図書館の死体
DO UNTO OTHEAR
 図書館といえば、一番通ったのが「天白図書館」ですね。名古屋市天白区にある、もう20年くらい前に出来た図書館ですが、市内で初めて漫画の本を置いたことで、新聞なんかで結構話題になりました。ちょうど手塚治虫全集の刊行が始まった頃で、「きりひと賛歌」とか「ライオン・ブックス」なんかを借りて、貪り読んだ記憶があります。

 「天白図書館」と聞いて、うふふっと思った人は、多分よほどの清水義範さん通ですね。たしか「国語入試問題必勝法」のあとがきに、「蕎麦ときしめん」がお料理のコーナーに置いてあった図書館として紹介されていました。あれっ、「国語入試問題必勝法」が受験コーナーに置いてあったのかな。

 そんなお茶目なところもありますが、SF関係は結構そろっていて、例えばサンリオSF文庫なんかは、ほとんどばっちり揃っていました。今にして思えば、カウンターを通さないで、何冊か永久借り出しにしておけば良かったかなって、ちょっと不謹慎なことも考えています。そういえば「日本SF年鑑」も置いてありました。最近は出ていないなあ。

 今はSFなんて新刊ですらほとんど入らない日本の図書館ですが、アメリカではとても人気のあるアイティムなんでしょうか、南部はテキサス州の田舎町、ミラボーにあるミラボー図書館でさえも、デイヴィッド・ブリンやグレッグ・ベアなんかの新刊本は、必ず入れているようです。例えばジェフ・アボットという新進作家の「図書館の死体」(ハヤカワ・ミステリアス・プレス、佐藤耕士訳、700円)には、SFおたくのガストンという少年に向かって、ミラボー図書館のジョーダン・ポティート館長がこんなことを言う場面が登場します。

 「もししゃべったら、ぼくはSFの新刊の注文を減らすよ。デイヴィッド・ブリン、グレッグ・ベアの新刊本はなしだぞ」。権限を振りかざすなんて卑怯な、とお怒りのSFファンもいるでしょうが、ここはアメリカの図書館では、SFがとっても人気があるんだってことを裏付ける証言として、日本の図書館に神林長平さんとか梶尾真治さんとか神坂一さんとかの新刊を入れさせる材料として、うまく有効活用していきましょう。

 さて、ジョーダン館長がなんでこんなことを言ったかというと、実はジョーダン館長、図書館を舞台にした殺人事件の犯人だと思われて、その汚名を晴らすために自分で犯人捜しをしているのです。そもそもは信仰心に凝り固まった1人の中年女性が、図書館から猥褻なことが書かれた本を排除しろと、ジョーダンに喰ってかかったことに端を発します。この女性、ベータ・ハーチャーは昔は可愛い少女だったのですが、ある時を境にコチコチのクリスチャンになってしまい、なんてことはないロレンスの「恋する女たち」を棚から撤去しろと、白昼図書館でジョーダンに迫っていたのです。

 ベータはもともと街の図書委員でしたが、そのあまりの先鋭ぶりが災いしてか、委員をおろされてしまっていたのでした。そんなウラミもあったのでしょうか、ジョーダンに向ける舌鋒の鋭いことといったら。ついには本でジョーダンの頬をはり倒すことまでやってしまい、ちょうど図書館にいたほかの人たちに抱えられて、たたき出されてしまいます。

 事件はその夜に起こりました。アルツハイマーの母親に飲ませる薬を取りに、夜の図書館に立ち寄ったジョーダンは、不審な気配を感じますが、その時はとくに何も手をうたず、家に戻って母親の世話をします。明くる朝、姉がトラック運転手を相手にした夜中の給仕の仕事から帰宅したのと入れ替わりに、仕事場である図書館に行ったジョーダンは、前日の昼間に落とし物として図書館に持ち帰っていたバットで殴られ死んでいた、ベータの姿を発見しました。

 前日の騒動と夜間のアリバイ、そして凶器への心当たりと不利な条件が揃いすぎるくらい揃って、ジョーダンに対する地方検事補の疑いは頂点を極めます。幼なじみの保安官は、それでもジョーダンを疑わずに、あれこれと調査を続けていたのですが、ジョーダン自身も自分が疑われていることを心外に思って、ベータが残した人名を書いたリストと、それぞれのリストに付けられた聖書の一節を手がかりに、犯人捜しに乗り出します。さっきのガストンへの脅し文句は、彼が調査していることを黙っているように、頼んだ時の言葉だったのです。

 小さな町なのに、そこに暮らしている人たちの、実にバラエティーに富んでいること。例えばジョーダンは、東部の大学を出てボストンにある教科書出版会社に入り、なかなかの成績を収めていました。しかし、病気になった母親を看病するために、出版社の仕事を止めて故郷へと返り、少しでも本に関係のある職場だからと、ミラボー図書館に勤め始めました。

 彼が図書館で仕事をしている昼間、母親の面倒を見ている姉は、彼には返って来てもらうよりは、施設に入れるお金を出して欲しかったと思っています。けれども、いくら給料が良いとはいっても、何年かかるかわからない、そして全治することの絶対にない病人を最後までケアするだけのお金は、彼にもありません。現代的な病を挟んで居心地に悪い思いを味わいながらも、1つ屋根の下で暮らしていかざるを得ない家族の揺れ動く心が、事件の謎解きとは別に作品の全編を通じて描写されます。

 自動車ディーラーのボブ・ドン・カーツも曰く因縁あり気な人物です。彼の名前もベータが残したリストに入っていたのですが、リストをもとに彼のもとを訪ねたジョーダンに、セールスマン的愛想笑いではない、真剣な援助の申し出を送るのです。ほかにも悩殺ボディの看護婦ルース・ウィルズに退役軍人のマット・ブラロック、牧師のアダム・ハフナゲル、その妻タマといずれ劣らぬくせ者ぞろいで、いったい誰がベータを殺したのか、どうしてジョーダンに罪を擦り付けようとしたのか等々、謎を追って物語は進んでいきます。

 宗教に麻薬に老人問題、家族問題と、アメリカのみならず、すべての停滞期にある文明国に共通の問題をはらみながらも、物語はジョーダンの茫洋としたキャラクター、軽妙な語り口、散りばめられたユーモアの数々によってテンポよく、そして明るく進んでいきます。犯人像の意外さもなかなかです。ラストの場面でちょいホロリとさせられるのも、やや予定調和的な結末とはいえ、決して悪いものではありません。

 なにより図書館という、本好きなら誰もがお世話になり、夢を見させてもらい、もしかしたら今も大好きな場所を舞台にした小説です。そこに集う人々のおもしろくて不思議な習性をながめているだけでも、そしてそんな人たちを相手に黙々と仕事をこなさなくてはいけない図書館長という仕事の一端を知る意味でも、「図書館の死体」は役に立つ本だと思います。

 シリーズ化されて4作目まで出ているそうですから、この本が当たればきっと続きに日本語でお目にかかることができるでしょう。買わない方でもそうですね、本好きでしたら同好の士と頼んでお願いします。どうかお近くの図書館に「図書館の死体」をリクエストして下さい。「物騒な題名だねえ」って、館長さんに嫌がられるかもしれませんが。


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