宇宙船の落ちた町

 ある日、宇宙船が落ちてきてひとつの町が避難だとか立ち入り禁止だとかの大騒ぎになってから10年。宇宙船に乗っていた宇宙人たちは社会に溶け込んで働いたり起業したり、不満を抱えて潜んでいたりといろいろな生き方をしている。

 そんな、宇宙人がいる社会を舞台にしたSFとも言えそうな根本聡一郎による「宇宙船の落ちた町」(ハルキ文庫、700円)は同時に、社会で今まさに進行しているいろいろな事態を暗喩と言うより割と直接的なモデルとして取り込んで、問題を浮かび上がらせた社会派の物語だ。読めばそうした事態がもたらした分断とか、格差とかいったものを乗りこえるひとつの指針のようなものが見えて来る。

 宇宙船が落ちてきた宇多莉という地域は、周辺が宇宙船から漏れ出た物質の汚染によって住めなくなって、住人たちは故郷を出ざるを得なくなって各地に散らばり、そこでやっぱりいわれない中傷めいたことも受けている。これはつまりは福島で起こった原発事故のひとつのメタファーとも言える。

 福島から移り住んだ人たちが受けた好奇の視線、そして何か違う存在を観るような意識を宇宙船が落ちた町からの移住者たちも受けたのだろう。そして、宇宙人たちが受ける差別は移民なり、在日と呼ばれる人たちが受けているものと重なる。日本人とは違うことから直面する障害を、乗りこえるために宇宙人たちは時に自分を偽り、時に身分を問われない場所で働き、そして社会の外側で暮らすようになる。

 宇宙人たちは優遇を受けている、といったデマはまさしく在日の人たちに向けられている中傷と同様。そうした問題を語りながら物語は、芸能界でもトップラスのアイドルグループで1番人気の少女、常磐木りさが、宇宙船が落ちてきた宇多莉の出身で、10年が経った今は大学生となってアイドルグループの警備をしていた青砥佑太に、自分を宇多莉へと連れて行ってと頼むところから本格的に動き出す。

 どうして常磐木りさは宇多莉に行きたいのか。アイドルグループでの活動を即座に休むと言い、ホテルから抜け出してまで佑太に宇多莉へと連れて行って欲しいと頼むのか。そもそも佑太を宇多莉の出身と知っていて、彼に連れて行って欲しいと頼んだ背景には何があるのか。

 そこには、かつて得られたある種の親切。共に理解したいと願う心があった。それらがあってこそ乗りこえられる壁なんだと、読んだ人はきっと教えられるだろう。

 現在の問題を架空の出来事に例えて描くエクストラポーション、あるいはシミュレーションがSFの醍醐味というなら、「宇宙船が落ちた町」はまさしくSFだと言える。ただ、あまりに同時代的で生々しい設定は、どちらかと言えば社会派の小説として捉えた方が良いのかもしれない。

 芸能界にあるしがらみめいたものも描かれて、そこで生きるのは大変だなあと思いつつ、そうした集団のトップに立つボスが、間にいてアイドルを消耗品のように扱うマネジャーとは違って真面目で一本気なところには好感が持てる。彼もアイドルを商品と言う。けれども商品だからこそ大切にしなければと考える。

 「業界の論理と本物の感情とがぶつかったときにな、業界の論理を優先するとどうなるか、お前分かるか?」。そう問うボスの言葉に「分かりません」と答えたマネジャーに、ボスは「業界ごと潰れるんだ。どんなにでかい業界でもそうだ」と告げる。虚飾に塗れていそうな芸能界だけど、人はだませないと知っているから本物を送り出さなくてはいけないのだ。

 とはいえ、その言葉を芸能界もちゃんと活かせば「この世界の片隅に」ですずさんを好演したのんは、とっくに映画にもドラマにも復帰しているはずなのだけれど……。そこはだからまさしく空想を描き理想を示すSFなのかもしれない。悔しいけれど現実はまだまだ虚飾と差別に満ちている。それを本心と本物に取り戻す一助として、読まれて欲しい作品だ。


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