居る精霊がふわっと姿を現す。
 数にして十四の精霊がマリンを守るように取り囲んでいた。
 その種類は多岐にわたり、各属性の精霊が揃っていた。
「若干<火>の属性の精霊が多いな。マリンらしい」
 アークが小さく笑うのにあわせて、マリンの耳元に居た赤いトカゲの姿の精霊がにっと
笑う。
「私はその時、目の前の小さな少女が『ディファー』である事に初めて気付いたんだ。精
霊は懇願した。『この子を悲しませたくない、戦乱に巻き込むな』と。私も同じ気持ちだ
った。マリンと過ごした一年は穏やかな日々だったし、私にとって初めての弟子だった。
魔法を愛するこの子から魔力を奪うのは苦しかったが、この子が私と同じ運命を辿るのだ
けは避けたいと…。私はマリンの魔力を厳重に封印し、暗示をかけた。『生まれた時から
魔力を持っていなかった』と」
 アークがもう一度呪文を唱えると、精霊達は姿を消し、辺りに静寂が戻る。
「マリンは最初違和感を感じていたようだった。魔法の唱え方を知っているのに、魔法が
唱えられないと。そしてそれ以来何も魔法を教えなくなった私に痺れをきらし、マリンは
……」
「学校へ行ったわけか」
 ガントの言葉にアークが頷く。
「そこから先は君の方が詳しいだろう。だから一つ教えてくれ。ほんのわずかだが封印に
穴を開け魔力が放たれた形跡があった。故に再度封印を施したわけだが……一体誰が私の
封印に気付いた? 考えたくは無いが…<魔>の力か?」
 アークは声を絞り出すようにしてガントに問いかけた。
「その通りだ。弄ったのはかなりの力を持つヴァンパイアだ。お陰で悪魔とも戦う事にな
ったがな」
 その言葉にアークの表情が凍りつく。
 ガントは今まであったことを細かくアークに伝えた。
 ヴァンパイアと戦った事。
 契約の末倒した事……。
 それらの話を聞いて、アークは唇を噛んだ。
「いくら封印しても……、マリンの魔法への思いは止められなかったか。……おそらく私
に出会った時点で運命は既に少しずつ動き始めていたんだな」
 アークは芝の上で幸せそうに眠るマリンに目を落とす。
 いつの間にかマリンはガントのズボンの裾を掴んで、その名を呼んでいた。
 もちろん寝言だ。

 そんなマリンを見てガントは考えていた。
 自分が契約した事が正しかったのかどうか。
 あの時、マリンの魔法を自由に使えるようにしなかったら、おそらく確実に自分達が殺
されていた。だが、倒した事によってマリンの存在は<魔>に知られる事となった。
 最早あの時点で運命の手の平の上だったのかと、ガントは拳を握り締める。 

「自分を責めるなガント。君は最善の道を選んだはずだ」
 ガントは首を横に振り、低く唸った。
「だがそれ故に<魔>の存在がマリンに気付き…」
「まて」
 ガントの言葉をアークが遮る。
「もうマリンの存在を向こうに知られた事はだ……まてよ?」
 何か引っかかるのかアークは少し考え、そして目を見開き動きを止めた。
「……なんという事だ! 今宵は満月、境界線が歪む! 奴らが動く!」
「!?」
 その言葉にガントも凍りつく。
「此処はドラゴンの領域に近い。だから奴らがこちらに来たとしても、上級クラスなら一
匹、中級クラスなら一匹にしもべが数匹ですむだろうが……だが」 
 前の悪魔との戦いを思い出し、ガントの拳に汗が滲む。
 アークは少し迷った末、ガントの紺の瞳を見つめて問うた。  

「……それでも君は、マリンを守るか?」

 ガントは目の前の魔道士の問いに、考える事はしなかった。
 いくらその運命が重くなろうとも、ガントの心はすでに決まっていたのだ。
 その深い紺色の瞳に迷いは無い。
「俺は逃げない」
「例えそれが人の力の及ばぬ大きな存在だとしても……、か?」
 更なるアークの問いかけに、ガントは自らの手を見つめる。

 いかなる時も、その拳で道を拓いてきた。
 変身という、人とは異なる闇の力。
 幾度もの満月の夜を越え、自分で制御する事を覚えた。
 人ならざる力を呪った時期もあったが、今はそれすらマリンを守る為の手段だ。
 マリンの運命に気付いた時から、自分の力を上げる為の努力は惜しまなかった。
 魔道士は少女が運命に翻弄されぬようにと、封印を施した。
 ならばその封印をなんとしてでも守るのが自分の役目だ。

 母は自分に「ガントレット」と言う名をつけた。
 大事な人を護れるように、すぐ傍に居れる様にという母が願いの込めつけた名だ。
 その生まれの定めを越えてその先の幸せにたどり着けるようにと……。

 ガントは再び拳を握り締め、その目を開く。
「あぁ。マリンには夢がある。俺はその夢を一緒に叶えると約束した。己の拳が砕けるま
で……、マリンを守り続ける」
 ガントは左手を握り締めその腕を守るガントレットに目をやる。
 おそらくあの時点で、カヒュラはこうなる事を知っていたのかもしれない。
「今晩だけでも一緒に居れたら良いのだが、こちらにもどうしても外せない予定がある。
最後に、一つだけ覚えていて欲しい。ドラゴンマウンテンの中腹からは完全な竜のテリト
リーだ。どちらの存在もマリンに干渉できなくなる。覚えておくと良い」
「了解だ」
 アークは胸のポケットから何かを取り出すと、それをガントに手渡す。
 一見魔石のような銀色の石だった。
「それは月の石。月の影響を受ける者の力を上げる秘石だ。ただ、半人の君が使った時、
どうなるかの保証は無い。つまりは切り札だ」
 ひんやりとした石はどこか心地よく、落ち着く波動を放っていた。
 ガントはその石を腰のバレッタの隙間に潜ませる。
「今宵を乗り切れ。そうすれば奴らも暫くはマリンに手を出さない筈だ」
「運命の分かれ道……というわけだな」
 ガントの言葉にアークは深く頷く。
「本当は今すぐにでもマリンを山に連れて行きたいが、さすがに余裕が無い。すまない」
 目を伏せるアークに、ガントは首を振る。
 アークが自分達より何か別の重いものを背負っている事は、ガントにも容易に想像でき
た。故に甘えるわけにはいかなかった。
 ガントは膝をつき、眠るマリンの頬を撫でる。
 マリンはほにゃっと笑ったが、相変わらず眠ったままだ。
 そんな二人を見て、アークは小さく笑う。 
「そうだな、マリンの魔法もある。マリンも自分で運命に立ち向かうだけの力を持ってい
る筈だ。一人では無理だが……二人でならば」
 そう言うと、アークは杖を空に掲げ、ふわりと空に浮かんだ。 
「今後は満月の時は山で過ごすようにすれば良い。そうすれば後はレンジャーとして平穏
に暮らせる筈だ。では私はもう行く。君とマリンの無事を……心から祈る!」
 アークはそのまま結界を突き抜けると、山へ向かって真っ直ぐに飛んだ。
 全速力で丘を越え町を飛び去り、一気に森の上をよぎっていく。

「願わくば彼らが生を全うし死を迎えることを望む。……グレイン、俺はこの世界を救え
るか?」

 アークは自分に小さく問いかけ、山の上へと急いだ。




 続く


    
14話に戻る        16話へ進む     
   


もどるー TOPへゴー