忘れえぬ魔女の物語

 谷川流の「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズを原作にしたテレビアニメで、夏休みの2週間を描いたエピソードが、8回にわたって繰り返された「エンドレスエイト」に覚えた困惑を、思い出させてくれる作品とでも言えば、その雰囲気を分かってもらえるあろうか。最新の第12回GA文庫大賞で金賞となった宇佐楢春「忘れえぬ魔女の物語」(GA文庫、660円)のことだ。

 高校生になった相沢綾花は、入学式の日に教室で同級生の稲葉未散と初めて出会って友達になる。そして翌日も、その翌日も綾花は未散との初めての出会いを繰り返す。実は、すべて同じ4月6日のできごとだった。生まれたときから綾花は、同じ1日を何回も繰り返してから、次の1日へと進む人生を過ごしてきた。

 繰り返す回数は平均すると5回ほど。ということは15歳の綾花は、その5倍にあたる75年の時間を過ごしてきたことになる。端から見たらどれだけ老成した女子高生に映っただろうか。興味をそそられるが、そうした心情の考察は置いて、「忘れえぬ魔女の物語」がいわゆるループ物と違うのは、なんどもやり直した果てに来る、最後の1日が選ばれて翌日へと続くのではないことだ。

 例えばテストで悪い点をとってしまったからといって、勉強し直してループした日で良い点をとっても、悪い点をとった日が選ばれる可能性があった。教室で綾花と未散が出会わない日があって、その日が選ばれたら物語は続かなかったかもしれない。もっとも、強い運命で結ばれていたからなのか、それとも偶然なのか2人が出会わなかった4月6日は訪れず、そのまま2人は仲良くなっていく。それがとてつもない悲劇を招き、恐ろしい運命へと綾花を誘うとも知らず。

 どういう種類の悲劇だったか、どれだけ恐ろしい運命だったかはここでは綴らないが、言えることはループという可能性にどっぷりと浸って生きてきた身に、それが奪われた時に去来する絶望感は想像もつかないほどに強いものだということだ。いちどきりの人生を当たり前としている普通の人間は、後悔を抱きながらも次第に諦めの感情を醸成していく。そうではなかったからこそ、取り戻せない時間があったことが激しい痛みをもたらす。

 そこにもたらされた光明が、さらなる絶望を招く展開がすさまじい。「エンドレスエイト」は8週間、同じような展開が描かれ続けたが、それですら視聴者は困惑と焦燥を覚えた。実際の小説では1万5000回以上のループを、登場人物たちは経験して、その中でひとり長門有希だけは、すべてのループを覚えていた。よく気がおかしくならなかったと思う。そこは長門だからだろう。

 それよりも遙かに多くて長い時間の牢獄に、人間が閉じ込められたらいったいどうなってしまうのか。その様を、綾花が見せてくる。読みながら、1度きりの時間が持つ価値を考えてみたくなる。もっとも、そんな無限の絶望にも折れない綾花の、未散に対する恋情の強さにも驚かされる。友情を超えた何かがそこにあるのかもしれないと思えてくる。

 未来を観測する自分がいるからこそ、確実に未来は訪れるという理論。過ぎ去った幾つもの過去をつなぎあわせて、最適な過去を作り上げるという異能。量子論的なアイデアを元に練り上げられた設定の上で、苦闘しながら最善の未来を掴もうとあがく少女を描いた、まがう事なきSF作品だ。

 どれだけ繰り返しても突破できない時間の牢獄から抜け出すための道が、なかなか見えないだけにページを繰る手も早くなる。どうにかして乗り越えてエンディングを迎えた時、喝采を送りたくなるが、ハッピーエンドを迎えたはずの物語には、続刊も用意されているというから驚きだ。いったいどうなってしまうのか。ある種の三角関係にも似た綾花と未散、そして水瀬優花という綾花の従姉の女性たちが織りなす物語の行方を見守っていきたい。


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