誘惑者


 作家には勇気と自信が必要だ。

 永遠の命を生きる2人の美しい吸血鬼−こんな設定を聞いて、10人のなかのおそらく8、9人は、真っ先に萩尾望都さんの「ポーの一族」を思い浮かべるだろう。

 魅力的な設定であればあるほど、それを借りて物語を紡いでみたいと考えるのは、表現者である作家としては当然の反応かもしれない。しかし、ただ過去にあったというだけではなく、少女漫画の分野に金字塔のようにそびえ立つ傑作の設定を借りて、新しい物語を紡ぎ出すなんて、過去の作品と比較されるこを恐れない勇気と、過去の作品を越えてみせるという自信なくしては、とてもとても出来はしない。

 久美沙織さんの「誘惑者」(ワニ・ノベルズ、800円)は、そんな作家の勇気と自信にあふれた作品だ。

 超絶的な美しさであらゆる人間を魅了してしまう青年シュウと、シュウに着き従う青年テツ。ふとしたことから彼らと知り合った早野僚子は、彼らの家でシュウが語る不思議な物語を、ワープロで書き留めていくアルバイトを始める。一方、僚子の兄で刑事の耕太郎は、連続して発生している女性ばかりを狙った奇妙な殺人事件を追っていた。全身から血の抜けた姿で発見される、それら女性の遺体には、手首に小さな刺し傷があった。

 シュウの語る、エルウィンとカイという2人の美しい青年の物語に魅了され、彼らをそれぞれシュウとテツに置き換えて見るようになった僚子。耕太郎の捜査がじりじりとシュウに近づいていくなかで、僚子は兄も元恋人も捨てて、愛しい2人の青年と、新しい命を生きていく方を選ぶ。

 シュウとテツの関係は、そのまま「ポーの一族」のエドガーとアランに重なる。しかし、周囲を圧倒する魅力と能力を持ちながらも、どこか儚げで、人目につくことを避けてひっそりと暮らしていたエドガーやアランと違って、シュウやテツには自分の能力への自信こそあれ、人間を恐れるようなそぶりはかけらもない。

 そんな2人が、現代っ娘の強情で生意気で純情な気質に、次第に惹かれていってしまうのは、常人ならざる力を持ち、常人と違った時間を生きるようになってしまった故の寂しさを、エドガーやアランと同じように、シュウやテツもまた、持っていたからだと思う。

 「ポーの一族」は確か、少年を新しい仲間に引き入れようとして失敗し、アランも消滅してしまうというエンディングだったが、「誘惑者」の2人の吸血鬼は、新しい仲間を迎えて、果てしない生をどう生きていくのだろう。続編をつい期待したくなる。

 読者の欲望もまた果てしない。


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