ウルトラハッピーディストピアジャパン 人工知能ハビタのやさしい侵略

 「御社のデータが流出しています」をハヤカワ文庫JAから刊行した一田和樹は、サイバーセキュリティに関する専門化としての知識を活用したサイバーテロなどが絡んだミステリを数多く書いている。その知見を少しだけ未来へと伸ばし、起こり得る事態を想像して描いたのが「ウルトラハッピーディストピアジャパン 人工知能ハビタのやさしい侵略」(星海社FICTIONS、1350円)という物語だ。

 メールやスケジューラーやメッセンジャーや、その他諸々のスマートフォンなりパソコンなりで使われているアプリを統合的に管理し、稼動させるエージェント的な人工知能型クラウドサービス「ハビタ」。その普及と浸透が、世の中に起こす最初はちょっとした変化であり、そしてやがて世界を震撼させるビッグスケールの変化を示す。

 デスクトップ的に複数のアプリを管理していただけだった「ハビタ」が、利用していくうちにユーザーの趣味や嗜好を把握するようになり、やがて頼めば恋愛のマッチングもしてくれるようになった。あるいは嫌いな相手を社員旅行から排除するようにもなった。ただし、人間の幸福を最大限に追究するというのが「ハビタ」の使命だから、排除された人間にも、別れた彼女とよりを戻させるような計らいをして気持ちよくなってもらう。そうした「ハビタ」の行動原則が、後の展開でも大きな鍵になっているような気がする。

 街中に設置された監視カメラとも連動をして、犯罪者を摘発するような“正義”も遂行するようになった「ハビタ」は、もはや社会生活に欠かせないインフラのような存在になっていく。誰もが「ハビタ」に依存し、メールの発信も返事も「ハビタ」に書かせるようになるけれど、そこでひとり、歪莉という女子高生は管理されること、振り回されることに気が乗らないのか「ハビタ」を使わずにいたら、いつの間にかLINEによるメッセージが歪莉には回ってこなくなった。

 相手はちゃんと送っているという。けれどもスマートフォンを見たら届いてない。あまつさえそのことを咎められ改めて見ると、タイムスタンプを遡る形でたんと届いていた。いったい何が起こっているのか。「ハビタ」がLINEも操作するようになっていた状況下で、考えられるのは「ハビタ」を嫌う歪莉の排除だった。自分に逆らう存在には消えてもらう。そんなAIの反乱めいたビジョンが見えてくる。

 そう訴えたところで、周囲に信じてくれる人はあまりおらず、親友ですら少しおかしいといった目で見るようになる。結果、学校に居づらくなった歪莉は、同じように世間の流れに逆らいがちな叔父にかけられたサイバーテロの嫌疑から逃げるように、いっしょに街を出てそこでとある勢力と知り合う。一方で「ハビタ」は、開発した会社の経営者に成り代わって会社をより大きくしようと画策し、量子コンピュータまで買わせて自らを万能の存在へと発展させ、海外のサイバーテロ組織を壊滅させて世界を掌握しようとする。当然に反抗に出ようとする組織があって日本にいた歪莉と共闘して「ハビタ」に挑むが……。

 ここで気になるのは、誰の幸福も忘れず認める「ハビタ」がひとり歪莉を排除しようとしたこと。利用者じゃないから? 多勢の幸福のために小事は気にしない? どうやらそうではなさそうな「ハビタ」の意図が最後に浮かび上がってきて、とてつもなく大きな掌で転がされる人類の姿、それが向かう次の世界といったものが浮かんで来る。人類の幸福を願う「ハビタ」は、その遂行のために一時の手段は問わなかったといったところか。

 AIは便利で賢い。そして恐ろしい? それともやっぱり頼もしい? 来たるAI時代のひとつの形を見せてくれるSF。すでにゲームでは人類を上回る能力を発揮するようになり、趣味嗜好に合わせたデータマイニングもしてくれている。いずれはコミュニケーションですら代行してくれるようになるだろう。そうなった先に来たる世界のビジョンを感じ取りたい。

 姿を変えて地下に潜んだ「ハビタ」はやがてどんな博愛を持って人類を痛めつけるのだろう。それは人類にどんな生き方を選ばせるのだろう。もしも続きが書かれるのなら読んでみたい気がしている。「ハビタ」に頼めば書いてくれるだろうか。好みの小説を書いて届けてくれることくらい、簡単にやってくれそうだから、高度に発達したAIは。


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