海野律今日もズレている!! 2次元系男子は少女漫画家でした。

 漫画家志望の女子高生、華村奈々帆が投稿した漫画が、賞には漏れたもののそのストーリー性を認められ、奈々帆が憧れている羽美原律華という漫画家の原作者として起用したいという話になった。呼ばれて編集部に赴くと、そこにいたのはなぜか学校の同級生。超イケメンであるにも関わらず、告白されれば時間の無駄とばかりにすげなく断り続け、いつしか2次元に等しい扱いにされていた海野律という男子だった。

 いったいどういうこと? それは彼こそが奈々帆にとって憧れの少女漫画家、羽美原律華だったとうこと。その原作を書けるとなれば、普通だったら喜んで受けそうなものだけれど、奈々帆はちょっと逡巡する。ひとつには絵柄や物語から想像していた少女漫画家としての人格と、どこか冷徹に見える海原律とのギャップに戸惑ったことがる。また、お金で引っ張ろうとする態度にも反発を抱き、同じ学校に通って一緒に活動するのも難しいとも考えて、奈々帆は話を断ろうとする。

 けれども一方で、技術的にはまだまだつたない自分の絵ではなかなかデビューもおぼつかないところを、原作者としてペアとなってデビューできるかもしれないという希望もあった。憧れの漫画家が自分のストーリーを欲してくれているという嬉しさもあった。なによりその繊細なタッチなら自分では技術が追いつかず描けなかった自分の物語を形にしてくれるかもしれないという思いから、奈々帆は羽美原律華の原作者になることを引き受ける。

 そして学校では、2人はつきあっていることにして、あの存在自体が壁の絵と化していた海野律をどうやって動かしたんだと周囲を驚かせながら、2人して次の連載に向けた物語作りを始める。それが菱田愛日「海野律は今日もズレている!! 2次元系男子は少女漫画家でした。」(ビーズログ文庫、580円)のストーリー。割とありがちな設定に見えるけれど、読むとこれはなかなかに深くて心にずっしりとした重みを与えてくれる。

 理由はたぶん、ラッキーが連続して物語がとんとん拍子に進んでいくようなことがなく、漫画というプロフェッショナルの現場ならではのリアルでシリアスな状況下で進んでいくからかもしれない。読んでいて星がきらめくような甘さがなく、展開のための強引な心理的誘導もなく、納得の範囲内でストーリーが紡がれていく。

 海野律が奈々帆に出してもらった原作に異論を唱えるシーンでは、あまりに素晴らしい絵に奈々帆が引っ張られ、その絵をいくらでも見ていたと心のどこかで思いながら紡いだ原作となっていて、描いてもイラスト集のようになってしまうことが指摘される。漫画というものは、ただ美しい絵を並べただけでは出来ないのだ。

 奈々帆が当初は自分の実力で描ける範囲でしか原作を作れなかったことにも、絵と物語が併存する漫画という表現技法の特徴がにじみ出ている。そうした漫画への理解があるところに、絵の天才と物語の俊英が組んですぐ、傑作が生まれるとは限らない現実の厳しさを強く感じさせられる。

 デビューに向けて動き出した海野律と奈々帆が作り上げた原作に、編集者のシュウさんが異論と唱える場面も、漫画というものの世界で生きていく大変さが見え隠れする。すでに傑作を描いてファンも多くいる羽美原律華という少女漫画家が、新たな原作を得て描いた漫画がもしも失敗した場合、厳しい視線がその原作者、すなわち奈々帆に向かって彼女をダメにしてしまうと海野律は考える。

 だから、売れ線を取り込んだ原作にしようといった話になって妥協を見せる。けれども、それにシュウさんは納得しない。律にとって欠かせない存在だった彼の姉を知るシュウさんが、過去を引きずり続けて飛び出せない海野律を大きく羽ばたかせるために必要なのは何かを考え、奈々帆というピースを与えて目指したこと。そこに、クリエーターが限界を突破していくために必要な何かが見える。

 そうなるまでには紆余曲折もあって、反発があり双方がこれで良いんだと妥協に陥ろうとする展開があって、それも仕方がないことかと思わせる。けれどでも。その先にあるだろう新しい地平をつかむために、分かりやすい妥協も停滞の安寧におぼれることもあってはいけないのだ。

 海野律に欠けていたものと、それを補って余りある奈々帆の才能が組み合わさって生まれた新たな世界。それは本当に世界を変えるのか。そこが気になるところではあるけれど、だからといって永遠の停滞に溺れて、その才能を細くしてしまってはもったいない。踏み出した2人が何かを掴むだろう未来を想像し、応援をしていこう。

 挑戦がもたらす未来をつかむために必要なことは何か。それを感じさせれくれる物語。読めば誰もが思うだろう、自分の限界をこれる大切さを。それをもたらしてくれる女神の降臨を。


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