次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?

 才能を信じていたい。それは人間だったら誰だって多かれ少なかれ持っている気持ちだろう。文章には自信があるから作家にはいつだってなれるはず。声が良いから声優なんかやれちゃうかも。絵がうまいからイラストレーターで食べていける。写真には自信があるからフォトグラファーにでもなろうかな。そんな思いが幾つになっても頭と心を離れない。

 ましてや例えば学園祭でプレイしたバンドが超人気だったとか、書いた文章がコンクールで誉められたなんて経験の1つでもあったら、諦められない気持ちはさらに強くなる。ふくらんだ自尊心が「いつか」の訪れを夢見させる。けれども本当の才能は、そんな幻のシチュエーションの中にだけ留まっているものではない。「いつか」ではなくもう既に、発露して本当の才能を世間に見せつけているる。

 いつまでも信じ続けていなければならない才能、それは偽物の才能、そのことを多分当の本人は感じている。だから才能を世に問うなんて偽物だと分かってしまうような冒険はせず、才能があるんだという幻想の中に留まって自尊心を膨らませ、自意識を振りまいて自分を慰撫する。気持ちをいつまでも終わらない”夏休み”やら”学園祭”の中にさまよわせる。

 もちろん人間はいつか才能の限界に気付かされる。早い段階かもしれないし、死ぬ間際かもしれない。年齢もシチュエーションも人によってさまざまだろうけれど、信じ続けているだけの才能にすがっているだけでは生きていられなくなって、限界に挑まざるを得なくなった時が、たぶんその瞬間、あきらめを悟る時になるのだ。

 なかにわずかに臆病だっただけで、実は持っていた本物の才能が発現することだってあるかもしれない。もっともそんな可能性を頭にこびりつかせているうちは、あきらめを悟ることなんて出来ないだろう。そして人間の多くはやはり、あきらめを悟れないまま生きていくことになる。才能のカケラを信じ、切なさと歯痒さと疚しさを抱えて生き続けていく。

 すでに作家としてデビューした以上は、才能があったのだろう柴崎友香の「次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?」(河出書房新社、1300円)は、才能を信じ続けていたい人間の言動が滑稽だけれど決して笑い飛ばせず、等しく似た気持ちを持った人間たちの心にジンワリを染み込んで来ていろいろと考えさせる。

 主人公の望は高校の時に学園生活を撮った写真集を出して結構将来を嘱望されて、音楽の才能もあったんでますます未来を期待されてて本人も多分その気になっていた。けれども大学を出て2年経った今は別に就職するでもなければ大学に残って研究を続ける訳でもないいわゆるただのフリーター。だったらすべてを諦めているかというとそうではなく、何かしらの才能が残っているんじゃないかと心のどこかに思っていて、それが発動する日、あるいは他力本願的に発動させられる日を待っている。

 友人の彼女が好きで2人が東京まで車でディズニーランド見物に行くと聞いて、望は別の友人を誘って付いていく。けれどもその言動が妙に気張って浮いている。自分の写真集を読んでくれていたという友人の彼女にアプローチをしてみては、彼女から甘い答えを得られずそれでも自尊心が勝って怒りもしなければ泣きもせず、ヘラヘラとしながら縮まない距離を保っている。

 自分にちょっとだけ自惚れているその様は、傍目には正直みっともなく写るけど、だからと言って声高に否定できないのは、読んでいる側の心にも同じような自尊心があるからなのだろう。彼を否定することは自分を否定することにつながる。彼を笑うことは自分を笑うことに等しい。だからラスト、望が初心を取り戻したように見える展開の向こうにあるかもしれない才能の開花を、1割の可能性でも信じて応援の気持ちを贈りながら、読者はそっとページを閉じるのだ。

 会話に大阪弁が使ってあるけど、大阪弁に東京の人なんかが勝手に抱いているベタベタな肌触りとか騒々しい雰囲気とかはまるでないのが少し不思議。もちろん吉本新喜劇的な人情に溺れ揶揄に溢れといった大阪弁のイメージは明らかに妄想でしかなく、リアルタイムに学生している若い人には原宿とか青山とか代官山と同じイメージの中で大阪弁を使い生きている、と思う。小説はそんな関西の人にとっては当たり前の雰囲気を、知らない人にもちゃんと感じさせてくれている。

 引きこもって眠ってばかりいた女子学生がちょっぴりだけど立ち直って、それでもやっぱり先生の話を聞きながら眠ってしまう仕草が妙に可笑しい短編「エブリバディ・ラブズ・サンシャイン」を併録。同じように少女の使う大阪弁が同世代的でリアルタイムな少女の気持ちをフンワリとした雰囲気の中に現しているようで、読んで心が若返る。先生を目の前にして眠ってしまうエピソードとか、クスリとさせる描写のあって若いながらも作家の本物の才能が端々に光る。


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