笑わせたるっ

 漫才だか、お笑いだかのコンクール的な番組が人気みたいであちらこちらで評判も聞くし、「M1グランプリ」なんてのも開催されて、これまた結構な人気になっているみたい。

 もっとも5年か7年くらい前、吉本興業が渋谷や銀座で劇場を開いていた時代の、出てくるだけで嬌声があがる浮ついたお笑い人気がうすら寒く感じられて、あとテレビの「ボキャブラ天国」でのキャブラー人気も訳の分からないまま盛り上がっては盛り下がった記憶がある。

 今のブームも案外、そうした浮き沈みの延長かもって先入観があって、今流行ってるコンクール的な番組の1本も、実は見てなかったりする。けれどももこうしたブームが単なるブームじゃなく、次代のお笑いを担う若手の人材を着々と送り出している可能性もあるのかも、なんてことがそうしたお笑いコンクール的番組を題材にした大崎知仁の小説「笑わせたるっ」(講談社)を読んだら浮かんできた。

 主役は若手漫才師「ジャックポット」の2人、広志と勝。人気が決してない訳じゃないけど、爆発的でもなくって若手が出そろい競い合う番組では毎週7組中の4位とか5位とか中途半端な場所でうろうろしていて羽ばたけない。

 若手が出られるコンクールにも、年限の規制でそろそろ出られなくなりそうで、どしたものかと焦っていたその時、勝の父親が闇金から金を借りたまま逃げて、その肩代わりをしろと取り立て屋に怒鳴り込まれて大慌て。ところがその取り立て屋、2人が漫才師だと知ると態度が変わって2人に本気かどうかを聞いて来た。

 さらには2人がスベってる舞台をビデオで見て「ホンは悪ない」とつぶやき「これからも精々きばるんやな」と言って帰っていく。それで借金がチャラになることはなかったものの、取り立て屋の石丸の態度が気になった2人がネットで検索すると何と! かつて一世を風靡して新人賞を総なめしながら消えてしまった漫才師の片割れが石丸だったことが判明した。

 どうせ始まった付き合いだと、広志は石丸への弟子入りを提案して勝ともども石丸を訪ねて、今度出る「最強漫才師チャンピオン」の優勝で得られる1000万円の賞金で、借金を返すから漫才を教えてくれと頼み込む。最初は断った石丸を説得してそこから「ジャックポット」の大特訓がスタートする。

 台本は悪くないのにウケない2人の、どこかかみ合っていなかった漫才を矯正し、笑いを取るのに文字通り命すらかける覚悟を持たせていく石丸の鬼コーチぶりは、奇抜だし面白いけどいちいち理に適っていて、これをやれば本当に面白い漫才が出来そうな気になって来る。追い抜いていった後輩たちの尊大になっていた態度が、「ジャックポット」の成長とともに微妙に代わりお互いに芸に命をかけるくらいになっていく相乗効果の現れに、芸に生きる人たちの真剣味が見えて興味をかき立てられる。

 楽しくって勉強になって元気が出て嬉しくなる漫才版「トップをねらえ!」。漫才ファンなら読んで損なし。そうでなくても読めば困難な状況を生きていく元気がもらえる。もしこうした状況が、本当に漫才師たちの現場で起こっているなら、真剣に面白い漫才ができあがりつつあるのかもしれないと考えてみたくなるのも道理。とはいえ現実的には「ダウンタウン」に「ナインティナイン」の後を襲って看板を貼る漫才師が、登場して来た気配はない。「ジャックポット」は生まれているのかいないのか。それを確かめる意味でもテレビのコンクール番組、見てみよう。


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