駅伝走宇宙人 その名は山中鹿介!

 宇宙人がやって来て、地球に暮らす高校生たちと交流する、って話だとそう、エドワード・スミスの「侵略教師星人ユーマ」ってシリーズが前に出ていたメディアワークス文庫だけれど、圧倒的なパワーを持ちながらも地球人を虐げず、むしろ親身になって教育し、それを脅かす敵が現れたら徹底して戦うという不思議な宇宙人を主人公にした新味が面白かったにも関わらず、2巻でもって今のところ刊行が止まってしまっている。

 宇宙人とかSFとかはやっぱりメディアワークス文庫に似つかわしくないのだろうか、お店でミステリとかじゃないと売れないのか、なんてがっくりとうなだれていたところ登場したのが、つるみ犬丸の「駅伝激走宇宙人 その名は山中鹿介!」(メディアワークス文庫、630円)という、タイトルに堂々と宇宙人の文字が入った物語だった。

 読むとそのタイトルどおり宇宙人が地球へとやって来ては、陸上部から別れて駅伝部を作った高校生の男女が、陸上部に残った同級生との勝負をする羽目となって絶対に勝たなければいけないとプレッシャーに揉まれていた所に入っていろいろと協力したり、逆に協力してもらったりしながら交流を深めていくというストーリー。「侵略教師星人ユーマ」とも繋がる無限の宇宙に暮らすさまざまな人々への興味に加え、日本の戦国時代ってものをかきたててくれる。

 なぜって宇宙からやって来たのが山中鹿介だから。それも名前が同じなだけじゃなく、戦国時代に活躍していたという武将、その人だったから。とっくの昔に死んだとことになっていた、山中鹿介がどうして現代の地球にやってきたのかというのは、物語を読んでのお楽しみ。ちなみに山中鹿介にはスーパーパワーとかはなく、侵略者と戦うといった感じでもなく、いっしょにやって来た娘で美少女の小夜も含めて、地球人といっしょに駅伝のメンバーになって走ったりするのが最大の見せ場だったりする。

 でもって、そこでも超人的な能力は特に使わず、才能はあるけどそれを地道な鍛錬によって伸ばしていく感じ。科学的で合理的な練習方法がしっかりと描かれたストーリーは、駅伝をテーマにした青春小説に近い雰囲気を持っている。そこに主人公の少年が抱えていた、3キロを過ぎたら走れなくなってしまうトラウマが突破されていくドラマも乗って、よりいっそう青春スポーツ小説といった雰囲気を濃くさせる。

 もっとも、そこで単純に青春スポーツ小説としてしまっては、三浦しをんの「風が強く吹いている」とか佐藤多佳子の「一瞬の風になれ」といった、過去に数多あるアスリート小説に並んでしまう。そこを「駅伝激走宇宙人 その名は山中鹿介!」は、宇宙人でそれもかつて戦国時代に存在した有力大名の尼子家に仕えながらも、戦国時代の終焉とともに宇宙に帰っていた一族が、戻ってきては滅亡したと伝えられている尼子家の子孫を探すという設定を混ぜ込んで、過去と現在を繋げてみせる歴史ファンタジーとしての味を付けて、他との違いを打ち出している。

 というか、やっぱり驚きは山中鹿介というキャラクターの投入だ。三日月に向かって願わくば我に七難八苦を与えたまえと呻吟しては、尼子家再興だけのために走り回って最後は謀殺されたたと言われる勇猛果敢にして忠信に熱い男が再来した訳で、戦国時代に栄え滅びた者たちへの思いってものを改めてかき立ててくれる。そして、宇宙人の進んだテクノロジーの一方で、同じ知性であってもそこに差別的なものが存在する残酷さを描いてみせて、痛快さからちょっと離れた社会的な問題といったものを考えさせるようになっている。

 地球でもある差別の問題と裏腹なシチュエーション。それを乗り越える優しさはあるいは地球を救い、宇宙すらも救うかもしれないと思わせる。最後の最後で宇宙的テクノロジーが発揮されるけれど、それが無理になくても通じたかもしれないと思わせるところが、SFというよりは青春ストーリーの雰囲気を感じさせるポイントかもしれない。

 気になるのは続編があるかどうかだけれど、地上では片づいてしまった物語を、今度は向こうの星に乗り込んでいくことで再開させる、なんてこともあり得るかも。政争とか混迷に駅伝で決着をつけるとか。そこで地球の技術を獲得した小夜が頑張り名実ともに市民権を獲得するとか。そうなるかどうかはともかく、ちょっとは期待したくなる、今度こそはもっと続いて欲しいなって。


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