ウォーター&ビスケットのテーマ1 コンビニを巡る戦争

 限定された空間において優れた洞察力を持った少年が、異能であれ知識であれ自分の持てる能力を使って最大限の効力を発揮する、といったパズルと推理とが合わさったようなストーリーを、「サクラダリセット」や「階段島」シリーズで描いてきた河野裕が、河端ジュン一共著者に迎える形で描いた新シリーズが「ウォーター&ビスケットのテーマ1 コンビニを巡る戦争」(スニーカー文庫、660円)だ。

 レターが届いて、【架見崎】なる場所の住人になる権利を得たらしい中学3年生の香屋歩と、幼馴染みの秋穂栞。まずは差出人の正体を探ろうと、指定された日時より2日ほど早めに訪ねたマンションの一室で、喋るマペットなどという非現実を見せられ、部屋から放り出されるようにして落ちた場所が架見崎という街だった。

 そこにはすでに暮らしている人たちがいて、そしてチームを作って領土のようなものを守って戦っていた。狙いはもちろん食料品やエネルギーといったライフラインで、各地に点在しているコンビニやスーパーやファストフード店を領土内に確保しようとしていた。水も食糧も無尽蔵ではないのではといった疑問に答えるなら、架見崎での日々は1カ月が経ったらくるりと時間が巻き戻り、食べた食糧も壊れた街も、人体の損傷すらもしっかり直ってしまうことになっていた。

 死んでしまったら退場で、運営者によれば元の世界に変えるだけということらしいけれど、その真否は誰も分からない。だからとりあえず香屋と秋穂は死んで脱出することはせず、落ちた場所を領土にして、映画館を根城にしていたキネマ倶楽部の一員となって、一定のルールのもとに行われる他のチームとの領土をめぐる戦争に臨むことにした。住人たちが架見崎に来るにあたって与えられた能力を使っての戦争に。

 もちろん香屋も秋穂も謎の存在から能力を与えられていたけれど、そこは明晰で鋭い洞察力を持った人間らしくいろいろと考えた様子。単純にこれから行く場所で繰り広げられているだろう戦闘に役立つ能力、例えば銃撃だとか防御だとかいったものとは違った能力を香屋は得ていた。そして、自身の鋭い洞察力でキネマ倶楽部が存亡の危機にあるのをどうにかしようと計画を立て、そのとおりに状況を持っていって信頼を得ようとする。

 ループが迫っている状況で、普通だったら襲ってくるはずのない敵が戦争を仕掛けてくることをピタリと当てて、その対策もしっかりと練る。襲ってきたとてつもなく強い相手も策略で倒してのける。そのクールな頭脳は、自身の異能はすべてを記憶して忘れないことでしかないけれど、時間をリセットできる能力や能力を転写する能力などを組み合わせ、管理局に所属する浦地の策略を止めて、咲良田に前と同じ平穏な状況を取り戻した「サクラダリセット」の浅井ケイにどこか重なる。それを誇らず状況を把握して淡々と計画を進めるところも。

 8月が繰り返されるループであり、宣戦布告にあたって戦える相手、能力が発揮される場所といった条件でありといった要点をしっかりと咀嚼して、そこに他の面々とは違った能力を発揮して自分の立場なり所属するチームの立場を優位にしていく香屋の優秀さを出し抜くにはどんな手段が必要だろうか。パズルが組み立てられていくような展開を把握して勝つ方法を考えるも良し、逆に打破する方法を想像するも良し。異世界でのバトルを描いたSF的な小説でありながら、何をどうすればどうなるのかといった思索を促されるミステリ的な小説だとも言えそうだ。

 香屋が目標にするのが、どうやら先に架見崎に来ていたらしい幼馴染みのトーマとの対決で、以前に共に見て大ファンとなったマイナーなアニメーション「ウォーター&ビスケッツのテーマ」を間に挟むようにして、2人は架見崎という街で対峙することになる。香屋は異世界に来てからトーマが同じ世界に来ていることを理解し、対決するための状況を作り出そうと計画を立てていく。

 そして引っ張り出して出会った映画館で明らかになった、トーマの意外とも言えそうな正体。そして繰り出される驚くべき展開。この先に続きの物語があるのかが気になって仕方がない。重篤な傷でも治ってしまうリセットまでまだ日数があるから、手足を損傷しながら最後の数日を生き延び、元通りになったキネマ倶楽部のリーダーを務めるキドという青年とは状況が違う。違いすぎる。

 だからどうなるのだろうといった興味がひとつと、そしてや様々な異能の組み合わせに香屋の綿密な推察推理洞察計算が加わって練り上げられた仕掛けが引き起こす奇跡のような逆転劇への関心がひとつ、それらを伴って続きが描かれる時を待ちたい。もうひとつ、口絵の藤永のパンツスーツによるお尻がとても良いので、次も藤永の活躍をしっかりと描いてもらいたい。ラインが透けてないのは下着を履いてないないからなのか。そこも含めてしっかりと。確実に。


積ん読パラダイスへ戻る