KIRI SIDETRACKS  キリ・テ・カナワ/アンドレ・プレヴィン

 
                キリ・サイドトラックス 
キリ・サイドトラックス “Kiri Sidetracks : The Jazz Album”
   A Sleepin' Bee (From "House of Flowers")      - 3:52
   Honeysuckle Rose (From "Load of Coal")       - 5:04
   Cute                                                    - 3:00
   It Could Happen to You (From "And the Angels Sing") - 2:42
   Like Someone in Love (From "Belle of the Yukon") - 4:39
   Autumn Leaves                                        - 3:57
   It Never Was You (From "Knickerbocker Holiday") - 3:27
   The Shadow of Your Smile (From "The Sandpiper") - 5:11
   Too Marvellous for Words (From "Ready, Willing and Able") -3:45
   Angel Eyes                                            - 4:20
   Why Don't You Do Right                             - 3:49
   The Second Time Around (From "High Time")  - 4:56
   Teach Me Tonight - 3:09
   Polkadots and Moonbeams                         - 4:59
   It's Easy to Remember (From "Mississippi")   - 5:32
            アンドレ・プレヴィン(Pf)
            マンデル・ロウ(Guitar)
            レイ・ブラウン(Drams) 1991年5月


 プレヴィンがオペラ界のプリマ・ドンナ、キリ・テ・カナワと組んだジャズ・スタンダードの歌を録音しました。ピアノ・トリオという最小限の編成で挑んだアルバムに期待が高まりましたが、正直最初に聴いた時にがっかりしたことを憶えています。本職のオペラでの美しいけれど時として上滑りしがち歌い方が、1曲目から如実に顕れていたからです。

 1980年代にはモーツァルトやプッチーニ、R.シュトラウスの主要オペラをいくつか録音してその実力を世に示していたキリ・テ・カナワは、この録音の前年にプレヴィンが指揮して録音したJ.シュトラウスのオペレッタ『こうもり』でロザリンデを歌っています。その出会いの勢いでこのアルバム作りが実現したのでしょうか、YouTubeでその息の合った練習風景を見ることができます。

The Second Time Around: リハーサル
Dame Kiri Te Kanawa sings "The Second Time Around" - Andre Previn/ Ray Brown/ Mundell Lowe - I
Dame Kiri Te Kanawa sings "The Second Time Around" - Andre Previn/ Ray Brown/ Mundell Lowe - II

Teach Me Tonight : リハーサル
Dame Kiri Te Kanawa sings "Teach Me Tonight" - Andre Previn/ Ray Brown/ Mundell Lowe

"Autumn Leaves" & "It Never Was You": リハーサル
Dame Kiri Te Kanawa sings "Autumn Leaves"(Feuilles Mortes) & "It Never Was You" - Previn/Brown/Lowe

"A Sleepin' Bee" & "Honeysuckle Rose": リハーサル
Dame Kiri Te Kanawa sings "A Sleepin' Bee" & "Honeysuckle Rose" - A. Previn/ R. Brown/ M. Lowe

 キリ・テ・カナワは1944年生まれ、ニュージーランド出身のオペラ歌手、声楽家です。三大テノール歌手として人気を博したルチアーノ・パバロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスと共演し、レナード・バーンスタイン、ゲオルク・ショルティ、ロリン・マゼール、ズービン・メータ、リッカルド・シャイー、ジェームズ・レヴァインといった錚々たる指揮者の元で数々のオペラで主役を歌って録音を残しています。レコード産業全盛期に活躍したディーヴァとも言えます。1996年に比叡山延暦寺で歌った映像を観た記憶があります。2017年に引退を表明されたのは記憶に新しいところです。

 このアルバム作成にあたって、キリ・テ・カナワは「自分のキャリアで間違った選択ではないかと恐れていたけれど・・・オペラを終わりにしたらあちこちのクラブに行って歌っているかもしれないわ。」と言っています。彼女のこのアルバム先立ってガーシュウィンのアルバムを1986年にジョン・マグリンの指揮で録音していますが、オペラ歌手が歌った美しいガーシュウィンの域を出ないばかりか単調な歌いに終始している結果に終わっているように思われます(1曲だけ素晴らしい演奏がありまして、13曲目の『バイ・シュトラウス By Strauss 』が突然目覚めたかのように活き活きと歌っています。)。プレヴィンとこうしたジャンルに挑むまでの5年間は彼女なりに迷っていたのかもしれません。
              キリ・テ・カナワ シングス ガーシュウィン

 このプレヴィンとのセッションが終わった僅か2ケ月後にジェローム・カーン、コール・ポーター(1993年)、アーヴィン・ベルリン(1996年)と立て続けにアルバムをリリースし、ひと皮むけたところを披露しています。プレヴィンのお陰で開眼したのかもしれません。
    キリ・テ・カナワ シングス カーン  キリ・テ・カナワ シングス ポーター  キリ・テ・カナワ シングス ベルリン

 冒頭の A Sleepin' Bee 、繰り返し聴くことで慣れたせいか最初聴いた時の違和感は少し減ったのですが、出来はイマイチでしょうか。ピアノがいるのにギターが動きすぎていてお互いが消し合っているのと、ギターの音色が曲を覆いつくしている感じがあります。トリオの3人が揃って頑張りすぎているのかもしれません。キリ・テ・カナワの声もやや収まりが悪く不安定さが気になります。エンディングの声は見事です。

“A Sleepin' Bee”
Arlen: A Sleepin' Bee (From "House of Flowers")

"Cute ": CDの音源を使ったミュージック・ビデオ
Dame Kiri Te Kanawa sings "Cute" (MV) - Andre Previn/ Ray Brown/ Mundell Lowe

 ところが、5曲目の Like Someone in Love から突然キリ・テ・カナワは別人のように輝きだします。肩の力が抜けたのか、シンプルに徹したピアノを立てながらギターのリズムに溶け込むように歌います。声も言葉のアクセント以上の押し出しをしなくなります。起伏の少ない曲ということもありますが、どこかツボを見出した感じです。美しい声の持ち主ですからストレートに声を出せば美しさは後からついてくるということでしょうか。

“Like Someone in Love”
Heusen: Like Someone in Love (From "Belle of the Yukon")

 6曲目は言わずと知れた『枯葉 Autumn Leaves 』。ベートーヴェンの『エリーゼのために』を思わせる序奏で始まるプレヴィンのピアノだけの伴奏にキリ・テ・カナワはそっと寄り添うに歌いだします。必要以上に物憂げにならず、淡々と自然な発声で語るように歌うことで次のフェーズを演出します。後半はリハーサルの時と少し違う、より落ちついたリズムでベースが入ってきます。プレヴィンの手慣れたピアノとロウのギターが控えめ目に色を添えていきます。名演です。続く7曲、8曲目とブルース調の曲が続き、落ち着いた歌を聴かせてくれます。

“Autumn Leaves”
Kosma: Autumn Leaves

“It Never Was You”
Weill: It Never Was You (From "Knickerbocker Holiday")

“The Shadow of Your Smile”
Mandel: The Shadow of Your Smile (From "The Sandpiper")

 意外に良かったのが Why Don't You Do Right 。ペギー・リーやジュリー・ロンドン、ヘレン・メリルらと較べては分が悪いのは当然ですが、キリ・テ・カナワは偉大な先達が築いた歌い口をコピーすることを避けて、自らの声の美しさを活かしつつ新しいスタイルを打ち出そうとしているようです。「さっさと行ってお金を持ってきてちょうだい!」をけだるそうに思い入れたっぷりに歌い、或いは男勝りの太い声で歌うことがすべてではないと言わんばかりの自信に溢れた歌を聴かせてくれます。途中のトリオによる演奏ではロウのギターがいい雰囲気をつくり、プレヴィンのピアノが冴えまくります。

“Why Don't You Do Right”

Why Don't You Do Right

ベニー・グッドマンとペギー・リーによる “Why Don't You Do Right”
Why Don't You Do Right - Peggy Lee - Benny Goodman Orch 1943

こちらもペギー・リー、彼女らしさがよく出ています。
Why Don't You Do Right
Peggy Lee "Why Don't You Do Right"



            ≪ 前のページ ≫    ≪目次に戻る≫     ≪ 次のページ ≫

Copyright (C) Libraria Musica. All rights reserved.