トルネード!

 カポエィラという武術がある。ブラジルで奴隷が手錠をかけられながらも戦うために編み出した武術ということで、自由な脚を振り上げたり、振りまわしたりとよく使い、時には逆立ちをして脚を回旋させて、敵を吹き飛ばしなぎ倒すような技も持った、驚愕の武術と伝え知られ、恐れられている。

 そんな知識のどこまでが正鵠を射ているものなのかは不明ながらも、少なくとも巷間に流布されるカポエィラのイメージには、そんな派手で激しいものがあると、まずは了解して頂こう。

 その上で、かくも派手で激しいカポエィラを、良家のお嬢様であり、絶世の美少女であるところの女子高生が、制服姿のままで使い、操っては向かう敵をなぎ倒していく物語があったとしたら、果たして是か非か。なおかつライトノベとして書かれたもので、当然のようにイラストが添えられていて、描いたのが「フルメタル・パニック」で知られる四季童子だったとしたら優か良か。

 答えは言うまでもない。

 「見目麗しき美少女が、逆立ちして闘う格闘技・カポエラで猛者を倒しまくる!」と帯に書かれた伊吹秀明「トルネード!」(HJ文庫、619円)は、読む前から傑作として認定が決定。読み終えれば世界遺産、宇宙遺産に認定しても足りないくらいの大傑作だと、ほぼうから賞賛の声が上がること間違いない。

 残る課題はいつ誰が、誰の主演によってこの「トルネード!」を実写として劇場映画化してくれるのか、といったところか。たとえば円乗寺七味。学校では葉桜栄斗の同級生であり、また栄斗が書生として居候する家のお嬢様として、楚々とした佇まいを見せる美少女ながらも、実は無双の強さを誇るカポエィラ使いだったりする。演じられる人が果たしているのか。演じて欲しい人はたくさんいるのだが。

 そんな七味。引き取ってくれたおじの教えをみるみる身に着け、道場では相手にするのもはばかられると門下生から恐れられ、敵を求めてさまよい歩いた路地でもやはり向かうところ敵なしの強さで、脚を旋風させては男も女も吹き飛ばす。いつしかその姿がトルネードと形容され、見せるビジュアルによって「純白の天使」の異名までもを得る。

 何が純白なのかは聞くまでもない。

 七味の姉で、栄斗や七味が通う学校の生徒会長をしている一味も、才能だけなら七味より上だったらく、ジガンチという技を平気で繰り出しては、道場破りを相手に良い勝負をする。これまた演じて欲しい人はいるものの、演じきれるかには自信がない。

 ただしずっと練習をさぼっていたため、七味にはスタミナが欠けていて、さらに倒立して頭が下に来ると、視界を塞いでしまうものが顎の方がら下がってくる程のグラマラスなボディの持ち主だったため、道場破りに勝利はできず。その点で七味は、倒立しても視界が邪魔にならないようなスタイルで、相手を追いつめ勝利する。

 それは果たして喜ばしいことなのか。強さか。大きさか。たぶん永遠の問題だ。いずれにしても一味も七味も、実写で誰かに演じさせるのだとしたら、1年ほどをかけブラジルに送り込んで技を身につけさせ、同時に羞恥心を克服できるくらいの強い心を育ませなくてはならないだろう。

 映画企画者には頑張って欲しいと心より願う。女優にもこれがブレイクのチャンスだと自身を奮い立たせて欲しいと強く願う。

 ともあれカポエィラに見せられた女の子が主人公となって、戦いを繰り広げるストーリーが是か非かという問題には、すでに結論が出た。あとはそれがどこまで強いのかといった所に興味が移って、持ち上がったのが校内一を決める格闘競技大会。もともとは栄斗が立ち上げようとしか格闘同好会を認めさせようと、一味によって仕込まれた大会で、そこで栄斗が勝ち上がるなり、七味が勝ち抜くなりすれば猛者が揃う武道系の部活も認めざるを得ない、といった狙いがあった。

 もっとも七味は参加を拒否。そして栄斗は因縁をつけられケガをさせられ出場は不可能。もはや先なしといったところになぜか七味が参戦し、その「純白の天使」ぶりを校内に見せつけて勝利を重ねる。ところが。決勝で七味の前に立ちふさがったのが、英斗の幼なじみの飛弾野みずかという少女だったから誰もが驚いた。武術の家系でもなく、総合格闘技に興味を持って通信教育を始めたばかりの彼女が何故?

 そして明らかになる天才の存在と、それを超える本当の強さの素晴らしさが、格闘とは何かを考えさせてくれ、戦う意味とは何かを教えてくれ、そして戦いとはこれほどまでに目に麗しいのかと喜ばせてくれる。

 読めば学べて楽しめて、眺めれば頬も緩んで目尻も下がる画期的美少女格闘ストーリーの登場を、今はひたすらに感謝しよう。そして願おう。実写映画化の時を。あるいは実戦への七味なみに、あるいはみずかなみに強くて素晴らしいカポエィラ使いの登場を。

 その時の衣装はもちろんスカートで。

 できれば中は純白で。


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