異世界釣り暮らし

 異世界転生・転移+俺TUEEEEにお仕事ものが積み重なれば、読者の関心を引くのに無敵ともいえるかというと、いまどきそうした内容の小説は山ほどあって、ああまたかと目にも止めてもらえない可能性が大。読めばなるほどいろいろと願望をかなえてくれてなおかつ興味も満たしてくれるところがあるけれど、よほど特色を出さないと激しい競争の中で勝ち残れない。

 その意味で言うなら、三上康明の「異世界釣り暮らし」(集英社ダッシュノベル、1200円)は釣り人が異世界に行って釣りで俺TUEEEEを演じるというからちょっと異色。なおかつその世界で釣りがとてつもない偉業とされている設定もあって、価値の転倒といった驚きを味わわせてくれる。

 釣りに出かけて事故を起こしたトレーラーから転がり出てきた冷凍マグロに当たって死んだかと思った主人公、牛尾隼斗が目覚めるとそこは異世界。それも海辺で見ると貴族のような格好をした美少女が釣りをしていた。その少女、ランディーからそこは目的地の三崎ではなく知らない村で、釣り競争が行われていて釣り竿を持っているならと競争に参加させられる。そこで隼斗は手持ちのルアーを使って魚をバンバンと釣り上げる。

 なおかつ現地では魔魚として財宝と同様に扱われる魚すら釣ってしまって、それを独り占めすることもなくさばいて食べてしまったから誰もがひっくり返った。売れば一生は大げさでも相当な年月を遊んで暮らせる財宝を、料理して食べてしまうだけでも異色中の異色なら、無償で人々に振る舞ってしまうのも異例中の異例だからだ。

 もっとも、隼斗にとって魚は釣ったら食べるもの。だから気にせずやってしまっただけのこと。それが世界を驚かせた。これはやっぱり調査しないといけないと、都に呼び出された隼斗は旅の途中で奴隷商人に売り飛ばされそうになっていた少女を見かけ、ちょうどまた釣ったばかりの魔魚と交換してしてしまったから周囲も当の少女も驚いた。

 その頃になれば、マダイは真鯛ではなく魔鯛であり、マアジは真鰺ではなく魔鰺だと分かっていて、売れば大金になると理解しているはずなのに、魚は魚であって釣ったら食べるか、小さければ海に帰すものだという信念を曲げないところに隼斗の釣り人としてのの信念を見る。それともやっぱり気づいていないのか。いろいろ気になるところだったりする。

 都でも釣り勝負をして勝利したものの、宮廷に救う旧態依然とした勢力からの妨害を受けて命の危険に陥ったとき、以前に釣り上げながらも小さいからとリリースした魔魚、実は化けていた海龍の娘に助けられて地上へと戻される。なるほどやっぱりリリースは大事ということで。情けは人のためならずということで。

 釣りさえできれば成り上がれる世界。釣りが大好きな釣り人には転移してこれほど嬉しい世界はない。そしてそんな釣りの腕前がお金になり、権力にもつながる世界は腕の見せ所だとも言えそうだけれど、そうは向かわず相変わらず釣りは釣りとして楽しんでいる主人公に羨ましさを感じる。単に釣りこそが快楽で釣れさえすればそれで良いというだけのことなのかもしれないけれど。

 もうひとつ、釣った魚のさばき方と美味しい食べ方を教えてくれる作品でもある「異世界釣り暮らし」。読めば今晩は肉ではなくて魚にしよう、そしてサバにしようかアジにしようかと考えてしまうだろう。海に囲まれ水産資源も豊富な割に魚を食べなくなった日本人が今、読むべき本なのかもしれない。


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