虹の彼方に〜ドリーミング・アメリカ

シルヴィア・マクネアー & アンドレ・プレヴィン

Come Rain or Come Shine: The Harold Arlen Songbook

 
                虹の彼方に〜ドリーミング・アメリカ 
虹の彼方に〜ドリーミング・アメリカ
     シルヴィア・マクネアー & アンドレ・プレヴィン
Come Rain or Come Shine: The Harold Arlen Songbook
     1. Over the Rainbow  3:52
     2. Stormy Weather  4:21
     3. Between the Devil and the Deep Blue Sea 2:01
     4. It Was Written in the Stars   4:29
     5. As Long as I Live  4:03
     6. That Old Black Magic  3:02
     7. The Morning After  3:18
     8. A Sleeping Bee  5:29
     9. AC-Cent-Tchu-Ate the Positive  2:56
    10. Goose, Never Be a Peacock  3:55
    11. I Wonder What Became of Me?  3:23
    12. It's Only a Paper Moon  2:41
    13. Two Ladies in the Shade of the Banana Tree 2:13
    14. Coconut Sweet  5:30
    15. Right as the Rain  3:28
    16. I've Got the World on a String  3:43
    17. Come Rain or Come Shine  4:13
    18. This Time the Dream's on Me  3:33
    19. Let's Take a Walk Around the Block 5:39
    20. Last Night When We Were Young  2:47
        シルヴィア・マクネアー(Vocal)
        アンドレ・プレヴィン(Pf)
        デヴィッド・フィンク(Base) 1996年


 『オズの魔法使い』( The Wonderful Wizard of Oz )は米国で1900年に出版された児童文学で、初版、第2版とまたたくまに売り切れるほど大ヒットしました。カラーの挿絵付きという当時では画期的なものでした。1902年にはミュージカル化され、さらには1939年にミュージカル映画化され世界中に知れ渡ることになります。この映画でジュディ・ガーランドが歌って有名になったのがこの『虹の彼方に』。作曲家ハロルド・アーレンの代表作、名刺代わりの1曲とも言える曲で、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラといった大御所をはじめ数多くの歌手によって歌われてきた名曲です。

 プレヴィンのピアノによるマクネアーとの第2弾。ハロルド・アーレンの曲だけを集めたアルバムで、1曲目からこの名曲『虹の彼方に』が歌われています。オリジナルのアルバム・タイトルは Come Rain or Come Shine なのに日本国内盤のタイトルは何故か『虹の彼方へ〜ドリーミング・アメリカ』、レコード会社の見識が疑われるタイトルですね。世界中で名歌手によってレコーディングされた回数はたぶん Come Rain or Come Shine の方が多いはず。確かに『虹の彼方へ』の名前は圧倒的に日本人に馴染みがあるけれど、今更プレヴィンのアルバムを発売するにあたって曲名で客を連れ込む必要はないと思うのですが・・・。

 Over the Rainbow 『虹の彼方に』はいわば肩の力を抜いた指慣らし、のどの暖めといった感じでアルバムの冒頭に持ってきたかと思いきや、曲の序奏からプレヴィンは他のどの演奏にもない見事なピアノで聴き手の心を掴み取ります。曲の中間部にある3度の音符の繰り返しを暗示するフレーズを序奏に持ってくることで、このアルバムをプレーヤーにセットした人の耳に、「ん、どこかで聴いたような」とか「あぁ、アレね」とするっと耳に入っていけるニクイ演出とも言えます。しかも、中間部の音型をそのままでは弾かないプレヴィンの矜持をそこに見ることができます。マクネアーの歌いもすっかり板に付いた感じでゆったりしたテンポで語るように歌います。マクネアーの歌唱力があってこそのスローテンポで少女の心を大切にしつつも大人の雰囲気を静かにつくり上げていくと同時に、このアルバムの方向性を強く印象付けてくれます。

マクネアーによる Over the Rainbow
Arlen: Over The Rainbow (From "The Wizard of Oz")

 6曲目の That Old Black Magic はアップ・テンポの曲ですが、プレヴィンとフィンクが決して前のめりにならない大人のサポートを繰り広げます。マクネアーの声はこの曲でもクリーミーさを失わないのですが、やや単調な歌い方に聴こえます。パンチを効かせてほしいところやメリハリが欲しいところもあります。最初から最後まで全くフォルムを崩さないマクネアーの歌いには脱帽ですが、せめて最後の高音だけでも突き抜ける勢いが欲しいところです。

 8曲目の A Sleeping Bee 『眠るみつばち』とでも訳すのでしょうか。1954年に発表された『わが家は花ざかり( House of Flowers )』というミュージカルで歌われる曲です。昔流行った「蜂の一刺し」とは違って、蜂の魔法で本当の恋が成就するという甘いほのぼのとした内容の歌詞です。バーブラ・ストライザンド、メル・トーメ、トニー・ベネットらの名唱を思い浮かべる方々も多いと思います。プレヴィンは1960年にピアノ・ソロ・アルバム( André Previn Plays Songs by Harold Arlen )の中でこの曲を録音しています(なお、マクネアーとのアルバムとこのソロ・アルバムでは6曲重複しています。)。さらにキリ・テ・カナワともこの曲を取り上げています。インストゥルメンタルではこの曲、ビル・エヴァンスの演奏(1963年)も有名ですが、プレヴィンのピアノ・ソロの方が曲の内容を連想させるよりユニークな演奏に聴こえました。

 マクネアーの歌唱はこのアルバム全体に共通する静かに落ち着いた雰囲気を醸しだしています。冒頭のヴァースではプレヴィンのピアノと歌い、本編ではフィンクのベースが慎ましく入ってきます。中間部ではプレヴィンとフィンクによる絶妙なセッションが繰り広げられるという何とも贅沢なひとときを過ごすことができます。後半はベースを中心とした伴奏に乗ってマクネアーの飄々とした歌いが印象的です。そこは熱唱を期待される方にはがっかりさせられるところでもあります。

マクネアーによる A Sleeping Bee
Arlen: A Sleepin' Bee (From "House Of Flowers")

キリ・テ・カナワによる A Sleeping Bee (1991)
Arlen: A Sleepin' Bee (From "House of Flowers")

ダイアン・キャロルによる A Sleeping Bee
Diahann Carroll sings "Sleeping Bee" Harold Arlen

 ダイアン・キャロルは1954年にこの作品 House of Flowers でミュージカル・デビューを果たしました。この映像では彼女の力強い歌唱と舞台さながらの表情や体の動きも併せて楽しむことができます。昨年秋(2019年10月4日)、惜しくもその84年の生涯を閉じられました。

バーブラ・ストライザンドによる A Sleeping Bee(1961)
Barbra Streisand - A sleepin' bee

 彼女がブロードウェイにデビューする前年の映像が YouTube にアップされていますが、この2年後にグラミー賞を受賞するだけの逸材だったことを示す歌唱で実に見事です。

 この曲、ソプラノ歌手のジェシー・ノーマンも録音を残しています。そういえば、彼女も昨年秋(2019年9月30日)に亡くなりました。74歳という若さでした。1985年の初来日公演でR.シュトラウスの『4つの最後の歌』とワーグナーのいくつかのアリアを聴きました。「シュトラウスの繊細な歌い方に好感が待てた、ワーグナーはあまり合わないようだ」と筆者は日記に書いていました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

ジェシー・ノーマンによる A Sleeping Bee
Arlen: A Sleepin' Bee (From "House Of Flowers")

 17曲目にいよいよこのアルバムのタイトル曲、Come Rain or Come Shine が収録されています。『降っても晴れても』日本語に訳すと何故かダサイ感じがしますね。ミュージカル『セント・ルイス・ウーマン』(1946年) の中で歌われた曲です。同年に行われた最初のレコーディングではこの曲をダイナ・ショアが歌っています。その後、サラ・ヴォーン、ジュディ・ガーランド、エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラ、ジュリー・アンドリュース等によって歌い継がれ、インストゥルメンタルでも数多くのプレーヤー達が取り上げてきた名曲です。プレヴィンもピアノ・ソロで録音しています(前述)。

 曲そのものが起伏の少ない作りであることもあって、今ひとつアルバムの中に埋もれてしまう印象があります。しかし、マクネアーのその弱音における声の響き、強弱の巧みさ、余韻の心地良さ、音域によって声調が大きく変わらないところ、こういった彼女の特質をフルに活かすことで極上のウィスキーに匹敵する旨味を醸し出しています。耳が彼女の歌いに吸い寄せられるということでしょうか。ベースを抜きにしたピアノだけの伴奏のサポートも完璧です。

マクネアーによる Come Rain or Come Shine
Arlen: Come Rain Or Come Shine (From "St. Louis Woman")

ダイナ・ショアによる Come Rain or Come Shine
Come Rain or Come Shine



                


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