全裸男と柴犬男 警視庁生活安全部遊撃捜査班

 手に取るとカバーの下にも同じようなカバーがかかっていて、上のカバーをめくったらおっさんが全裸で描かれている。なるほどタイトル通りに「全裸男と柴犬男」(講談社ホワイトハートX文庫、600円)だった香月日輪の作品だけれど、これでは手に取るのをためらう人もいそうだから、上にほとんどカバーに近い帯をつけて全裸を隠すのも仕方がない。そういうのが好きな人は家に帰って帯を取り、改めて見てグフグフとほくそ笑めが良いのだから。

 全裸男は分かったけれども柴犬男とはいったい何だ? それは読めばそのうち分かる。所轄の新宿警察署にある生活安全課防犯係に勤務している、新宿鮫ならぬ石田智宏という名の刑事が暮らしている部屋に、なぜか現れすぐ消えた全裸男。いったい何事とは思ったものの、幽霊みたいなものだろうかと気にせずに過ごした翌日、出勤した警察署で鑑識課員が突然刀を手に取り、振りまわして暴れ回る事件が起こる。

 どうやら刀にこめられていた呪いに取り憑かれたらしく、誰もがその呪いにあてられて鑑識課員に近寄れない。もっとも、そこは全裸男を見てもたじろがず、むしろ一切のお化けの類を信じていない智宏。暴れ回る鑑識に近寄り、振り下ろされた刀を真剣白刃取りして、さあ抑えておくれと周囲を見渡すと、やっぱり誰も近寄って来なかった。どうやら相当に呪われた刀で、遠くから刺又(さすまた)のような道具を近づけると、これがグニャリと折れ曲がってしまうからたまらない。

 あとは力が尽きた智宏が切り伏せられるだけだと、本人も思っていたところに現れたのが警視庁本庁にあるらしい超常現象を専門にした遊撃捜査班。そこの面々が集団でやって来ては、刀に取り憑いた悪霊をきれいさっぱり祓ってその場は収集。そして智宏は、幽霊や妖怪の類が見えないからこその度胸の良さを買われて、本庁の遊撃捜査班へと引っ張られることになった。そこににいたのが、前に全裸で現れた神瀬京介という男だった。

 いったいどうして。それはひとつの運命だったこということで。そして智宏は、オネエ言葉を操るけれども実はノンケで、そして家族が警視庁のおえらいさんばかりというエリート一家に生まれた遊撃捜査班を率いる鬼塚誠一郎警視とか、顔がピースマークみたいな笑顔だけれども、戦うとムエタイとか駆使して強い今野照美という女性らに囲まれながら、ホストが客を絞め殺そうとした事件などに駆り出されては、ホストに執心していた女の隠していた罪を暴く手助けをしたりする。

 宮内庁とか警視庁とか自衛隊に、それぞれ霊的な現象を扱う部署があったりする、林トモアキの「レイセン」シリーズよりはまだ、リアルに近いところで妄念とか怨念とかが渦巻く心霊現象を扱っているのが遊撃捜査班の特徴。登場するキャラクターたちはエリート警視を始めとして誰もが破天荒で大らかで、そんな面々が活躍するストーリーはとても清々しい。けれども、一方で起こる事件はなかなかに凄惨で、ホストの周辺では本当に何人も死んでいたりするし、京介が知り合いだったというドメスティックバイオレンスを受けていた若い人妻には、とても悲しい運命が待ち受けている.

 ライトノベルという形態を取って出された小説だから、そうした悲劇をどうにか避けて誰もが助かるようなストーリーに持っていってくれても悪くはなかったはずだけれど、リアルに寄るということはそうやって人が実際に死ぬということ。警察とはいえ訴えられてこなければ動きようのない現実が踏まえられ、そしてドメスティックバイオレンスに合う女性がどこか依存していて離れられない心理も踏まえられて、悲しいけれども現実にある結末が描かれる。

 そうした中に一筋の光明を残して、悲しみと、切なさとの間に少し安心を与えようとしているところがせめてもの救いか。どうにかならなかったのか、という疑問はだから現実の世界でどうにかしようとする行動に変えるしかないのだろう。そういう教訓も含んでの物語だとここは理解し、受け入るしかなさそうだ。

 だから柴犬男とは。どうやら智宏のことらしく、食事を美味しそうに食べる姿が健気に尻尾を振るワンコに見えるらしい。そういう扱いなのか、ということはこれからも引っ張り回された挙げ句に大変な目に遭い続けるのか。それも可愛そうだけれど、一方に可愛いところでもある。全裸男の豪快だけれど猫を愛人のようにしている繊細さを傍らに、男性どうしの間に通う心情のようなものも描かれるのかもしれない。

 それはそれで期待したいところだし、何よりどんな不思議な事件が舞い込んでは、遊撃特捜班のそれぞれが力量と権力を使い解決していくのかにも興味。ずらりそろった凄い奴らばかりの中で、能力的にはゼロながらもそれをプラスに転化しつつ、真面目に健気にワンワンと頑張っていく智宏にも、活躍の機会が与えられては幸せを得られることを願おう。


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