イコパスール イン クザンド 

 人が死ぬのは哀しいことだし、人を殺すのは罪深いことだという認識はある。人が死んでしまう作品は辛いし、人を殺してしまった者を英雄視する作品を讃えるのにはためらいがある。でも、この作品にはそんな心の枷をぶち壊して、人が死ぬこと、人を殺すことを妙な楽しさに変えてしまう回路がある。

 第6回オーバーラップ文庫大賞で銀賞を獲得した木質による「サイコパスガール イン ヤクザランド1」(オーバーラップ、650円)。読むとあまりの人死にの多さに、気分が悪くなるかとうとそうはならない不思議な感触。だからといって人殺しの快楽に誘われるような心理にもならず、一種のアトラクション的な体験として状況を眺めていられる。

 ヤクザというか暴力団が蔓延り市民を恐怖させている関係で、蘭戸市では都市伝説を怖がる人が減って慄禍と呼ばれるエネルギーが不足し、活動できなくなった都市伝説たちが次々に街を出ていこうとしていた。その中で、口裂け女三姉妹の末っ子らしい徒花だけは残り、ヤクザたちをぶっ殺して最恐の座に返り咲こうと目論んでいた。

 パートナーにはヤクザに陥れられ、冤罪を掛けられ心中に見せかけられて殺害された刑事の息子・瑞穂がいて、ヤクザ事務所の調査を請け負い、盗聴なども行い、あって誰がいるかを徒花に教えていた。聞いた徒花は、慎重に行動しろという瑞穂のアドバイスなどどこ吹く風と、ベレッタに鉈にハサミを持ってヤクザの事務所に乗り込み、ヤクザを撃ち殺し刺し殺し殴り殺す。

 情けも容赦もまるでなし。拷問はするし巨大な工作機械に落としてすりつぶしもする。これが映像なら血が吹き出て肉が飛び絶叫が響き渡りそう。見れば吐き気すら催しそうなスプラッタシーンだけれど、書き手の描写がテンポ良くそしてソリッドなこともあって、血みどろなバイオレンスというより残虐な活劇といった印象。なおかつ相手はヤクザということもあって、妙なスッキリ感すら味わえる。

 刑事の息子には復讐でも、徒花には恐怖が栄養だからほとんどゲーム感覚というのも、描写が痛快無比な理由かもしれない。もちろん相手もプロのヤクザで、そのトップに君臨する遊馬会の会長も残酷さでは負けておらず、ミスした傘下の組のボスを脅し、冗談だと収めつつ続いて貶める連続で恐怖させる。なかなかの悪。そうした描写もヤクザへの嫌悪感を上映し、殺戮を肯定させる理由になっている。

 もっとも、そんなな会長と徒花が、お互いをそれと知らず出会い繰り広げる交流がなかなかの見物。対立関係になければ共に恐怖を振りまくことを生業としながら、息抜きを求めて喫茶店に出入りする人間っぽさを持っていて、人を驚かせて楽しむという共通点もあって良い友だちになれたかもしれない。残念ながらも互いに敵どうしの関係は、ラストに凄まじい頂上戦へと至り、そこで最高のクライマックスを迎える。ここもまた読み所だ。

 蘭戸市に残った都市伝説は徒花だけではなく、ツチノコやメリーさんもいたりする。そのツチノコが、かつてはミズチだったものが擬人化の流れを受け、パーカーを被った少女の姿になっていて、眼は見えないものの鋭敏な感覚を持っていて凄腕のスナイパーになっているところが面白い。電話に答えると背後に現れる能力を駆使して、徒花と共にヤクザを追い詰めていくメリーさんも怖くて頼りになる存在だ。

 最初は敵だったツチノコを味方に引き入れ、メリーさんも入れて徒花と瑞穂がヤクザを相手にした殲滅戦を繰り広げたその先に、平和が戻ったはずの蘭戸市に果たして都市伝説たちは戻って来るのか。より悪辣な存在が現れて恐怖をかっさらっていき、それに徒花たちが挑むことになるのか。「1」とついているからには「2」がありそう。その内容がどうなるかに興味が向かう。

 料理が上手で裁縫なども特異な徒花が、上の2人の姉たちとどう過ごし、どう分かれ、どう生きて今のような性格に至ったのか、といった部分も含めて、いろいろと語られそうな続刊に注目。遊馬会の会長に匹敵する悪辣だけれど格好いいライバルの登場も期待したい。


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