プッチーニ : 歌劇『ラ・ボエーム』

ジャコモ・プッチーニ  プッチーニと初演を指揮したトスカニーニ  初演のポスター
作品とあらすじ

  イタリアのオペラ作曲家プッチーニがパリの下町にすむ若者たちの夢と恋と友情を描いた名作です(1895年初演)。これまでのオペラの常識を破るオムニバス風のプロットながら、ロドルフォとミミとの感動的な出会いと別れ、最後のミミの死と涙なくしては観ることができない作品で、途中挿入される陽気なボヘミアンたち、コケティッシュなムゼッタ、賑やかなカルティエ・ラタンなど魅力満載で、一瞬たりとも目が離せない傑作と言えます。

 原作はアンリ・ミュルジェの『ボヘミアン生活の情景』で、これは1847年から1849年まで雑誌『海賊』に連載されたものです。「ボエーム」はフランス語で「ボヘミア人のように放浪的で自由な生活をするその日暮しの人」という意味ですが、ここでは1830年ごろのパリの下町に住む、貧乏な若い芸術家の卵を指します。作者の言葉を借りると「彼らはなんでも知っているし、またどこへでも行く。10歩進めば友人に会い、30歩あるけば借金取りにぶつかる。欠乏している時は仙人のように質素だし、わずかな幸運がもたらされれば破天荒の思いつきに突進する」という連中で、このオペラではその雰囲気を十二分に描かれています。余談ですが、歌劇『カルメン』の有名なハバネラ「恋は野の鳥」の歌詞に「恋はボエームの子」という歌詞があります。

 プッチーニが『ラ・ボエーム』に着手したちょうどその頃、レオンカヴァレロ(『道化師』などのオペラで知られる)も同じ題材でオペラを書くことを計画していました。この偶然は、当時の新聞紙上での「盗作論争」から2つの出版社の抗争へと発展したのですが、先に初演をしたのはプッチーニでした。しかし、大成功とはいえず、むしろ15ケ月後に完成したレオンカヴァレロの『ラ・ボエーム』の方が受けは良かったとされています。しかし、上演を重ねるに連れてプッチーニの作品は徐々に人気が高まり、一方レオンカヴァレロの方はレパートリーから外され、近年になるまでほとんど上演されることはありませんでした。


●主な登場人物●
ミミ お針子(ソプラノ)/ロドルフォ 詩人(テノール)/ムゼッタ (ソプラノ)/マルチェルロ 画家(バリトン)/ショナール 音楽家(バリトン)/コルリーネ 哲学者(バス)/その他、ベノア(家主)、アルチンドロ(ムゼッタのパトロン)、町の人々、子どもたち、物売り、など


アンリ・ミュルジェ カフェ・モミュス  

第1幕  《あるクリスマス・イヴの夕方 パリの下町カルティエ・ラタンに近い屋根裏の一室》

 ここに4人のボヘミアン仲間が生活している(ベッドはひとつしかないから寝泊りはしていない)。部屋を借りているのは画家のマルチェルロ。幕が開くと、マルチェルロは聖書にあるモーゼの紅海渡航の絵を描きながら詩人のロドルフォと寒さに凍えています。ストーブにくべる薪がないのである。二人はロドルフォの書いた原稿を燃やしてつかの間の暖をとっています。そこへ仲間の哲学者コルリーネが打ちひしがれて部屋に入ってきます。クリスマスで質屋が閉まっていたのです。3人はひもじさを想像力で追い払おうとしていると、音楽家ショナールが食料やワイン、薪を担いだ少年たちを引き連れて意気揚揚と登場します。金持ちの英国人に雇われて大金を手に入れたとかで、彼は気前よく残りの金をみんなに分けます。さらにショナールはクリスマス・イヴだからこんなケチナ食事はやめてカルティエ・ラタンに繰り出そうと提案します(第2幕で重要なテーアとなる「カフェ・モミュスの主題」がここで奏されます。)

  ところがそこに大家のベノアがたまった家賃の取り立てに現れます。ボヘミアンたちはワインを飲ませ、おだてて調子に乗せ、浮気の自慢話を引き出します。この時を待っていたボヘミアンたちは「この不道徳ものめ!」とまくし立てて大家を追い出してしまいます。さあ街へ、という段になってロドルフォはひと仕事片付けるからと言って、一人部屋に残ります。

 するとそこにノックの音。ドアの外には同じ建物の部屋に住むお針子が立っていて、ろうそくの火を貸して欲しいと言います。ところが、部屋に入った彼女は急に目まいを起こし倒れてしまいます(階段を急いで上ってきたためと言いかけて)。やがて彼女は回復し火をもらって帰りかけますが、鍵をなくしたと戻ってきます。二人は鍵を探そうとしますが、彼女のろうそくの火が消えてしまい、続いてロドルフォのろうそくも・・(これは彼がわざと消した?)。暗やみの中、二人は手探りで鍵を探します。ロドルフォは鍵を見つけますが、何食わぬ顔でポケットにしまってしまい、偶然を装って彼女の手に触れます。そして月明かりの中で、自分の夢を、生活を語り(アリア「冷たい手を」)、次いで彼女にも自己紹介を求めます。ためらいながら、それに応えて彼女も貧しいけれど夢のある生活ぶりを歌います(アリア「私の名はミミ」)。この2曲はプッチーニの代表的なアリアであるばかりか、オペラ史上に燦然と輝く名曲中の名曲とされています。こうして二人は運命の扉を開き、甘い言葉を交わしながら二重唱「おお、愛らしい乙女」を歌い(第2幕でも登場する「愛の主題」)、腕を組んで仲間たちの待つ街へと出かけていきます。


第2幕  《同じくクリスマス・イヴの晩 カルティエ・ラタンにあるカフェ・モミュスの前》
            
 街は買い物をする人々と、物売りとでにぎわっています。音楽家ショナールは調子の外れたホルンを買い、哲学者コルリーネは外套と珍しい(彼にとってですが)本を買います。マルチェルロは女の子に声をかけ、あるいは何かプレゼントを買ってあげたかもしれません。ロドルフォとミミは連れ立って歩き、ロドルフォはピンク色のボンネットをプレゼントします。その間、他の仲間はカフェ・モミュスで落ち合い、席を探します。まもなくロドルフォもミミを連れて店に入り、皆にミミを紹介します。舞台裏からはおもちゃ屋のパルピニョールの独特な売り声が聞こえてきます。皆が料理を注文する間、店の外ではおもちゃ屋に子供たちが集まり大騒ぎ。テーブルでは洒落た会話が弾みます。ボヘミアンは恋人たちを祝福しながらも世俗的な愛を精一杯皮肉りますが、アツアツの二人には一向に通じません。この中でマルチェルロは最近恋人と別れたばかりなのでひとり腐っています。

 そんなところへマルチェルロのかつての恋人ムゼッタが甲高い笑い声とともに登場します。彼女は現在のパトロンである宮中顧問官アルチンドロに山のような買い物の包みを抱えさせています。ムゼッタは店中の人々の視線を集めて得意でしたが、ひとり無視しているマルチェルロを見て憤然とします。彼女はボヘミアンたちの隣のテーブルについてマルチェルロにちょっかいを出したり、店の皿を割ったり、おろおろするアルチンドロを尻目に大騒ぎをします。事の成り行きを面白そうに見守るボヘミアンたちを前にしてムゼッタはワルツを歌います(アリア「私が街を歩くと」)。小うるさい年寄りに飽き始めていたムゼッタはマルチェルロにまだ脈があると見て、わざと足が痛いと悲鳴を上げ、アルチンドロに靴を買ってくるよう命令して追い払ってしまいます。ついにムゼッタはマルチェルロの胸の中に飛び込み熱烈に抱擁を交わします。

 ボヘミアンたちが感動に浸っているとウェイターが勘定書きを持ってきます。すでに買いものをしてきた彼らのポケットにお金が残っているわけはありません。遠くからは太鼓の音が聞こえてきます。困り果てている一同に、ムゼッタはその勘定書きをアルチンドロの勘定書きに付けてしまいます。鼓笛隊を先頭に巡邏隊の行進がカフェ・モミュスの前を通り過ぎる時、ボヘミアンたちはムゼッタを担いで群集の中に入っていきます。やっと戻ってきたアルチンドロの前にムゼッタの姿はなく、そこに残されていたのは覚えの無い勘定書きだけでした。


第3幕  《3ヶ月ほどたったある日 アンフェール関門近く》

 雪が降りしきる早朝、牛乳売りなど物売りたちが仕事に出かけていきます。居酒屋からは、夜通し飲んでいた客たちの陽気な歌声が聞えてきます。そこでマルチェルロは絵を描きムゼッタは歌を教えています。

 そこへミミがすっかりやつれた姿でやって来ます。マルチェルロを呼び出した彼女は、ロドルフォとの生活がうまくいかないと訴えるのでした。ちょっとしたことにも嫉妬しイライラするロドルフォの態度にミミは疲れ果てていたのです。マルチェルロは、それなら別れるしかないと言い、自分がロドルフォにうまく言うからとミミを帰らせます。実は前の晩からロドルフォは、マルチェルロのいる居酒屋に転がり込んでいたのでした。

 ミミが帰った後、ロドルフォが部屋から出てきて彼女と別れることにした、と言います。ミミは浮気者で誰にでも愛敬を振りまくから・・・と。しかし本当の理由を問い詰めるマルチェッロに、ついにロドルフォは胸のつかえを吐き出します。「ミミは病気なんだ」と(テノールの聴かせどころ)。今の貧しい暮らしでは薬を買うことも出来ず、激しい咳がミミの胸を蝕み日に日に衰えていくミミの姿を見ていられないと彼は言うのです。その時、物陰に隠れて立ち聞きしていたミミが泣き崩れ、ロドルフォが彼女に気付きます。このオペラで観客の涙をそそる最初のシーンです。
  
 その時、居酒屋の中からムゼッタが客と戯れている笑い声が聞え、マルチェルロは怒って部屋の中に駆け込みます。二人きりになったところで、ミミは静かに語り始めます。「お別れしましょう、恨みっこなしに・・・」(アリア「さようなら、あなたの愛の呼ぶ声に」)。ミミは自分の荷物をまとめておくようにロドルフォに頼みます。クリスマス・イヴに貰ったボンネットは思い出に取っていてほしいとも言います。お互いに別れを覚悟しつつも、冬に独りぼっちは辛いから春になったら別れよう、感動的な二重唱を聴かせます。そこへムゼッタと、彼女の浮気な態度に怒ったマルチェルロが飛び出してきます。二人は激しく罵りあい、ついに別れてしまうのでした。この全く異なる二組の別れを同時に進行させ、そこに効果的な音楽をつけるというプッチーニの天才的な腕前にはただ感心させられるばかりです。


第4幕  《数カ月後 第1幕と同じ屋根裏部屋》

 ロドルフォとマルチェルロが第1幕の幕開けと同様に創作活動に励んでいますが、心は上の空。二人とも別れた恋人のことが忘れられないでいます。ミミはムゼッタにならって金持ちの世話になっているらしい。ロドルフォは例のボンネットをポケットから取り出して切なく歌います(二重唱「もう帰らないミミ」)。やがてコルリーネとショナールが食料を持って現れます。少々寂しい食卓ですが、一同は愉快な大晩餐会と乱痴気騒ぎをはじめます。宮廷の踊りの真似から決闘へと騒ぎは次第に頂点へと上り詰めます。

 とその時、ムゼッタが息せき切って飛び込んできます。ミミが階段の下まで来ているというのです。ロドルフォは部屋を飛び出し、衰弱し切ってひとりでは歩けないでいるミミを部屋に担ぎ入れ、ベッドに寝かせます。ミミは病気が悪化してしまいもう長くないと悟ったため、死ぬときはロドルフォの元でとムゼッタに頼んでここへやって来たのでした。ミミのために何かしてやりたくても、貧しい彼らの部屋には何もありません。少し落ち着いたミミはボヘミアンたち一人一人に挨拶をします。ここも観客が思わず涙する場面です。ムゼッタは自分の耳飾りを売ってお金に換えてくるようにマルチェルロに託し、自分はミミの手を暖めるためのマフを取りに出かけます。コルリーネはあのクリスマス・イヴの晩に買った外套を売ることを決意します(アリア「古い外套よ」)。そして何も売るものの無いショナールは、久しぶりに会った恋人たちを二人きりにしてやるためにそっと部屋を出ていきます。

 二人きりになったミミとロドルフォは激しく抱き合います。ロドルフォはあの時買ってあげたボンネットを差し出します。喜ぶミミ、観客の涙は乾く間もありません。二人は静かに思い出を語り合います。初めて会ったクリスマス・イヴのこと、部屋で鍵をなくしたこと、ロドルフォが鍵を見つけたのをミミは気付いていたこと、「なんて冷たい手」とロドルフォがミミの手を取ったこと・・・。しかし、ミミは発作を起こして気を失います。

 やがて仲間たちが次々に帰ってきます。マルチェッロは医者を呼び、薬の準備をします。ムゼッタはミミにマフを渡し、ようやく手が温かくなった彼女は安らかに眠りにつきます。コルリーネも外套を売った金を手に戻ってきます。
しかしそんな仲間たちの心遣いもむなしく、ミミは静かに息を引き取っていたのでした。先に気付いたショナールやマルチェルロの狼狽からこの悲劇を悟ったロドルフォは、激しくミミの名を呼びながら彼女の体の上に身を投げるのでした。   幕

ライトモティーフ(示導動機)

 プッチーニは、主要な登場人物たちに一定の旋律的モティーフを与えています。しかし、ワーグナーの即物的、論理的なものと異なり、むしろ音楽的展開の素材として、あるいは一定の感情内容や抒情的効果を喚起するための手段として自由に活用されています。そのため、全く関係のないところでも出てくることもあります。しかし、このモティーフをしっかり頭にいれて演奏することは極めて重要です。          


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