よくわかる現代魔法
TMTOWTDI たったひとつじゃない冴えたやりかた

 明治の初期に煉瓦造りの街並みが出来て、「モダン東京」の象徴と讃えられてから百数十年。銀座という街を例える言葉は今ではモダンではなく、伝統の方が相応しくなっている。来る人は銀座に流れる歴史を尊び歴史に育まれた品々を好み、愛してさらに百余年の伝統をそれらに積み重ねていこうとする。

 その銀座から北に約3キロ。日本橋を渡ってのびる中央通りがJR総武線のガードをくぐった場所に広がる一帯が秋葉原だ。昭和の初期には既に電気街となっていたこの一帯も、第二次世界大戦の折りには空襲によって焼け野原に。それでもたくましく電器店は店を再興し、戦後の高度成長も手伝って世界に冠たる電器電気街へ発展した。

 そして秋葉原は、パソコンの台頭にも柔軟に身を沿わせ、アニメーションにゲームといった娯楽の先端も取り入れながら、今なお変化と発展を繰り返している。

 銀座の端正を尊ぶ人は秋葉原の雑多を嫌い、秋葉原の軽妙を愛する人は銀座の重厚を嫌う。銀座と秋葉原に限らず、伝統と先端のどちらが正しくてどちらが間違っているのかという議論は絶えず、先端が伝統を破壊し伝統が先端を押さえ込んでは諍いを巻き起こし、時に人や世界を傷つける。

 けれども本当に伝統と先端は相容れないものなのか。どちらもそれぞれに正しくて、そして同じくらいに欠けている部分もあって、合わさってひとつの世界を作り出すのではないのか。伝統にこだわる旧都で始まり、先端のさらに先を疾走する新都で幕を閉じることになった桜坂洋の「よくわかる現代魔法 TMTOWTDI たったひとつじゃない冴えたやりかた」(集英社スーパーダッシュ文庫、514円)がmそんな疑念に冴えて優しい解を出す。

 簡単な呪文をコンピュータのプログラムとして書いて、CPUの上を何百回何千回何万回と繰り返して走らせることで発動するのが現代魔法。その第一人者として知られる姉原美鎖が暮らす銀座の洋館を、押入の中から新品同様の状態で見つかったチラシに書かれてあった魔法学校だと信じた森下こよみが訪ねた時から、このシリーズは始まった。途中、渋谷に起こった記憶を失いたいと望んだ者の企みを止める物語を挟みつつ、過去と現在とがぶつかり合って火花を散らす物語へと発展していく。

 中世より幾度となく蘇っては世界を危機に陥れようとした大魔女、ジギタリス・フランマキアの力の源「魔女のライブラリ」を手に入れて、力を話が物にしようと企む古典的な魔法使いのジャンジャック・ギバルテスと、美鎖のような力を得たいと望むプログラマーのゲイリー・ホアンの2人が巡らせる企みに、美鎖とこよみの現代魔法使い2人と、かつて美鎖の祖父と組んでギバルテスを倒し、ジギタリスを封印した魔法使いクリストバルトの末裔で、古典魔法を使う一ノ瀬弓子クリスティーナが挑む物語は、時に時空を超え、時に六本木ヒルズを舞台にしながら戦いが繰り広げられていく。

 そして4作目の「よく分かる現代魔法 jini使い」終盤。六本木ヒルズの上で唐突に始まった姉原美鎖と一ノ瀬弓子クリスティーナの戦いにひとつの決着がついたのか、同じ場所にいて森下こよみとともに事件に巻き込まれた坂崎嘉穂の自宅に、美鎖が首から提げていたアミュレットが血にまみれた形で届けられる。

 美鎖に何が起こったのか? こよみでも弓子でもなく自分にアミュレットが届けられた理由は何なのか? 嘉穂は考え行動に移す。一方で学校へと行ったこよみの前には、謎めいた黒スーツの男が現れこよみに「あなたです」と告げる。訳が分からないままこよみは美鎖の家をたずね弟の聡史郎と共に美鎖を探しに秋葉原へと出向き、そこで嘉穂と邂逅しホアンとギバルテスのコンビにも出会い、黒スーツの男からまつぃても「あなたです」と言われ、ジギタリス復活の場面に立ち会いそしてラストバトルの火ぶたが切って落とされる。

 筐体を征伐されても次の筐体を得て蘇り、そして魔法使いたちによって征伐されまた蘇る繰り返しだったジギタリス。その永遠の封印を目論む美鎖の文字通り命をかけた計画には、たったひとつしか冴えたやりかたがないのだとずっと想われていた。古典魔法の強大な力を現代魔法の強引な力で対消滅させるようなやりかたは、同時に代え難い命を犠牲にする必要があった。過去、幾度となく繰り返されて来た戦いでもその度に命が奪われ失われて来た。

 けれども今回は違っていた。古典魔法と現代魔法が争わないですむ冴えたやりかたがあった。森下こよみという存在。発動するコードを組み替え空から降るたらいに変えてしまう現代魔法の使い手である彼女の存在が、悲劇のはずだった物語に一筋の光明となって差し込み新しい道を拓いた。銀座で始まった物語は秋葉原でひとつの結末を迎え、古典魔法と現代魔法はお互いを認め合いながら未来を作り出した。

 1巻から登場しているものの、美鎖を嫌い魔法を嫌う傍観者としてしか物語に関わって来なかった聡史郎の役目がはっきりして、大事な場面でその役目をしっかりと果たす。怜悧な頭脳を持った嘉穂が、渋谷で「ガーベージコレクター」の企みと美鎖とともに阻止した皆崎竜彦がそれぞれの立場でそれぞれが出来ることをして物語をエンディングへと導く。

 そして森下こよみ。現れつきまとう黒スーツの男からかけられた「あなたです」の言葉そのままに、こよみならではの役目を果たして物語を締めくくる。もしかするとすべては仕組まれていたのかもしれない。長く繰り広げられた争いを帰結へと導くための役目を与えられていたのかもしれない。すべての始まりだった押入の古いチラシ。それを誰がこよみの先祖に渡したのか? 遡ってその場面を見てみたい。

 5巻に渡って紡がれ銀座と秋葉原をつないだ物語は、古典と現代の美しき融合によってひとまず幕を閉じた。けれどもこれで終わるとは限らない。これで終わりだとは思いたくない。立ち上がった魅力的なキャラクターたちを、新しく登場するだろうキャラクターたちと絡めつつ、魔法が存在する世界の上で人はどう動きどう変わっていくのかを描き継いでいってもらいたい。


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