WEB小説家になろうよ。

 ライトノベルが並ぶコーナーに行って、本に巻かれた帯に目を走らせると、小説投稿サイトで大人気になった作品といった紹介文が書かれたものが、結構な数見受けられるようになっていいる。スマートフォンやパソコンから読める小説投稿サイトというのがあって、毎日のようにたくさんの作品が投稿されていて、そこでランキング上位に来るような作品を、これなら売れるだろうと出版社がスカウトし、本にして出している。

 最近では、出版社が最初から関わって、本にすることを前提にして小説投稿サイトで作品を募るような企画も始まっている。新人賞を創設して作品を募り、集まったものを選考委員が読んで優れた作品を選び、本にして出すのがこれまでの流れで、それは今でも続いているけれど、小説投稿サイトからベストセラー作品が生まれているからか、ランキングの上位作品をスカウトする動きが広がりを見せている。

 あらかじめ小説投稿サイトで大勢の読者の目にさらされ、その人気ぶりが分かっているものを本にして出す方が、出版社も安心できるのだろう。ファンも自分が注目した作品が本になる嬉しさを味わえる。何より作者も、小説投稿サイトという“戦場”に立って自分の腕をまず試し、ライバルたちの戦いぶりを見たり、飛んでくる批評という弾を跳ね返したりしながら、大勢に喜んでもらえる作品を作り上げる嬉しさを感じられる。

 いつか本になってベストセラーをという夢もあるのだろう。けれども、自分の書いたものが世の中の誰かに伝わっているという実感を、確実に得られる場所だという思いがあるからこそ、お金になるかどうかも分からない小説投稿サイトという場で、自分の言葉を発信し続けられる。そう思うし、思いたい。

 早矢塚かつやの「WEB小説家になろうよ。」(ダッシュエックス文庫、600円)はそんな、小説投稿サイトで作品を発表し続けることの大変さと、それでも得られる喜びが描かれた作品だ。

 「小説家になろう」ならぬ「もの書きになろうぜ」という小説投稿サイトがあって、高校生の東山静司がそこで「俺の作ったプラモデルが異世界で無双する」という作品を発表したところ、投稿初日にランキング2位を獲得して注目を集めまた。その後も順調にポイントを稼ぎ、出版社に目をかけられて本にもなったが、第1巻が刊行されたあたりから、静司は「プラモ無双」の続きがまったく書けなくなってしまう。

 デビューできたのなら、続きは本でというのが過去の流れだったけれど、「プラモ無双」の場合は続きの発表はまずネットでという考えだった様子。けれども書けないまま気がつくと最後の更新から1カ月近く経っていて、感想にも遅筆を非難するものがちらちらと出始めていた。心を痛めた静司。それでも感想だけは確認しておこうと「もの書きになろうぜ」にアクセスすると、東山セイという自分のペンネームで「プラモ無双」が更新されていたから驚いた。

 いった誰が。読み始めたその続きに静司はまず怒った。あまりにも文章がめちゃくちゃだったから。長すぎたり意味が通っていなかったりして、とても自分の名前で発表して良いものではなかった。けれども読み進んでいくうちに、怒りは悔しさに変わっていく。自分では考えつかなかった展開がとても面白かったから。おまけに「あとがき」欄には、静司に挑戦するかのように、クイズ形式で「ネットブンゲイブ」というキーワードが浮かぶ仕掛けがあって、静司は何者かによる挑戦を感じ取る。

 だから誰が。翌日、学校に行った静司は、自分がネットで小説を書いていることを知っている教師から、校内に「ネット文芸部」というものが存在していることを知る。かけつけた静司はそこで、クラスメイトで秀才で美少女の西園海玲と出会い、実際にアカウントを乗っ取った犯人だった彼女から、いっしょにWEB小説を書いて欲しいと頼まれる。

 西園海玲とは何者か。どうして静司に合作を申し出たのか。それは小説を読んで楽しんでもらうとして、そんな2人が新しい作品で、ランキング1位を取るためにとった手法が、小説投稿サイトに投稿している書き手にとって、面白い作品を書く上でいろいろと参考になりそうだ。

 例えば、ジャンル選びとそこで必要となる要素。「異世界転生・異世界転移」を描くなら、「他人になるワクワク感」であり、主人公が無双する「俺Tueeee」ではなく、現実世界で読者が普通に思っていることが、異世界では誰もが驚くことだったという「読者Tueeee」といった要素を入れることで、ファンの気持を引き寄せられるという。あるいは更新時間。読者がいそうな時間にアップすることは当たり前だが、そこに海玲と因縁のある強力なライバルが作品を送り込んできた時、ランキングで上回るために海玲と静司が繰り出した技が見物だったりする。

 作家ならあり得ない技で、それを実行することで2人は書くことは地獄だと感じる。誰のために、何のために書いているんだろうかと迷いもする。けれども、2人はすぐに書くことを天国だと思い直す。「面白いです」「頑張ってください」「応援しています」。寄せられる直接のメッセージや増えていくアクセス数から分かる、読んでくれる人がいるという事実が、WEB小説家たちを今日もキーボードに向かわせているのだ。

 本になってベストセラーになって一攫千金という夢を抱くことは間違っていない。出版社が売れる本を探して小説投稿サイトから人気作をスカウトすることも、より多くの人に読んでもらえるチャンスだと思えば、作品にとって良いことだ。ただ、何かを書く上で最初に、そして最低限抱いておくべき気持があるとしたら、それが自分にとって嬉しく、誰かにとっても喜びであって欲しいというもの。「WEB小説かになろうよ。」を読んで少しでもそんな気持が芽生えたら、自分でも何か書いてみよう。数字など気にせず、書きたいことを、書けるだけ。


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