モーツァルト:歌劇『魔笛』

第7章 『魔笛』のルーツ 5 〜リーベスキントの『ルル或いは魔法の笛』

 
             リーベスキントの『ルル或いは魔法の笛』          リーベスキントの『ルル或いは魔法の笛』

リーベスキントの『ルル或いは魔法の笛』


 シカネーダーは『オベロン』(1789年)、『賢者の石』(1790年)の次の演目を企画するのにあたって、同じヴィーラントの『ジニスタン』に収録されていた物語の中から探し出したのがアウグスト・ヤーコプ・リーベスキントの『ルル或いは魔法の笛』でした。これが『魔笛』という題名のジングシュピールとして構想され、タイトルにある魔法の楽器もここから取られたと考えられます。

 この童話は秘教の要素を含んだ東洋風の物語で当時人気を博していたとされています。狩に出かけた王子ルルが魔法の城に迷い込むと光り輝く妖精ペリフィリーメが現われ、大切にしていた黄金の剣を悪い魔法使いから取り戻してほしいと依頼しその見返りに自分の娘を与えると約束します。その際、王子ルルに魔法のフルートと指輪を与え、その音色を聞いた人の心をなびかせることができ、指輪を回せばその持ち主を好きな人物に変えることができる、と言います。このアイデアは『魔笛』に引き継がれ、タミーノにフルートを、パパゲーノにはグロッケンシュピールが与えられることになります。なお、王子ルルは年老いた旅楽師に変装して囚われていた乙女シディを救い出します。

 但し、この東洋風の秘教的な物語の影が見られるのは『魔笛』の第1幕のフィナーレに入ったところ(第15場)、すなわちタミーノが寺院の入口に来て弁者とやりとりをするところまでであり、決して全幕に亘っているわけではありません。同じ『ジニスタン』の中には『聡明な子ども』という別のおとぎ話があり、ここからもシカネーダーはネタを仕入れています。魔術師ゾフッラがアジアのある国を支配していて、羊使いの娘を地下牢に閉じ込めているのですが、勇敢なヤギの番人が彼女を助け出すという物語です。この中で、かわいらしい3人の子どもが登場して、「金色の葉をもつ3本の銀色の椰子の木の下に座っていた」という記述は『魔笛』第2幕の最初の舞台のト書き「舞台には椰子の林があり、木はすべて銀色で葉は金色・・」とそっくりです。さらに、「あなたは誰に会っても一言たりとも喋ってはなりません」とも言うところも『魔笛』における3人の童子がタミーノに語ることと一致しています。

 さらに『ジニスタン』からもうひとつ別の物語『迷宮』からも借用していると考えられます。この説は第12章で述べるシカネーダーの『魔笛第2部』のネタ本として紹介されていますが、『魔笛』の構想段階でも参考にされたと思われます。『迷宮』では、主人公の王子ミリーミが鳩の導きで王女ツェリーデと結婚しようと迷宮で試練を受けます。ミリーミはツェリーデを求めて迷宮を歩きまわり、四大元素である空気、水、地、火の試練を受けるというストーリーであるのに対して、『魔笛』では水と火の試練が採用されています。

 シカネーダーは『魔笛』を『オベロン』や『賢者の石』と同じ物語集からヒントをかき集めて構想を練ったと考えられます。但し大きく違った点は、作曲をウラニツキーではなく、また複数の合作でもなく、モーツァルトに依頼したということでした。まさにそのことによって、この『魔笛』が200年以上たった現在においても燦然と輝くオペラの最高峰のひとつとして演奏され続けていると言えるのです。



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